みやげもん
1月4日――諏訪先輩と初詣に行った翌々日、そして、早瀬から連絡が来た翌日。
俺は、夕方に帰省先から帰ってきたシュウと、地元のミックで落ち合った。
「よっ、ヒカル! あけおめっ! 久しぶりだな!」
黒いジャージ姿のシュウは、店内に入ってくるや否や、テーブル席に座っていた俺の姿を目敏く見つけ、満面の笑顔を浮かべつつ、店内に響くような大声を上げた。
満員に近い店内の注目が、入り口でぶんぶんと手を振っているシュウと、テーブル席に腰を落ち着けて、今まさにハンバーガー――正確には『お正月限定・もっちもち餅バーガー』――に齧り付こうとしていた俺に向けられる。
「――っ! んが、ぐぐっ!」
予期せぬ視線の集中砲火を浴びた俺は、噛み切ったもっちもち餅バーガーを塊のまま呑み込み、喉に詰まらせ、悶絶する。
『お正月限定・もっちもち餅バーガー』とは、中のミートパテは従来品と同じだが、それを挟むものをバンズではなく平べったい丸餅にした、特別仕様のハンバーガー(?)である。
――当然、餅なので、粘りがある。
ただでさえ、『正月老人殺し』との異名を持つ餅を、更に凶悪仕様にしたのが、ネーミングに嫌というほど“もち”を前面に打ち出した、このもっちもち餅バーガーなのだ。
その粘り気ある餅が、俺の喉にペタリと張り付いたのだからたまらない。
「んーっ! んぐーっ! みぐ……みぐぅ……!」
と、目を白黒させながら俺が悶絶している間に、シュウはしれっとカウンターで注文をしていたようだ。やっとの思いで、俺が喉に詰まった餅の欠片をアップルジュースで胃に流し込んだ頃に、ホクホク顔でやって来やがった。
チーズバーガーディナーセット×2が山と積まれたトレイをドンとテーブルに置いて、向かいの席に腰を下ろすと、怪訝な顔で、餅との死闘を終えて息も絶え絶えの俺に尋ねてくる。
「……どうした、ヒカル? 俺と久々に再会したのが、そんなに涙が出る程嬉しいのか?」
「ち、違うわ! ハンバーガー……っつーか、餅を喉に詰まらせて、危うく窒息死しかけてたんだよ!」
「おお、そうか。――大丈夫か?」
「う……うん。何とか……」
「まったく。腹が減ってるからって、一気にがっつくからだぞ。気をつけろよ」
「……お前のせいだアホ」
「ん? なんふぁいっふぁ?」
「……いや、もういいや」
俺に向けて「気をつけろよ」と偉そうに言いやがった同じ口で、チーズバーガーの半分を一口で齧り取って、もしゃもしゃと咀嚼しているシュウの姿に、俺はツッコむことも馬鹿馬鹿しくなる。
あしらう様に、軽く首を横に振りながらポテトを摘まみ、口に放り込んだ。
噛む度に口の中に広がるポテトと油の風味。そして、程よい塩気……。
「うーん……。やっぱり、ポテトはミックに限るねぇ」
と、満足げに嘯く俺の前に、スッと紙袋が置かれた。
「ん……?」
「これ、おみやげ。『高坂さん家の皆さんへ』って、おふくろが」
「お、おう。さんくす」
俺は、シュウにペコリと頭を下げると、ポテトを摘まんでべとついた指を一なめしてから紙ナプキンで拭き、紙袋を手に入れると、中に入っていたふたつの箱を取り出す。
――中に入っていたのは、予想通りのものだった。
「……あ、やっぱり、納豆まんじゅうなのね」
「悪ぃ……。いっつも同じおみやげで……」
「あ! いやいや、そうじゃなくって!」
肩を落としてしょぼくれるシュウに、俺は慌てて言葉をかける。
「う、嬉しいよ、納豆まんじゅう! 甘ったるいまんじゅうの皮と、粘り気ある納豆が、アレでアレしてるから! うちの家族も毎回楽しみにしててさぁ~、ははは……」
後ろめたい気分を抱きつつ、わざとらしい空笑いをする俺。
……まあ、20パーセントくらいは本当だ。
お盆と正月の休みに茨城の実家に帰省する度に、シュウのおばさんが必ずおみやげで買ってくるのが、この納豆まんじゅうなのである。
決して不味い訳では無い。
むしろ、“まんじゅう”と“納豆”という、一見真逆のスタンスに立つ食材にも関わらず、合体したら意外と美味かった。――ホントに意外。
……でも、さすがに、年二回のペースで20×2個の納豆まんじゅうを消化し続けた為、最近ではすっかり食傷気味になってしまった。
そんなこんなで、今でも納豆まんじゅうを喜んで食べているのは、父さんひとりになってしまったのだ。――もっとも、最近ではその父さんですら、納豆まんじゅうに飽きている気があるのだが……。
――かといって、せっかくおばさんが俺たちの為に買ってきてくれた想いを無下にする訳にもいかない。
俺は、表情筋を叱咤して、無理矢理満面の笑顔を作ると、
「父さんが喜ぶよ! おばさんにも『ありがとう』って伝えといて! あはは……」
頻りに頷きつつ、シュウに向けて言ってみせる。
(――また当分、父さんの朝飯のおかずが納豆まんじゅうになるだろうが、我慢してもらおう……うん)
と、心の中で父さんに向けて手を合わせながら……。
――シュウは、そんな俺の心中にも気付かぬ様子で「オッケー。分かった!」と、安堵の表情を浮かべつつ頷き返す。
そして、ジャージのポケットに手を突っ込むと、今度は小さなビニール袋に入ったものを取り出し、俺の前に置いた。
「――ほい。で、これが、お前へのおみやげだ」
「へ? 俺への?」
シュウの言葉に、俺は目を丸くした。こいつが、俺の為におみやげを買ってきてくれるのは珍しい。
「お、おう、サンキュ……」
俺は驚きつつ、ビニール袋を受け取った。――そんなに重くも、大きいものでもない。……ストラップかなんかかな?
