男子三日会わざれば、白目して見るべし
――1月8日。
短かったような、長かったような、中途半端だったような冬休みが終わり、今日からまた、学校が始まる。
年が明けてから初めての登校日という事もあって、みんなどこかウキウキとした様子で、校舎を闊歩している。
「あけおめことよろ~!」
「遅っ! もう年明けてから1週間以上も経ってますけど~?」
「しょーがねーじゃん! お前と顔を合わせるの、今年初めてなんだからよ!」
「まー、そうだけどよ……ことよろ!」
「きゃーっ、久しぶり~! 元気だったぁ?」
「元気元気~! そっちこそ、元気そう~! ……って、何かいい事でもあったのぉ?」
「うふふ……ちょっとね」
「きゃーっ、マジでマジで~ッ? 聞かせてよ~」
「えー……後でね!」
「うわ、何その腕時計すげえ! 新しく買ったのか? つか、高いやつじゃねぇの、ソレ?」
「ふふん、まぁな! こいつには、『お年玉回収・親戚巡り列島縦断の旅』で掻き集めた落とし玉の五分の三をつぎ込んだんだ。もっと驚いてくれなきゃ、ハリが無えがな」
「志〇雄様ッ?」
「おー、久しぶり~! ちょっと太ったんじゃねえの、お前?」
「ちょっと! 久しぶりに顔を合わせたってのに、最初にかける言葉がソレぇっ?」
「いや……つい、無意識に、思った事が……」
「……しょうがないじゃない、お餅、美味しいんだもん……」
「あんまりポチャると、モテなくなるぜ。……まぁ、オレはそのくらいでもいいと思うけどよ……」
「……え?」
……という感じで、俺のクラスでも、あちこちで気の合った仲間同士が団子になって、久々の再会にテンションを上げつつ、まるで小学生の様に無邪気にはしゃいでいる。……っつーか、最後の下りの男女、取り敢えず爆散しろ。
――一方、
「…………」
そんな喧騒の中、俺は一人蚊帳の外で、自分の机の上に突っ伏し、狸寝入り――『ボッチの呼吸・壱の型 寝狸』を決め込んでいた。
……決して、誰からも声をかけられないから、という訳ではない。
いつもなら、いくら人付き合いスキルの値がマイナスに振れている俺でも、クラスメートから朝の挨拶程度ならかけられるし、挨拶されたら普通に挨拶を返す。――もっとも、それ以上の交遊は(シュウ以外は)稀だけど。
――でも、今日は……今日だけは、誰にも声をかけられたくなかった。
それは言うまでもなく、一昨日の――早瀬との決別が、俺の心を深く深く穿ち、大穴を開けていたからだ。たった二日足らずでは、その虚が塞がるはずも無い。
だから……とてもじゃないが、能天気に「あけましておめでとう~」と、クラスメートたちと新年を祝う気になれなかったのだ。
それは、たとえシュウが相手であろうと変わらない。
「おー! みんな、おはよう~ッ!」
シュウは野球部の朝練で、いつも教室に入ってくるのは始業ギリギリなのだが、今日は新年最初という事もあってか、いつもよりも早く姿を現した。
「おー、工藤! あけおめ~!」
「おはよー、シュウく~ん!」
「久しぶり! 相変わらず、朝から元気だな、お前!」
俺とは違って、クラスの人気者であるシュウ。ドアを開けた瞬間に、クラス中の注目を集め、温かな挨拶の声が次々とかけられる。
俺は、その馬鹿でかい声を顔を伏せたまま聞いていたが、狸寝入りは継続する。
すると、ドスドスという大きな足音がドンドン近付いてきて、俺の机の横で止まる。
「よぉ、ヒカル! おはよっ!」
「……」
……空気読めよ。昨日、早瀬の事をLANEで伝えてただろうが。
そう、心の中で毒づきながらも、俺は伏せていた顔をずらして、チラリと横目でシュウの顔を見る。そして、黙ったまま軽く目礼だけすると、再び狸寝入りの体勢に戻る。
「……あ、悪ぃ……」
シュウも、俺の様子を一目見て察したらしい。――いや、もしかすると、全て承知の上で、俺の気を少しでも紛らわせようと、殊更に明るく振る舞ってみせたのかもしれない。……もっとも、その心遣いは全くの逆効果だった訳だが。
とはいえ、せっかく気を遣ってくれたのに、こんな態度じゃ逆に悪いか……。
そう考えた俺は、全集中の呼吸を解き、ムクリと身体を起こす。
そして、さすがに仏頂面のままで、
「……おはよ」
とだけ言った。
それでも、取り敢えず挨拶が返ってきた事にホッとしたのか、シュウがやや表情を緩める。
そして、オズオズと訊いてきた。
