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公園~黄昏のホワッツ?~

 その後、俺と諏訪先輩は、ミックジャガルドのテーブル席で『愛と呼ぶには辛すぎる』のプロットについて推敲を重ねた。

 とりあえず、ラストをどうするのかは保留にしておいて、間に挟むイベントエピソード――当初通りのバッドエンドのままでも、それ以外のエンディングに変更しても対応できて、なおかつ伏線としても回収できるようなエピソード――を間に挟むことにした。

 そのエピソードをどうするかで、ああでもないこうでもないと話し合った結果、『ちょうどいいから、“初詣”にしよう』という事になった。

 そういう事になるんだったら、“資料”として、もっと神社や参道の様子を写真撮影しておけばよかったなぁ……と、俺は悔やんだが、諏訪先輩は「大体覚えてるから、写真とか必要無いわ」と、ケロッと言ってのけた。

 それを聞いて、思わず「さすが、総合ポイント5ケタ超えの大人気作家様は違う……」と呟いたら、諏訪先輩に怖い顔で睨まれた……。

 別に、イヤミ的な意味で言ったんじゃないのに……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「うわっ! (つべ)てぇ~っ!」


 公園のトイレの洗面台で手を洗おうとして、蛇口から流れてくる水の冷たさに、俺は思わず悲鳴を上げた。

 指が凍りつきそうになりながら、流れる水で手早く指先を洗い、ブンブンと両手を振って水滴を払うと、ダッフルコートの裾に押し付けた。

 母さんや羽海辺りに見られたら、物凄い勢いで怒られる所業だったが、手が冷たすぎて、ポケットの中のハンカチを取り出す余裕も無かったからしょうがない。つか、どうせふたりともここには居ないし……。

 え? あらかじめハンカチを出しておけばいいだろうって? ……察しのいいガキは嫌いだよ!



 ――何故俺が、こんなに冷え切った公園のトイレで震えながら用を足していたのかというと、語るも長い事情が……特には無かった。

 俺たちは、4時過ぎにミックジャガルド栗立駅前店を出て、駅に向かおうとしたのだが、突然諏訪先輩が、


「次の『愛辛』の更新の舞台になる、小さな公園のイメージを掴みたい」


 と言い出して、急遽この公園に立ち寄る事にした。

 そして20分ほど、ふたりで公園をブラブラと歩いて回っていたのだが、ミックでシェイクやコーラをがぶ飲みしていた事と、日が傾いて昼間よりも一段と下がった気温にやられた事で、急に猛烈な尿意に襲われ、堪らずこのトイレに駆け込み――今に至る。

 それだけの話だ。



 一応、最低限の清掃はされているようだったが、設備自体にこびり付いて取れなくなった臭気と汚れに辟易しつつ、無事に()()を済ませた俺は、トイレを出る。

 既に日は暮れ、周囲を木で覆われた小さな公園には、暗い夜の帳が落ちている。俺は、太陽が沈んで一気に強まった冬の寒気に身を震わせながら、足早に街灯の下へと向かった。

 そして、街灯の下で佇む人影にペコリと頭を下げる。


「――お待たせしました」

「あ……うん」


 俺に背を向けて、公園の様子を見ていたらしい諏訪先輩は、俺の言葉に気が付くと、くるりと振り返り、俺に小さく頷き返す。

 そして、手にしていた円筒形の物を俺に向けて差し出してきた。

 俺は、突然目の前に突き出された物を前に、戸惑って目を瞬かせながら、首を傾げる。


「え……? な、何ですか……?」

「――見て分からない? ホットの缶コーヒーだけど」

「あ、いや……もちろん、それは分かるんですけど……どういう事で……」

「それは……高坂くんが寒いんじゃないかなと思って、あっちの自動販売機で買ってきたんだけど……要らなかったかしら?」


 諏訪先輩はそう言いながら、手にした缶コーヒーを軽く振り、俺は、ブンブンと首を横に振る。そして、勢いよく両手を前に出しながら叫んだ。


「あ、いや。要ります! 俺、今メッチャ寒いんで、メッチャあったかいのが欲しいっす!」

「ちょ……食いつきすぎ……」


 鬼気迫る俺を前に、諏訪先輩は苦笑を浮かべながら、俺の掌の上にカフェオレの缶を載せた。


「はい、どうぞ」

「と、あちち……!」


 諏訪先輩から受け取ったカフェオレの缶の熱さは、冷たい水道水と寒気に晒された掌には刺激が強かった。

 掌を火傷しそうになった俺は、慌てて缶の縁を爪の先で摘まんで、熱くないように持つ。


「あ……熱かった? ごめんなさい」

「あ、いや、大丈夫っす」


 心配顔で訊いてくる諏訪先輩に、強がりつつ(かぶり)を振った俺は、逆に彼女に尋ねる。


「――そんな事より、もういいっすか、公園の取材は?」

「あ……うん」


 俺の問いかけに対し、諏訪先輩は、自分の分の缶コーヒーで手を温めながら、ゆっくり周囲を見回し、小さく頷いた。


「結構、いい感じのイメージが湧いたわ」

「それは良かったっす。寄り道した甲斐がありましたね」


 諏訪先輩の答えに、俺も頷き返す。

 そして、反対側に見える、入り口の低い門柱を指さして、言葉を継いだ。


「――じゃあ、そろそろ帰りましょうか。あんまり長居してると、風邪ひいちゃい――」

「あ、あの!」

「……え?」


 先輩が上げた声に、どこか切迫した響きを感じた俺は、訝し気に思いながら振り返る。


「……どうしました? まだ何か――」

「……」


 だが、俺の言葉も聞こえていないかのように、先輩は黙ったまま動かない。

 俺は、恐る恐る先輩の顔を覗き込もうとするが、暗い上に俯いているので、陰になって見えない。

 さては、寒すぎて具合でも悪くなったのか、とやにわに心配になった俺は、慌てて声を掛ける。


「せ、先輩、大丈夫ですか? 早く、温かい所へ――」

「こ、高坂くん!」

「は、はい!」


 俺の呼びかけを途中で遮り、突然顔を上げた諏訪先輩の鋭い声に、俺はビックリして仰け反った上、声を裏返す。

 だが、そんな俺のリアクションにも全く気付かぬ様子で、顔を真っ赤にして、ジッと俺の顔を凝視していた。

 ――と、先輩は、手に持った缶コーヒーを指さして言う。


「せ、せっかくだから、コーヒーを飲んでから行かない? ちょ、ちょうど、ここにベンチも……あるし」


 そして、彼女は街灯の横に設置されていた二人掛けの簡素なベンチを指さした。

 だが、俺はその提案に躊躇を覚える。いや……だって、クソ寒いし――。


「あ……でも、少し冷えますし……もう暗いですし……。缶コーヒーなんで、駅に戻りながら飲むか、駅のホームで飲むかした方が――」

()()()()()()()()()()

「ひ……っ!」


 俺の言葉を遮った、諏訪先輩の低い(ドスの効いた)声を耳にした瞬間、俺は怯えながら諦めた。


 ――ダメだ! 命が惜しかったら、この声色には抗うべきじゃない。


 と、俺の中で、日頃ハル姉ちゃんや羽海に鍛えられている本能が、最大音量でアラームを鳴らしている……。


「……」


 鬼気迫る様子の諏訪先輩を前にして、俺はゴクリと口の中に湧いた唾を飲み込み――、


「わ……分かりました……」


 まるで躾けられた犬の様に、従順に頷くしかなかった。

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