告白するは彼にあり
『ボクが彼女の事を、心から愛してしまったからだッ!』
小田原の発した、何の捻りも虚飾もないストレート過ぎる理由に、思わず俺は「お……おう」と頷いてしまった。
……やっぱり、そうか。
予想通りとはいえ、小田原の答えに、俺の心はズキリと痛む。
――何故なら、俺は彼の想いが報われない事を、既に知っているからだ。
「で……で! どうなんだい、コーサカ氏?」
そんな俺の胸中も知らず、興奮で目を血走らせた小田原が、俺に詰め寄ってくる。
「同じ文芸部所属で、諏訪センパイと過ごす時間が一番多いキミなら知っているはずだ! す、諏訪センパイには……誰か心に決めた男が、もういるのかい? それとも……?」
「え……ええと……その……」
鬼気迫る表情で迫る小田原から顔を背けながら、俺は隣に座るシュウに、(助けて、シュウえもん~!)とばかりに、縋るような目で助けを求める。
――だが、
「……」
シュウは、隣で窮地に陥る俺の事など素知らぬ顔で、新しいおにぎりのビニールを剥がしにかかっていた。
そして、ビニールを剥いたおにぎりに海苔を巻き直して、口に運ぶ刹那、やっと俺の方に目を向け、そっとアイコンタクトを送る。
『――ガンバ♪』
「……は?」
シュウのアイコンタクトの意味を即座に読み取った俺は、思わず狼狽の声を上げた。
――が、ガンバ♪って、何だよぉ?
と、俺は慌ててアイコンタクトを送り返すが、既にシュウの興味と視線は、手中のおにぎりに向かってしまっていて、俺の必死の訴えは届かなかった。――いや、わざと届かないフリをしたのかも……?
「ちょ、シュ――」
「コーサカ氏っ!」
「あっ……ハイ……」
頼みの綱のシュウにそっぽを向かれ、慌てて声をかけようとした俺だったが、小田原の強い調子の呼びかけに、ビクリと身体を震わせる。
恐る恐る視線を正面に戻すと、飛び出さんばかりに目を見開き、興奮で鼻息を荒くした小田原の顔が間近にあった。
「あ……えーと……」
俺は、目を中空に泳がせながら、必死で言葉を探す。
……困った。
これは、冗談めかして茶化したりしたらアカンやつや……。
だからといって、正直に真実を言うのは、どうだろうか……?
こんなに本気で諏訪先輩の事を想っている小田原に、「諏訪先輩が好きなのは、俺だってさ」って言ったりしたら、嫉妬に狂うあまりに何をされるか分かったモンじゃない……!
いや……、小田原が訊いているのは、あくまで『諏訪先輩には、好きな人が居るのか、それとも居ないのか?』だ。『好きな相手の名前を言え』ではないのだから、わざわざ自分から名乗り出て、波風を立てる事は無いな、うん。
――それでも。
多分……いや、確実に、初めて自覚した恋に、すっかり心を舞い踊らせている小田原に、「諏訪先輩には、もう好きな人が居る」と告げる、処刑執行宣告人みたいな真似をして、彼の心を深く傷つける事には、やはり抵抗を覚える……。
失恋の辛さ痛さは、現在進行形で味わっている最中なんだ、俺は。いくら小田原だからといって、その苦しみの中に蹴り落とすような事をしたくはない。
――でも、……。
――そんな事を、脳内のニューロンを焼き切らんばかりに働かせながら、ひたすら煩悶している俺の心も知らず、目を血走らせた小田原は答えを迫る。
「さあっ! コーサカ氏、答えてくれたまえ! センパイには、好きな人が居るのか、居ないのか――どっちッ?」
「……そ……それは……」
小田原の追及に圧され、グロッキー気味の俺は、いよいよ切羽詰まる。
――と、その時、俺の傍らから、大きな溜息が聴こえた。
「――つうかよぉ。それを知って、お前はどうするつもりなんだよ、小田原?」
さすがに見かねたらしいシュウが、助け舟を出してくれた。
助かった……、さすが親友……!