「ヒカル……大丈夫か?」
「……大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら……全然大丈夫じゃねえよ」
「お……おう……そうだよな……」
俺にジロリと睨まれたシュウは、肩を竦める仕草をしてから、俺の顔をじっと覗き込みながら、更に問いを重ねてくる。
「……顔色悪いぜ。ちゃんと眠れてないのか……?」
「眠れるわけないだろが」
俺は、疲れた笑いを浮かべながら答える。
「――目を閉じたら、瞼の裏に色々な情景が浮かんできて、まんじりともできないんだよ。ちょい前までは、観覧車のゴンドラのシーンだけだったけど、一昨日からは寂れた駅でのシーンが追加されて、晴れて豪華二本立てになりましたとさ、ヤッタネ!」
無理矢理声を張り上げて、自嘲的に笑い飛ばす俺。
そんな俺の事を心配そうに見るシュウは、俺の肩に手を置くと、慰めるように言った。
「ま……今すぐ元気になれとは言わねえよ。そうなった時の辛さは、オレも良く知ってるからよ……」
「……お、おう」
シュウの言う“そうなった時”の、紛れも無い元凶である俺は、さすがに返す言葉に窮して、頷くだけに止める。
シュウは、気まずそうにしている俺の顔を覗き込みながら、言葉を継ぐ。
「つうか……別に、無理して学校に来ることも無かったんじゃねえのか? 何日か休んで、元気になったらでも……」
「……家で寝てたら、一日中思い詰めちゃって、それこそ身体に悪いよ」
心配するシュウに向けて、俺は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「学校に行けば、ちょっとは気が紛れるしさ……。それに、また寝込んだりでもしたら、ウチの女衆がうるさいんだ、マジで」
「あぁ……ハル姉ちゃんと羽海ちゃんが――」
「あと、母さんな」
そう付け加えて、俺は肩を竦める。
「だから、学校に来た方がマシなんだ。……同じ学校だって言っても、あの娘とはクラスも違うから、もう顔を合わせる事もないだろうし。……一昨日で、彼女から俺に接触する理由も完全に消えたしな」
「……」
サバサバとした口調で話す俺を、シュウは何とも言えない顔で見つめていたが、意を決したように表情を引き締めると、口を開いた。
「……じゃあ、もうひとり――センパイの方はどうするんだ?」
「……それな」
シュウの言葉に、俺は人差し指を突きつけて、大きく頷いた。
早瀬の事は、もう終わった。今はパックリと開いた傷口から、どくどくと血が溢れている状態だが、いずれ時間が経てば、その傷は癒えるだろう……痕は残るだろうが。
そうなると代わりに浮上するのが――諏訪先輩の件である。
俺は、小さく息を吐くと、シュウに向かってお願いする。
「諏訪先輩の件は……ちょっと相談に乗ってほしいんだ。……あの事に対して、先輩は『別に返事しなくてもいい』って言ってくれたけど、そういう訳にもいかないからさ。先輩とは、今日の部活で確実に顔を合わせるから――それまでに、お前の意見を聞いておきたい」
「分かった。もちろん、相談でも何でも乗ってやるよ」
俺の図々しいお願いに、二つ返事で承知してくれるシュウ。……俺と別の誰かとの恋バナなんて、シュウにとっては、正直聴きたくもない話だろうが、それでも聞いてくれるという。――ホントにいい漢だよなぁ。
そんな事を考えながら、俺は教室の壁面にかかっている時計を見上げる。
「じゃあ……今日は午前中で終わるから、部活に行くまでのスキマの時間で――」
「グッモーゥニンッ! アァンドゥ・ハピィニュウイイェア! ――コーサカ氏・アーンド・クドー氏!」
「――っ!」
せっかく、シュウと重要な打ち合わせをしているのに、イヤに弾んだ英語での挨拶に邪魔をされ、俺は思わず気色ばむ。
――この、上手いのか違うのか、今一判別のつかない……ただ、こちらを絶妙に苛立たせてくるネイティブイングリッシュ(笑)な発音をする奴は、俺の知り合いの中では一人しかいない。
俺は、眉間に皺を寄せつつ、声のした方へと振り返りながら荒い口調で怒鳴りつけた。
「――ちょっ! おい、小田原! 今、俺はシュウと大切な話をしてんだから、邪魔すんじゃね――」
だが、その言葉は途中で途切れる。
その代わり、困惑に満ちた声が、俺の唇の間から漏れた。
「あ……アンタ、だ……誰ェ――?」