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思い過ごしも変のうち

 昼飯時はとうに過ぎたというのに、『ミックジャガルド栗立駅前店』の店内は客で溢れ、満席に近かった。

 俺は、オーダーしたものを載せたトレイを両手で持ち、行き交う人の間を縫うようにして、ようやく端っこのテーブルへと辿り着いた。


「はい……お待たせしました、諏訪先輩」


 予めテーブル席の席取りをしてもらっていた先輩の前に、俺はトレイを置いた。

 俺の声を聞いた諏訪先輩は、顔を上げると、小さく頷く。


「あ。うん、ありがとう」


 俺にそう言うと、トレイから自分の分のローストコーヒーの容器と、海老カツバーガーを手に取り、向かいの席に腰を下ろした俺の前にトレイをずらした。

 そして、湯気を立てるコーヒーに息を吹きかけて冷ますと、一口啜る。


「……コーヒーに、ミルクと砂糖は要らなかったっすよね?」


 と、ストローの紙包装を剥きながら、おずおずと訊いた俺に、諏訪先輩は小首を傾げながら答えた。


「ええ。いつもそうでしょ? ――どうして?」

「あ……いや、何となく」


 俺は、小さく首を横に振ると、自分もシェイクの容器を手に取る。その時、


「……あ」


 ふと俺はある事を思い出して、尻ポケットから財布を取り出した。そして、小銭入れをまさぐると、五十円玉を摘まみ上げ、諏訪先輩の方へ差し出した。

 海老カツバーガーの包装を剥がそうとした手を止めて、諏訪先輩が怪訝そうな表情を浮かべる。


「……何?」

「いや、何って……」


 先輩の問いに、俺は戸惑いながら答えた。


「あの、さっきの神社で借りたお賽銭の分です。昼飯(コレ)を買ってお札が崩れたんで、返します」

「あぁ……」


 俺の言葉に、ようやく先ほどの顛末を思い出したのか、諏訪先輩は小刻みに頭を上下させた。――と思ったら、五十円玉を摘まんだ俺の手を押し返す。


「え……?」

「いいわよ、五十円くらい。仕舞っときなさい」


 そう言って、澄まし顔の先輩は、包装を剥いた海老カツバーガーを口元に持っていく。


「あ……いやいや!」


 俺は、大きく頭を振りながら、声を上げた。


「そ……そういう訳にはいかないですよ! 借りたものはちゃんと返さないと!」

「だから、別に良いって。五十円くらい――」

「いや、だから良くないですって!」

「……じゃ、さっきのは、私のおごりって事でいいわ。だから、そのお金、仕舞って――」

「ダメです! 受け取ってください!」

「……」


 俺は、とにかく先輩にこれ以上借りを作りたくなかった。

 我ながら、何でここまで意固地になってるのか良く分からないのだが、俺は頑として譲る気は無い。

 先輩は怪訝そうな顔をして、そんな俺の顔をジッと見ていたが、小さな溜息を吐くと、手を伸ばして俺の指に挟まれた硬貨を抜き取った。


「……分かったわ、受け取るわね。ありがとう」

「い……いえ、こちらこそ、あざっしたッ!」


 諏訪先輩の訝しげな視線を浴びながらも、俺は妙な達成感で気を良くしながら、深々と頭を下げた。

 そして、座席に座り直すと、シェイク容器に挿したストローを咥えて一気に吸い上げ――られない。

 あまりの寒さで再凝固してしまったのかと思うほど、中のシェイク共はいつも以上にしぶとく容器にしがみ付いているようだった。

 ……この野郎ども! 無駄な抵抗は止め――


「……高坂くんって、変よね」

「ふ、ふぇっ?」


 口をすぼめて、シェイクを一気に啜り上げようとした瞬間に浴びせかけられた諏訪先輩の言葉に、俺はビックリして、必要以上に息を呑む。その拍子に、ストローの中を勢いよく上ってきたシェイクの塊が、俺の喉の奥と気管を直撃した。


