ポテトは飲み物。
俺が、一昨日の初詣での顛末と、昨日の夜に起こった経緯について話をし終わると、シュウは「ふーん……」と相槌を打ち、手元のコーラをストローで啜り上げた。
そして、ストローから唇を離すと、コーラの容器を手に持ったまま、俺の事を指さす。
「――で、どうするんだ、お前は? そのままオッケーして、センパイと付き合う?」
「……分っかんねえ」
俺は困惑の表情を浮かべながら、深い溜息を吐く。
シュウは、二つ目のチーズバーガーの包みを開け始めながら、俺を横目で見て言う。
「……迷ってんのか?」
「いやぁ……。どっちかというと、『諏訪先輩が、俺の事を好きだと言ってくれた』って事自体に、まだ全然現実感が湧いてこないっていうか……半信半疑っていうか……」
「いや……だって、一昨日、直に言われたんだろ? ――『月とスッポンですね』って」
「……『月が、綺麗ですね』、だ。――つうかさ。この前、病院の屋上で、お前も同じ事を言おうとしてたじゃん。……思いっ切り間違えてたけど」
「……それな」
シュウは、俺のツッコミに引き攣り笑いを浮かべながら、チーズバーガーに齧り付いた。
一方の俺は、憮然とした顔でポテトを口に突っ込み、ブツブツと独り言ちる。
「つか、間違いなのに、微妙に的を射てるしよ……」
『月とスッポン』――言われてみれば、正にその通りである。
正直、最近の諏訪先輩は、顔もキレイだし、スラッとしていてスタイルもいい。それに、胸もなかなか……ゲフンゲフン!
……せ、性格に関しても、口ではかなりキツい事を言われる事もあるが、何だかんだで優しいし、クール系と見せかけて、時々見せるテンパりっぷりは、ぶっちゃけちょっと可愛らしい――。
本来、俺みたいな底辺陰キャには、とても手の届かない所で、月のように輝いていてもおかしくないような人なのだ。
そう考えると、思わず俺は頭を抱えた。
「……つうか、ホントに俺なんかでいいのかな、諏訪先輩? あの人だったら、もっといい男と付き合えるだろ、絶対。なのに、よりによって俺の事を――」
「いいんじゃねえの? センパイ本人が、お前の事を好きだって言ってるんだからさ。……ていうかさ、ヒカル」
「ん?」
「もういい加減に言い飽きたんだけどよ……。そんなに自分の事を自分でダメダメだとオトすなって。お前がそう言えば言うほど、そんなお前の事をずっと好きだったオレの事も、全部込みで否定されてるような気分になるんだって、何回も言ってんじゃん」
「あ……わ、悪ぃ……」
シュウの言葉に、俺は慌てて頭を下げた。
伏せた頭の向こうで、シュウが大きな溜息を吐いた気配が感じられた。
「ていうかさ。何で好きになったかとか、どうして好きなのかとか、相手のレベルがどうのとか、別に関係ないだろ?」
空になったコーラの容器のフタを開け、中の氷を口に流し込み、ボリボリと噛み砕きながら、シュウは言葉を続ける。
「そんな理屈ありきで人なんか好きになんねえよ、実際」
「……まあ、そうだよな」
「ほら、よく言うだろ? 『パフェ食う虫も好き好き』ってさ」
「それ……『蓼食う虫も好き好き』?」
「それな」
……つうか、俺は蓼か。いや……蓼って何なのか、俺も良く知らないけど。
と、シュウが上目遣いで俺の顔を見つめながら、口を開いた。
「で――、どうするんだ?」
「……だから、分かんねえって」
俺は、デジャヴを感じつつ、首を横に振った。
「……でも、まあ正直、『諏訪先輩が彼女になってくれるっていう世界線も、なかなかアリなんじゃないか?』とか考えたよ。……昨日の夜までは」
「あぁ……そこで、来ちゃったんだ……。早瀬からLANEの返信が――」
「……そういう事」
俺は、苦笑いを浮かべながら頷いた。
シュウは、2杯目のコーラにストローを挿しながら、顔を顰める。
「何つーか……随分とタイミングが良いというか、悪いというか……」
「――それは、俺にとって? それとも、諏訪先輩にとって?」
「両方だよ。――いや、正確には、三人とも、かな?」
「え?」
シュウの言葉の意味を測りかねて、俺は当惑の声を上げた。
「三人……って? 俺と、諏訪先輩と、あとは――」
「決まってんだろ? 早瀬だよ」
「え――?」
目をパチクリさせる俺を、ジト目で見たシュウは「……相変わらず……いな」と、俺に届かないくらいの微かな声で呟くと、俺のトレイに載っていたポテトケースを手に取り、まだ半分以上残っていたポテトを一気に口の中に流し込んだ。
俺は驚きながら、抗議の声を上げる。
「お――おいぃっ! な、何で人のポテトを全部食っちまうんだよぉ! し……しかも、そんな、水みたいに……!」
「ぽふぇふぉふぁふぉみもぉも!」
「飲み物じゃねえええっ!」
俺は絶叫しながら、シュウの手からポテトケースを取り返したが――、
「……中に、何もありませんよ……?」
俺は、ハイライトの消えた目で、恨めし気にシュウを睨む。
「何で……? 何で、俺のポテト全部食ったし?」
「そこにポテトがあったから」
「マロリーかテメエはああッ!」
食い物の恨みは深い。ましてや、ミックのポテトならなおさらだ。
だが、怒り狂う俺を前に、シュウは涼しい顔でコーラを啜って言った。
「まあ、そんな事はさておいて」
「さておくな!」
「早瀬の方はどうするんだ、お前」
「う……」
シュウに問い質され、俺は言葉を詰まらせた。
俺は無言で、手にした空のポテトケースをトレイに置くと、目を泳がせながら答える。
「……い、一応、明後日に会う事になった……」
「……ふーん」
「な、何だよその目は! ご……誤解すんなよ!」
シュウにジト目を向けられた俺は、慌てて頭を振った。
「あ……あくまで、明後日は早瀬に借りてたBL同人誌を返しに行くだけで……そ、そんな、お前が考えている様な疚しい気持ちは……な、無い……よ」
「……ふーん」
「ちょ! だ、だから、そのジト目ヤメロ!」
俺は、シュウの放つ圧に翻弄されつつ、負けじと声を張り上げた。
「つ……つーか、考えてみろって! 俺はクリスマスイブの時点で、早瀬にフラれ済みなんだぜ! ……俺がいくら望んだところで、もう目は無いんだよ!」
「……悪い。さすがに今のは、少し意地が悪かったな、オレ」
俺の剣幕に、さすがに罪悪感を感じたのか、シュウが謝ってきた。俺は「……いや、いい」と、軽く手を振ると、ストローを口に咥えた。
ズズーッと音が鳴るまで、中のアップルジュースを一気に飲み干すと、俺はようやくストローから唇を離し、ふぅ……と小さな息を吐く。
「そう……、これが本当に最後だ」
そして、目の前のシュウではなく、自分自身に言い聞かせるように、ぽつりと呟いた。
「……明後日は、会ってすぐに、早瀬に借りたモンを返して……それで、解散。――以上」
「ヒカル……」
俺の言葉に顔を曇らせるシュウに、俺は力無く笑いかけ、言葉を継ぐ。
「……明後日で、俺の恋は、今度こそ完全に終わり。――終わらせるんだよ、シュウ」