僅かに緊張しつつ、中に入ったものを取り出す。
「これって……お守り? し、しかも……『恋愛成就』ぅ?」
「……巫女さんに言って買うの、結構恥ずかしかったぜ……」
ビックリする俺に、目を伏せながら言うシュウ。
「一応、タワーマスコットとして有名な神社のお守りだからさ……。効くと思うぜ、うん」
「た、“タワーマスコット”……?」
聞き慣れぬ単語に当惑し、首を捻る俺だったが、
「……ひょっとして、“パワースポット”?」
「あ、それな」
「……」
近い様な近くない様なシュウの言い間違いに苦笑を浮かべつつ、俺は掌の上の、真っ赤な布に金糸で、『恋愛成就』という文字とハートマークが刺繍されたお守りを見た。
……確かに、こんな可愛らしいデザインのお守りを買うのは、シュウには恥ずかしかった事であろう。それでも、去年は恋愛運が散々だった俺の為に、頑張って買ってきてくれたのだ――。
俺は、今度は嘘偽りのない、正真正銘の笑顔をシュウに向けて言った。
「ありがとう……。大事にするよ、シュウ」
「う……うん。どういたしまして……うん」
シュウは、俺の感謝の言葉を聞いた途端、耳の先まで真っ赤になった。それを誤魔化すように、コーラをズズズーっと音を立てて吸い込む。
そして、大きく息を吐くと、テーブルに両肘をつき、両指を組み合わせ、親指に顎を乗せる――いわゆる、“碇ゲ〇ドウスタイル”をとり、テーブル越しに俺の顔をジッと凝視してきた。
「え? な……何……?」
そんな、ただならぬ様子のシュウを前にして、俺は狼狽える。
「な……何だよ? いきなり、そんな格好して――」
「ところで、さ」
シュウは、俺の質問には応えず、話を切り出した。
「――お前、昨日のLANE覚えてる?」
「れ、LANE? ……あ、ああ……うん」
シュウの言葉で、俺は昨日の事を思い出した。
心臓がトクンと跳ねるのを感じつつ、俺はしみじみと言った。
「ビックリしたよなぁ……。まさか、今更になって、早瀬から返信が来るなんてさ――」
「……ちょっと待て」
「……へ?」
テーブルの向こうからの声の音程が一層低くなり、俺はシュウの顔を見返し、
「――ひっ!」
思わず悲鳴を上げる。
眉間に深い皺が刻んだシュウが、鋭い目つきで俺の事を睨んでいたからだ。
「ど……どうした……どうしたんですか、シュ、シュウさん……?」
「……返信が、来た? 早瀬から、だって?」
文節ごとに言葉を区切りながら、シュウは低い声で言った。
「――何それ? そんな事、一言も聞いてないんだけど、オレ……」
「え? だ、だってお前、『昨日のLANE』って――」
「あれは……『諏訪先輩と初詣に行った』ってヤツの事だよ」
「あ――そっちか……」
俺は、自分の勘違いを理解して、ポンと手を叩いた。……そういえば確かに、早瀬から連絡があった件は、まだシュウに話してなかった。
……でも、だからって、何でこいつはこんなに苛立ってんだろう?
「……まあ、いいや」
「……!」
シュウは、ボツリと呟くと、組んだ両手に顎を乗せたの格好のまま、上目遣いで俺の顔を見た。その目力に、俺は緊張して背筋をピンと伸ばす。
そんな俺を、シュウは鋭い目で睨みつけながら、静かに言った。
「取り敢えず……順を追って話してもらおうか。初詣の件と……早瀬の返信とやらの件を――」
そう言って、“碇ゲンド〇スタイル”を崩さぬまま、俺を睨みつけるシュウの背後に、手を後ろで組み、背筋をピンと伸ばして立っている初老の男性のスタンドがハッキリと見えた……。