「ブフゥッ! ゴゴホゲフゴブぅっ!」

「あ……ちょっと……だ、大丈夫?」


 冷たいシェイクで噎せて激しく咳き込む俺に、諏訪先輩が狼狽した声をかけてくる。


「な……何か喉に詰まったの? は、はいっ! これで流し込んで!」

「……!」


 苦しさと冷たさで悶絶していた俺は、諏訪先輩から手渡された容器を無我夢中で握ると、それが何かを碌に確認もせずに一気に呷った。


 ――あれ? この展開って、前にもどこかで……。


 ふと、嫌な予感が脳裏を過ったが……既に遅かった。

 今度は、強烈な苦みと熱さが、俺の口の中を満たす。


「ご! げふぐふぉがはげふ! な……何すか、ゴレ……!」

「あ……ご、ごめん……」


 七転八倒して苦しむ俺を前にオロオロしながら、諏訪先輩は身を小さくしながら小声で謝ってきた。


「ほ……ホットのブラックコーヒーじゃ……マズかったわよね……二重の意味で」

「だ……誰がウマい事を言えと……二重の意味で……」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「お……落ち着いた?」


 店員さんに持って来てもらった水を飲んで、ようやく落ち着いた俺に、恐る恐るといった様子で訊いてきた諏訪先輩。

 俺は、もう一口水を含んで、火傷した舌を冷やしてから、コクンと頷いた。


「え……ええ。な、何とか……」

「そう……良かった」


 俺の返事を聞いた諏訪先輩は、ホッとした表情を浮かべた。


「それにしても、いきなり噎せてどうしたの……?」

「いや……それ、先輩のせいじゃないっすか」

「え……何で?」


 ……うわ。この人分かってないよ。


「いや、何でって。……何か知りませんけど、先輩がいきなり俺の事を『変だ』なんて言い出すからビックリしたんじゃないですか……」

「あ……そ、そうだっけ?」

「いや、そうですよ」

「……ごめんなさい」


 憮然とした顔の俺を前に、諏訪先輩は俯くと、ぺこりと頭を下げる。

 いつにも無く殊勝な態度を見せる諏訪先輩に、俺は調子を崩され、思わず「あ、いや、全然大丈夫っす」と答えそうになったが、思いとどまる。

 一応、理由は聞いておきたい。


「……つか、何で『変だ』って言ったんですか、俺の事……?」

「え、えと……それは……」


 俺の問いに、諏訪先輩はバツが悪そうに目を逸らしつつ、ブラックコーヒーを一口啜ると、ボソボソと呟くように言う。


「だって……、私が良いって言ってるのに、物凄く意固地になって、お金を返そうとしたり……」

「いや……それはやっぱり――」


 先輩に改めて訊かれて、俺ははたと考え込む。

 ――何で俺は、あんなに先輩に金を借りたままだったのが嫌だったのかな……? ――と。


 そして、


「ええと、正直自分でも良く分からないんですけど。多分……俺と先輩の仲だから、できるだけ貸し借りをそのままにしたくなかった――ですかね?」

「……そうかしら?」


 たっぷり三十秒ほども考え込んだ俺が出したその結論に対して、諏訪先輩は眉根を寄せて小さく頭を振った。


「私は、むしろ逆だと思うんだけど……」

「逆……ですか?」

「ええ」


 問い返す俺に、諏訪先輩は小さく頷き、言葉を継ぐ。


「逆に……とても親しい仲だったら、そんな小さな貸し借り、どうでもいいんじゃないかしら? “貸し借り”って言うよりも、お互いに足りないものを“貸し合う”……そんな感じなんじゃないかなって、私は思ってる……」

「“貸し借り”じゃなくて、“貸し合う”――()()()()ですか……」

「――ぁッ!」


 俺が感心して鸚鵡返しに呟いた言葉に、諏訪先輩の顔色が変わった――真っ赤へと。


「あ――あのっ! その……っ!」


 目を飛び出さんばかりに見開いて、あっちこっちに視線を飛ばしながら、先輩は挙動不審を極めた様子で捲し立てる。


「そ、その……! し、親しいっていうのは、そういうハッキリとした……そういう意味じゃなくて……! あくまで、比喩の一種というか、何というか……」

「あ……は、はあ。だ、大丈夫ですよ、分かってますから、ハイ……」


 俺は、ビックリするほど狼狽えている諏訪先輩に対し、そう言って宥めようとしていたが――その実、何故彼女がここまで狼狽してるのか、サッパリ解っていなかった。

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