思わず安堵の息を吐く俺の横顔に、冷たい視線が突き刺さる。恐る恐る横を見ると、シュウがこれ以上ないジト目で、俺の事を睨んでいた……。
「やれやれだぜ……」とでも言いたげなシュウの視線に中てられ、俺は思わず身を縮こまらせる。
――と、その時、
「ど……どうするって……きき決まっているじゃないか!」
興奮しすぎて呂律の回らなくなった小田原が、声を裏返しながら叫んだ。
「も……もし、すすすす諏訪センパイに、いい意中の男が居なければぁ……! ボクの胸の中で、不死鳥の様に燃え滾る、この熱い想いをぶつけるんだよっ!」
「ふーん、そっか。――じゃあ」
シュウは、小田原の言葉に深く頷きながらも、言葉を続けた。
「……センパイに、もう好きな人が居た場合はどうするんだ?」
「……っ!」
シュウの重ねた問いに、小田原は一瞬口ごもったが、そのメガネの奥の瞳をギラギラと輝かせながら、キッパリと答えた。
「そ……それでも! それでも、ボクは告げるよ! センパイに……この想いを!」
「じゃあ――もし、センパイに、もう彼氏がいたとしたら?」
「か、かかかカレシぃ?」
シュウの言葉に、小田原の顔が驚愕で歪んだ。
その顔をじっと見据えながら、シュウは首を傾げる。
「有り得ねえ話じゃねえだろ? 少なくとも、ここにひとり、センパイの事を本気で好きになってる男がいるんだ。そんな男がもうひとりいて、センパイもその想いを受け入れてるって可能性も、充分にあるだろうが」
「……そ、それは、そうだけど……」
「あくまで、可能性の話だ。……でも、ゼロじゃない」
そう言うと、シュウは真剣な表情で、小田原の顔を真っ直ぐ見つめた。
「――もし、そうだとしたら、お前はどうする? その、心の中で燃え滾ってる恋の炎とやらに水をぶっかけて、初めから無かった事にして、潔く諦めるか?」
「……」
シュウの言葉に、小田原は呆然とした表情を浮かべてから、がくりと項垂れた。
――が、それもつかの間だった。
小田原は、すぐに顔を上げる。その瞳には、先ほど以上の覇気のこもった光が宿っていた。
「あ……諦めるよ!」
「……え?」
「もしも、もう諏訪センパイに彼氏がいて、そいつと一緒にいて幸せだって言うんだったら、その時は諦めるよ! 悔しいけど……! ……けど!」
「――小田原……」
「それと……センパイの事と、ボクの気持ちは全然別だ! センパイの心が誰かのものだったとしても、ボクが彼女に想いを告げる事の妨げにはならない! ボクは絶対に彼女に告白して、ダメだったら粉々に砕ける……それだけだっ!」
「小田原……!」
――良く分かる。
俺には、今の小田原の気持ちが、痛い程に解った。
……少し違うけど、根っこの部分は同じなんだ、少し前の――早瀬に対する俺の気持ちと。
そして、それは――、
「……そうか」
小田原の言葉に、シュウは小さく頷く。
そして、優しい声で言葉を継いだ。
「――だったら、事前にヒカルに訊くまでも無いじゃないか? センパイに好きな人が居るのかどうかなんてさ」。
「……あ、そうか」
シュウの言葉に、小田原はハッとして、まるで憑き物が落ちたような表情を浮かべる。
「そうだね……。確かに、どうあっても告白するのは確定事項なんだから、コーサカ氏にセンパイの事情を聴き出す必要なんて無かったんだね! そーかそーか!」
小田原は、大声でそう捲し立てながら、頻りにウンウンと頷きまくっている。……すっかり、彼の迷いは晴れたようだ。
と、その時、俺は肩を軽く叩かれた。
横を向くと、申し訳なさそうな表情を浮かべたシュウが、俺に向かって両手を合わせている。
シュウは、まだ感嘆し続けている小田原に聞こえぬように、小声で囁きかけてきた。
「……ヒカル、悪ぃ」
「え……何が?」
「いや……。小田原に告白を思い止まらせようとするつもりが、逆に焚きつける感じになっちゃってさ……」
「あぁ……」
俺は、シュウの謝罪に苦笑いを浮かべると、小田原の様子をチラリと見てから答える。
「……さすがに、あんな真剣に覚悟を決めてるのを見せられちゃ、しょうがねえよ。とても、『止めとけ』なんて言えねえよな……」
そう言うと、俺は小さな溜息をひとつ吐く。
「――特に、お前や……俺にはな」