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ドナタからの手紙

 ――ピロリンッ♪


「ふひひ……ん?」


 また、無意識に昨日の事を思い出して、だらしのない笑い声を上げていたらしい俺は、突然ベッドの脇で鳴った電子音を聴いて、ハッと我に返る。

 半身を起こして、音の鳴った方に目を遣ると、ローテーブルの上に置いていたスマホのランプがチカチカと瞬いているのに気付いた。


「あ……LANEか……」


 俺はそう呟くと、ベッドの上でゴロゴロと転がって端に寄り、手を伸ばしてスマホを取る。

 ロックを解除して、明るくなったスマホの液晶画面に、『新着メッセージがあります』というポップアップメッセージが浮かんでいる。

 俺は、メッセージウィンドウに軽く指を触れ、LANE画面を起動する。

 現れた一覧画面、その一番上に表示された『しゅう』のアイコンに、新着メッセージの赤バッジが点灯していた。

 その表示を見ながら、俺は首を傾げる。


「シュウ……? あけおめメッセージは、元旦に送ったけどなぁ。……何かあったのかな?」


 シュウがおばさんの実家から帰ってくるのは、確か明日のはずだ。別に、今日連絡するような用事は無かったと思うけど……。

 そう、怪訝に思いながら、取り敢えず『しゅう』のトーク画面を開いてみる。

 最新のメッセージには、こう書いてあった。


『昨日、何かあった?』


 ――ドキリ。

 たったそれだけのメッセージなのに、俺の心臓は兎のように跳ね上がる。


「な……何で、シュウが、昨日の事を……?」


 ――もちろん俺は、昨日の事を一言もシュウに話していない。

 帰省して、お祖父さんの家でのんびりと寛いでいるであろうシュウに、俺自身の事を話して余計な心配をかけさせる事が嫌だったからだ。――もっとも、そう思いつつ、去年の大晦日にはさんざん心配と迷惑をかけちゃった訳だけど……。

 だから、のべらぶ大賞のタグの件は報告したけど、それ以外の――諏訪先輩と初詣に行く事に関しては、何も話していなかったのだ。

 ……でも、このメッセージの内容から見るに、シュウは、昨日の俺に何かがあった事に気が付いているっぽい。


「……」


 俺は、暫しの間スマホを凝視しながら考えを巡らせていたが、ある可能性に思い到った。

 液晶画面の上に素早く指を走らせ、最後に送信ボタンを押す。


『誰から聞いた?』


 約二十秒後、再び“ピロリン♪”という軽快な音と共に、トーク画面に新たなメッセージが表示される。


『ハル姉ちゃんからメッセ来た』


 ――ああ、やっぱりな。


 シュウの答えに、俺は納得して、スマホに向かって小さく頷く。


「やっぱ、ハル姉ちゃんか……」


 羽海や母さん同様、ハル姉ちゃんもいたく俺の様子が気になっていたようで、今朝から何度も『ひーちゃん……昨日は、誰とどこに行ってたのぉ?』と、事ある毎に俺に訊いてきて、少しウザいくらいだった。

 ――幸い今日は、ハル姉ちゃんの方にサークルの新年会だか何だかで出掛ける用事があったので、俺は夕方には厳しい追及から解放された。

 だが、ハル姉ちゃんは出掛ける直前まで、何とか俺から昨日の事を聞き出そうと、しつこく俺にまとわりついていたっけ。

 そんな感じだったから、出掛けた後も、気になったのだろう。

 それで、最終手段として、昨日の顛末を知っている可能性の高いシュウに質問のメッセージを送り、何も知らなかったシュウはビックリして、直接俺に訊いてきた――って感じなんだろう。


