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LAUGH BOY

 「あ……お、お疲れ様です。ハイ……」


 思いもかけぬタイミングで、思いもかけぬ知己――ってほど、深い付き合いでもないけど――と再会して、俺はオドオドしつつ、取りあえずペコリと頭を下げる。

 そんな挙動不審な俺に対して、店員のお兄さんはニコリと爽やかな笑みを返してきた。まるで、芸能雑誌の表紙を飾っていてもおかしくなさそうなイケメンスマイルに、俺の心は思わずキュンと――するかぁっ!


「……? どうしたっすか?」

「あ……、いえ、何でもないデス……」


 俺の顔を見て怪訝な表情を浮かべる店員さんに向けて、慌てて首を横に振る。

 と、店員さんは、やや腰を屈め、持っていたお盆で口元を隠しながら、俺に耳打ちするように囁いた。


「……相変わらず、カノジョさんと仲が宜しいようで良かったっす」

「へっ? か、かか、カノジョぉっ? だ、だだだ誰がっすかぁっ?」


 店員さんの言葉に、俺は飛び上がらんばかりに驚き、激しくどもりながら聞き返した。

 それを聞いた店員さんが、キョトンとした表情を浮かべる。


「え? 誰がって……そりゃもちろん、あの晴れ着姿の女の子の事ですけど……。て、あれ? ひょっとして、違うんすか?」

「え……ええと……まあ……はい……」


 店員さんの問いかけに、バツの悪さを感じながら、俺は小さく頷く。

 と、店員さんは“ガッテン!”とばかりに、手の平を拳の腹でポンと打った。


「……あ! って事は……」


 店員さんはそう言うと、再び俺に顔を近づけ、囁き声で言った。


「……正に今日、告白しようってアレっすか?」

「あ……あはは……。ち、違いますよ……つか、むしろ……」


 一瞬、店員さんの耳元で、『告白はもう済ませて、轟沈済みでーす♪』と怒鳴ってやろうかとも思ったが、すんでのところで思い止まり、引き攣った苦笑いを見せるだけに留める。……店員さんは、俺の事情を何も知らないんだから、悪気は無いはずなんだ、うん……。

 俺は、引き攣り笑いを浮かべたまま、この気まずい話題を逸らそうと、店員さんのベルトに提げられていたハンディターミナルを指さして言った。


「……つか、店員さん。オーダーを聞きに来たんじゃないんですか?」

「あ……、そうっした」


 店員さんも、仕事を思い出したらしい。お盆を小脇に抱えると、ハンディターミナルを抜いて、ポチポチとボタンを押す。

 そして、コホンと咳払いすると、一部の隙も無い営業スマイルを見せて、俺に訊く。


「で……お客様、ご注文はお決まりですか?」

「あ……は、はい!」


 自分から促しておいて、実は注文なんか考えてもいなかった俺は、慌ててメニュー表に目を落とす。


「え……ええと……じゃあ……、こ、この、チーズハンバーグランチセットをひとつ」

「はい、畏まりました。――ライスとフォカッチャがお選びいただけますが、どちらになさいますか?」

「ふぉ……フォワッチャーッ? ほ、北〇神拳?」

「……いえ。ここでは、世紀末救世主は扱っておりません」

「あ……そうですよね……」


 眉ひとつ動かさずに、冷静に淡々とツッコまれ、思わず俺は赤面する。

 そんな俺の様子も華麗にスルーして、店員さんはメニューの上の方を指し示した。


「こちらに記載されておりますように、“フォカッチャ”とは、イタリアのパンの事です。……まあ、簡単に言えば、『ご飯とパン、どっちにしますか?』って事です」

「あ……な、なるほど……」


 店員さんの分かりやすい説明に、俺は思わず唸る。


「じゃあ……ご、ご飯で」

「畏まりました」


 店員さんは、俺の注文に恭しく頷いた。

 そして、チラリと俺の向かいの席に目を向けると、言葉を継いだ。


「で……、お連れ様のご注文は――?」

「あ……」


 店員さんに尋ねられ、俺は目を白黒させた。自分の注文もロクに決めていなかったのに、早瀬の分の注文の事なんて考えていよう筈も無い。

 俺は首を廻らせて、通路の奥――トイレの方に目を遣った。が、早瀬が戻ってくる様子は無い。


「え……ええと……ちょ、ちょっと待って下さいね!」


 店員さんにそう言うと、俺は食い入るようにメニュー表を読み始める。


 ……やっぱり、早瀬は女子だから、そんなにガッツリしたものは食わないだろうな……。だったら、パスタ……。いや、晴れ着姿だから、万が一ソースが撥ねた時ヤバいよな……。イカスミとかは特に。――だったらピザ系……いや、それは……


「……お客様。お客さまー!」

「ふぁ、ふぁいっ?」


 一心不乱にメニュー表とにらめっこする俺は、ようやく呼びかけられた声に気が付き、思わず変なところから声を出した。

 慌てて声のした方を見上げると、店員さんのハンサムな顔が間近にあって、俺は更にビックリする。


「ひゃ、ヒャッ! な、何ですか……?」

「お客様、もし宜しければ、オレ……私がアドバイスしましょうか?」

「え……あ、いや!」


 難しい顔をして思い悩む俺の事を気遣ったのだろう。心配顔の店員さんからの提案だったが、俺は反射的に首を左右に振った。


「だ、大丈夫です! も、もうすぐ早瀬――あの子も戻ってくると思うんで……そしたら、自分で注文してもらって――」

「――いや。カノジョさんは、もうしばらく戻ってこないっすよ、多分」

「え――?」


 俺の言葉をアッサリと否定した店員さん。俺は、キョトンとした顔で、彼のイケメン面を見上げた。


「な……何で、分かるんですか? そんな事が……」

「ああ、そりゃ分かりますよ」


 店員さんは、当然のように言うと、ニコリと微笑んで言葉を続ける。


「あの子……ずっとあの格好だったんでしょう? 晴れ着なんて、普段着慣れてないはずですから、帯を緩めて整えるだけでも、かなり時間がかかるはずっす。……多分、あと10分くらいはかかるでしょうね」

「な……なるほど……。く、詳しいですね」

「まあ……女の子関係に関しては、色々と場数は踏んでるっすからね」


 感嘆する俺を前に、店員さんはエヘンと胸を張り、更に言葉を続けた。


「くぐった()()()の数は、両手の指じゃ足りないくらいっすから!」

「……いや、良く分からないんですけど、それは自慢しちゃダメなやつじゃないんですかね……?」

 今回のサブタイトルの元ネタは、テレビアニメ『北斗の拳』の主題歌『TOUGH BOY』からです。

 因みに、ここでの“BOY”は、”少年”ではなく、”給仕”のボーイの意味です。

 和訳すると『笑う給仕さん』になりますね(笑)。

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