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H調言葉に御用心

 「そ……それで……」


 俺は、込み上げる嫌な予感から、殊更に意識を逸らしながら、モジモジ蠢いている小田原に尋ねた。


「俺たちをわざわざ呼び出してまで……す、諏訪先輩の、何を聞きたいっていうんだ?」

「それは……」


 俺の問い返しに、小田原は一瞬躊躇う様子を見せたが、その顔色をシャ〇専用ザクのような色へと変えながら、甲高い声で叫んだ。


「す……諏訪センパイには、お……女の本能を刺激させられるような相手が居るのかいぃっ?」

「は……はぁあ?」

「ブ――ッ!」


 小田原の絶叫を聞いた瞬間、俺は思わず声を裏返し、その隣に座るシュウが、ちょうど口に入れたばかりの鮭おにぎりを思い切り噴き出した。

 おにぎりは、無数の白い散弾となって宙を舞い、その正面に立っていた小田原の、真っ赤に紅潮した顔面と鼈甲柄のメガネのレンズが、白いご飯粒まみれになる。


「ゴホッ、ゴホッ! わ、悪ぃ、小田原! 大丈夫か?」


 気道に入った飯粒のせいで激しく咳き込み、涙ぐみながらも、シュウは小田原を気遣う。慌ててズボンのポケットをまさぐり、何か拭くものを探す。――が、ポケットから出てきたのは、コンビニのレシートに、十円玉が二枚だけだった。


「……悪い、小田原。オレ、拭くもの持ってない……」

「あぁ……、大丈夫だよ、クドー氏。気にしないでくれたまえ」


 ご飯粒まみれになった小田原は、恐縮しきりのシュウに向けて鷹揚に手を振ると、自分のポケットから、どこぞのアニメの萌えキャラがプリントされたハンカチを取り出した。

 そして、綺麗に四つ折りされたハンカチを広げると、かけていたメガネを外し、顔面に付着したご飯粒を丁寧に拭き取り始める。

 そして、顔面の次にメガネのレンズも拭く。

 ようやく全てのご飯粒を拭き取り終わると、広げたハンカチを何度も振って、付いたご飯粒を落とし、取り出した時と同じように四つ折りにすると、極めて自然な流れで、そのハンカチをポケットにしまった。


「うわぁ……」

「お……おい……」


 しっとりと汚れたハンカチを、眉ひとつ動かさずにズボンのポケットに戻した小田原の行動を目の当りにして、思わず顔を引き攣らせる俺とシュウ。

 だが、当の小田原はさほど気にする様子もなく、ごほんと咳払いを一つすると、色々なもので湿ったその顔面を、俺にずいッと近付ける。


「ちょ……! 近――」

「さて――、本題に戻るよ、コーサカ氏」


 思わず身を仰け反らせる俺に、真顔で小田原は言った。

 その表情と態度を見た俺は、ハッと悟る。


 ――こいつ、真剣(マジ)だ。


 俺は、慌てて背筋を伸ばし、己の態度を改めた。

 小田原(あいて)が真剣ならば、こちらも真摯な態度で聞くべきだ――。そう思ったからだ。

 俺がコクンと頷くのを確認した小田原は、大きく息を吸うと、再び言った。


「す……諏訪センパイには……せ、せせせ性愛衝動を励起させられるような男が居るのかいぃぃっ?」

「ぐぶっ――」

「いや、言い方ァッ!」


 小田原の口から飛び出した、どこか艶めかしい(エロい)響きを感じさせる言葉に、シュウは咄嗟に口を押さえて顔を逸らし、俺は思わず絶叫した(ツッコんだ)


「何なんだよお前! さっきからチョイチョイ言葉のチョイスがおかしいんだよ! 何だよ、“女の本能”やら“性愛衝動”やら“励起”やらって!」

「ふ……! 前の二つはともかく、“励起”にも反応するとは、なかなか侮れない妄想力をお持ちだね、コーサカ氏! さすが、陰キャ聖騎士団(クルセイダーズ)筆頭なだけある――」

「う……うるせえ! 健全な男子高校生の妄想力ナメんな! ――っつーか、他人(ひと)の事を、勝手に怪しい組織の幹部筆頭にまで昇格させてんじゃねえぇっ!」


 そう怒鳴りながら振り下ろした俺の張手(ツッコミ)を、小田原はその体型に似合わぬ華麗で俊敏なスウェーバックで避ける。


「あ、コラ! 逃げんな――」

「――コーサカ氏」

「う――!」


 苛立たし気に張り上げかけた俺の声を、小田原の落ち着いた――それでいて、有無を言わさぬ圧に満ちた声が遮った。

 ――そして、俺から距離を取った小田原は、再び真剣な顔を俺に向けると、ゆっくりと口を開く。


「……じゃあ、月並みな言葉で聞くよ、コーサカ氏」

「お……おぉ……」


 小田原の声の響きで、彼が本気なのを感じた俺は、ゴクリと唾を呑む。

 ――昼下がりの中庭に、繊細な緊張の糸が張り巡らされる。

 そして、小田原は大きく深呼吸をすると、ゆっくりとした口調で俺に尋ねかけた。


「す……諏訪センパイには、その……す……好きな人が……いるのかい?」

「……え、ええと……」


 小田原の問いに対して――俺は、当然の事ながら、答えに迷う。

 と言っても、答えは明白だ。

 諏訪先輩の気持ちは、1月2日の夕方――寒々とした月の光が辺りを照らす小さな公園で、この耳で直に聴いている。


 ――俺が好き(月が綺麗)だと。


 だから、俺の答えは「イエス」しか無いのだが……。


「うーんと……そのぉ……」


 俺の舌は、何故か滑らかに動かなかった。

 ……それどころか、


「つ――っつーかさ! な……何で、お前は俺にそんな……諏訪先輩の恋愛事情について聞くんだよ? べ、別に関係ねーじゃん!」


 小田原の質問に質問で返して、鉾先を逸らそうとしてしまう。

 だが、小田原に尋ねつつも、俺はとっくにその答えを解っていた。

 ……いや、普通は解るわな。


 男が、女の子の惚れた腫れたについて気にする理由なんて、ひとつしかない。


「か……関係あるよ……」


 小田原は、その顔色を〇ャア専用ザクのようなピンク色からライ〇ン専用ザクの真紅へと色へと変えながら、それでもキッパリと言い切ったのだった。


「お、大いに関係あるさ! な……何故なら、ボクが彼女の事を、心から愛してしまったからだッ!」


 ――と。

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