「……」


 俺は、少し考えると、再びメッセージ欄に文字を入力していく。


『昨日、初詣に行った』


 それだけ書いて送ろうと、送信ボタンに指を這わせる――が、小さく(かぶり)を振る。そして、入力したメッセージの間に、もう一言を付け加えた。


『昨日、()()()()()初詣に行った』


 そう書きかえられた返信メッセージを見て、「……よし」と頷いた俺は、今度こそ送信ボタンを押す。

 “諏訪先輩と”という一言を加えたのは、シュウに対して、これ以上誤魔化すような事はしたくなかったからだった。


 ピロリン♪


 ――シュウから返信が戻ってくるのに、今度は数分の時間がかかった。

 三度鳴ったベルの音を受けて、スリープ解除したスマホの画面に表示されたのは、


『どうだった?』


 という一言だけ。

 すぐに、『諏訪先輩から、告白され――』と打ち込みかけた俺だったが、


「……」


 シュウからのシンプルな返事と、その一言が戻ってくるまでにかかった時間から、シュウの心の中を読み取った俺は、返信を打とうとする指を思わず止めた。

 そして、文を全削除して、新しく打ち直す。


『お前が帰ってから話すよ』


 ――そして、1分後。


『了解』


 という、これまたシンプルな返信が、不細工なウサギのキャラがサムズアップするスタンプと一緒に送られてきた。


「……相変わらずブサカワ好きだな、あいつ」


 俺は思わず苦笑いを浮かべると、『じゃ、また明日な』と打ち込んで、シュウが好きそうなブサ犬キャラが布団で眠るスタンプと一緒に送る。

 そして、


「……よし」


 シュウから、ブサキャラネズミが手を振っているスタンプが返ってきたのを確認し、スマホの画面を消すと、ゴロリとベッドの上に横たわった。


「……」


 何か、そこはかとない疲れを感じ、俺は軽く目を瞑る。


 ――これで俺は、明日シュウに、俺が諏訪先輩から告白された事を打ち明けなくてはいけなくなった訳だ。

 そう考えると、何だか緊張してきた。


「……って、そういえば……」


 と、

 俺は、はたと肝心な事に気が付く。


「俺……諏訪先輩に告白されて……それからどうするんだ?」


 そうなのだ。

 考えてみれば、昨日の夜からずっと、俺は『諏訪先輩に告白された』という事実に舞い上がって、それから先の事を全く考えていなかったのだ。


「やっべ……。シュウに話したら、絶対『どうするつもりだ』って訊かれるやつじゃん……。明日までに答えを出しとかないと、あいつに呆れられる……」


 いつまでも浮かれている場合ではない事を悟った俺は、ガバリと起き上がり、難しい顔をして『俺は、一体どうしたいんだ?』と自問する。

 ……いや、どうしたいかは、これ以上なくハッキリしている。


 ――『彼女が欲しい』


 である。

 問題は……『誰が彼女になってほしいか』という点。


 もちろん確実なのは、俺を好きだと言ってくれた諏訪先輩だ。

 最初に会った頃は、ぼさぼさの長い黒髪と度の強い黒縁眼鏡が印象的で、いつも部室でキーボードを叩いているだけの、地味で暗そうな印象しか無く、そのくせ、口を開けば辛辣な言葉がポンポンと出てきて……正直苦手だった。

 ――でも、放課後に長い時間を一緒に過ごすうちに、その厳しい言葉も、優しさの裏返しだという事や、そっけない素振りも照れ隠しだという事が分かってきた。

 そして、ハル姉ちゃんによる“劇的ビフォーアフター”で、その外見も文字通り見違えた。

 今の、肩の上あたりまで切って、軽く茶色に染めた髪と、薄くメイクを施した諏訪先輩の顔立ちは……贔屓目でも何でもなく、間違いなく綺麗だと思う――うん。


「……つか、このまま、告白を受けちゃっても良くねえか、俺?」


 ――いや、良くない訳が無い。

 確かに、性格と言葉は少しきついけど、性悪な訳では無い。

 むしろ逆だ。

 ていうか、ぶっちゃけ俺は、諏訪先輩にいじられる事がそんなに嫌じゃない。むしろ楽しいまである……ような気がする、かもしれない。

 ――あ、別に、ドМだって訳じゃないよ! ……多分。


 結局昨日は、先輩の告白に虚を衝かれ過ぎて、碌な返事も出来ないままに解散となってしまったのだが、その場で即答しちゃっても良かったのではないか――? 俺は、今更ながらにそう思いかける。

 ――でも、そう考えた瞬間、心のどこかから『異議あり!』という一声が上がる。


「――!」


 次の瞬間、俺の脳裏に浮かぶのは、屈託の無いあの()の笑顔――。


「だよなぁ……」


 俺は、喉の奥で唸ると、バタンとベッドに寝転ぶ。そして、胸に疼く鈍い痛みに顔を顰めながら、天井を見上げ、呟いた。


「俺が早瀬にフラれて、まだ十日だもん……。そんなに簡単に次にいける程、ドライにはなれないよな……」


 そもそも、いくら諏訪先輩に告白されたからって、そんなにあっさりと鞍替え出来る程、早瀬への想いは軽いものではないんだ。いくら、完璧にフラれたからって言っても……。

 でも――、


「だからといって、何時までも未練がましく想い続けるのもな……。何せ、あの日以来、完全に無視されてるもんな……」


 そうなのだ。

 結局、クリスマスイブの後に送った、『借りていたBL同人誌を返したい』というメッセージも、未だに既読すら付かずに放置されている。

 ……これは、完全に目が消えたという事なんだろう。


「……つっ」


 また、チクリと胸が痛んだ。

 ――が、何時までもウジウジと悩んでいてもしょうがない。そう思った俺は、やっと早瀬を諦める決心をつけようと――した瞬間、


 ……ピロリンッ♪


 枕の横に放り投げていたスマホが、LANEのメッセージが到着した事を告げた。


「う、おっ?」


 完全な不意打ちを受けた俺は、思わず声を裏返す。

 そして、ムッとした表情を浮かべつつ、裏返ったスマホを持ち上げる。


「……何だよ、シュウの奴。人が、哀しい一大決心を付けたってタイミングに、狙いすましたみたいにメッセージなんか送ってきやがって……。話は、明日するって言ったじゃん……」


 ぶつくさ言いながら、俺はスマホの電源ボタンを押した。


「で……今度は何だよ、シュ――」


 そして、画面に浮かぶLANEのアカウント一覧画面に目を落とした瞬間、絶句する。


 ――『YUE♪』のアイコンの横に、赤い新着バッジが点いていた。

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