妖怪ボッチ
「あ……アンタ、だ……誰ェ――?」
思わず、俺がそう口走ったのも無理はない。
俺たちの目の前に立って、満面の笑顔? を見せていたのは、ぽっちゃりとした体型こそ見慣れた小田原翔真のそれだったが、それ以外の全てが、今まで見た覚えの無いナニカだったからだ。
顔にかけているのは、薄汚れたレンズの瓶底メガネではなく、テレビでよく見るお笑いタレントがかけている様な幅の厚い鼈甲製のフレームのメガネだったし、小田原ならば碌に櫛も通していないようにボサボサでアブラギッシュだったはずの黒髪とは違って、ヘアクリームかヘアワックスだかでガチガチに固めた明るい茶髪だった。
その上、耳たぶからは、まるで花札のような柄の四角い耳飾りを付けていて、柄物のワイシャツを第三ボタンまで開け、その首元には鳥の羽を模ったシルバーネックレスの鎖が食い込んでいる……。
「……」
俺とシュウは、思わず顔を見合わせ、同時に首を傾げる。
そんな俺たちの様子を見て、目の前の怪人物は、にたぁりという擬音が聞こえてきそうな、怖気立ちそうな笑みを見せる。
「はっはっはっ! コーサカ氏もクドー氏もどうしたんだい? ひょっとして、このボクのあまりの変貌ぶりに、驚いて声も出ないのかな?」
「……ええと、どちら様でしょうか?」
俺は、愉快そうに笑っている怪人物に、おずおずと話しかける。
「――ひょっとして、来る場所をお間違えじゃないでしょうか? ここは鬼を殺す隊の最終試験場ではありませんよ?」
「HaHaHa! コーサカ氏! 少し会わない間に、すっかり忘れてしまったのかな? ボクは、君の心の友であると同時に、元陰キャ聖十字軍四騎将の一・“蒼空翔る真なる熾天使”こと小田原翔真だよ~!」
と、クソ長い肩書と異名を名乗ると、登場10秒でケンシ〇ウに秘孔を衝かれて爆散しそうな風体の小デブ男は、わざとらしいオーバーアクションで、両手を横に大きく広げながらフルフルと「やれやれだぜ」とでも言いたげに、首を横に振ってみせる。
……間違いない。この絶妙にイラっと来る感じ、間違いなく小田原翔真本人だ。
俺は、ありったけの不快感を込めたジト目を、目の前の勘違いチャラ男に向けながら、不機嫌そうに言った。
「……って、『少し会わない間に』は、こっちのセリフだよ。……どうしたんだよお前。冬休み中に軽トラックに撥ねられて、異世界転生でもしてきたのかよ?」
「ハッハッハッ! さすが、ボクの見込んだウェブ小説オタクにして、陰キャ聖十字軍四騎将の一角。なかなか気の利いたハイブロゥジョゥクを言ってくれるじゃないか、コーサカ氏?」
相変わらず、合ってるのか合ってないのか分かりづらい発音の横文字を使うのが好きな奴だな……。
……つか、『陰キャ聖十字軍四騎将』設定、まだ生きてたのかよ?
と、俺が更に表情を険しくさせているのにも一向に気付かず、小田原は鼻高々といった様子で、言葉を続ける。
「――まあ、“異世界”はともかくとして、“転生”に関してはあながち間違っていないと言えるね!」
「間違ってないのかよ、“転生”は……?」
俺は、小田原の言葉の意味を図りかねて、思わず訊き返してしまった。
その途端、小田原は鼻の穴を全開にしながら、興奮した様子で俺に詰め寄ってくる。
「おやぁ! そのリィアクシャン……! ひょっとして、興味を持ったのかぁい?」
「ちょ、ま! よ、寄るな、気色悪ぃ!」
「はい、ドウドウ! 落ち着け、ふたりとも! ステイッ!」
目の色を変えて俺に迫りくる妖怪膨張チャラ男擬きと、ゾンビに追い詰められたモブのような顔をして怯える俺の間に、シュウが割って入った。
「しゅ、シュウ、サンキュ! ……っつうか、窮地を救ってくれた事は素直に感謝だけど、“ドウドウ”は馬だし、“ステイ”は犬じゃねえかよ……。ケモノか俺は……小田原はともかくとして」
「うえぇ? 身を挺して割って入ったのに文句ぅ?」
「まったくだよ、クドー氏。ボクを動物に比定するのであらば、最低でも俊敏なチーターかヘラジカあたりにしてくれたまえ」
「「黙れイノブタ」」
身の程知らずもいいところな小田原の発言に、俺とシュウの声がハモる。
――と、その時、
キーン コーン カーン コーン……♪
教室前方のスピーカーから、久しぶりに聴く始業チャイムの鐘の音が流れ、
「おーし、団欒はそこまでだぁ! お前ら、さっさと席につけぇ!」
それとほぼ同時に、担任の佐奈田先生が、出席簿で凝った肩をゴンゴンと叩きながら、大股で教室の中に入ってきた。
それを見たクラスメイト達は、慌てて歓談の輪を解き、各々の席へと戻る。
当然、シュウと小田原も同様だ。
――だが、戻ろうとしていた小田原が、クルリと振り返り、俺の耳元に顔を近付け、小声で囁きかけてきた。
「……コーサカ氏。実は、放課後に時間を空けておいてほしい。実は――折り入って、キミに相談があるんだ」
「……は? そ、相談?」
突然の小田原の言葉に、俺は思わず顔を顰める。
「つか……お前、昨日餃子食っただろ? 息が餃子くせえ」
「あ……失敬」
俺の指摘に、小田原はバツの悪い顔をするが、すぐに気を取り直したように言葉を続けた。
「ま、まあ、それはともかく。宜しくお願いするよ、コーサカ氏」
「え? ちょ、待てよ! 放課後は、俺もシュウに相談したい事が――」
「おらぁっ、高坂! ホームルームを始めるっつってんのに、でけえ声を出してんじゃねえぞ!」
えぇ……? ホームルーム前なのに、未だに席についてもいない小田原を差し置いて、何で俺が怒鳴られてるんだよ……?
思わず俺は頬を膨らませるが、文句を言っても無駄だと悟り、「……すんませんした」と、口の中でモゴモゴ言いながら机の上を片付ける。
佐奈田は、俺を一睨みした後、視線を俺の横に突っ立っている小田原に向け、厳しい声を上げる。
「……ええと……誰だ、お前?」
……。
どうやら、我がクラスの担任と言えど、目の前の茶髪豚野郎が誰なのか、解らない模様である――。
――なお、小田原翔真は、ホームルーム終了後、佐奈田によって直ちに生徒指導室へと連行され、みっっっちりと、熱い生活指導を受けた。
彼が、髪の毛を黒に染め直され、耳飾りとネックレスを没収され、第一ボタンまで閉められた状態となって、ようやく釈放されたのは、帰りのホームルーム直前の事であった――。