想い人は臓物柄
【イラスト・よすぃ様】
「……て、あれ? まだ五分前だ。高坂くん、来るの早かったんだね。さすが~」
と、背中越しにかけられる早瀬の少し鼻に掛かった声――北口広場に立ってから、ずっと待ち焦がれていたはずの声を聴いた俺は、ビクリと身体を震わせ……、
「ご――ゴメン、早瀬さん! お、俺、やっぱか……帰るから! ホント!」
彼女に背を向けたまま、そう言い捨てて、再び脱兎の如く逃げ出した。
こんな変な格好で、どの面提げて俺は彼女に会えばいいのか……そう思ったからだ。
――だが、
「あ、ちょ、ちょっと! 待ってよ、高坂くん!」
「あ、いだあっ!」
俺の決死の逃走は、たったの五歩で終了した。
俺の手首はガッチリと掴まれ、意図せず急ブレーキをかけられた俺は、肩が抜けるのではないかという衝撃に顔を歪める。
が、ここで立ち止まる訳にはいかない。俺は、何とか手首を掴む手を振り解こうとするが、固く握り締められた手は緩まなかった。
「どうしたの、高坂くん? いきなり……」
困惑に満ちた早瀬の声が、俺の耳朶を打つ。……いや、どうしてって――、
「……だ、だって……。俺っ、こんな変な――格好だから……早瀬さんにも……恥ずかしい思いをさせちゃう――だから」
「変な――格好?」
キョトンとした様子の早瀬の声に、俺は意表を衝かれた。
「え……? い、いや、変でしょう? ……こんな格好の俺と一緒に居たら、早瀬さんも笑われちゃうから……だから、今日は――」
「ううん。私は別に平気だよ~。っていうか、高坂くんの格好、私は別におかしくはないと思うけど」
「……へ?」
早瀬の意外な言葉に、俺はビックリして、思わず振り返る。
――子猫を思わせる黒目がちの大きな瞳。ほんのりと紅みがさした柔らかそうな頬。通った鼻梁。ぷっくりと瑞々しさを感じさせる唇。
今までに無い至近の距離で、俺の視界いっぱいに飛び込んできた早瀬の顔に、俺は仰天する。
「うわ……は、早瀬――さん! ――つか、ち、近いッ!」
「やっと私の方を見てくれた、高坂くん」
彼女のあまりの眩しさに直視ができず、思わず目を背けた俺だったが、一瞬見ただけでも、彼女の顔に優しい笑みが浮かんでいるのは分かった。
その可愛らしい顔に、こんな妙ちきりんな格好をしている俺に対するマイナスの感情は感じられなかった……と思う――多分。
俺は、彼女の眩しさに目をやられないように目を眇めつつ、おずおずと早瀬を見た。
改めて彼女の顔を見直し、(……相変わらず、可愛いなぁ)と鼻の下を伸ばしながら、徐々に視線を下に落とし――、
「……ん? んんん?」
――俺は思わず目を疑い、二度見した。
目を皿のようにして、彼女の姿を凝視し、
「……は、早瀬さん……? そ、その……格好て――?」
そこまで言うと、俺は思わず言葉を失ってしまう。
――彼女が着ていたのは白いシャツとねずみ色のパーカー、そして、太腿にポケットのついた迷彩柄のカーゴパンツ。
正直、デー……異性と出かける格好にしてはラフだなあ……と思わないでもないが、そこはまだいい。
――“問題”は、パーカーの中に着ているTシャツ……その柄だ。
見た瞬間、俺はギョッとして固まってしまったが、周りの人たちも俺と同様のリアクションを取りながら、彼女の事を二度見しつつ、やや早足ですれ違っていく。
その理由は、彼女のTシャツを見れば一目瞭然だ。
Tシャツには……心臓・肺・胃・腸・肝臓といった人間の臓器が、精緻、そして色鮮やかに描き込まれていたのだ。まさに、体内に格納されている状態そのままで……。
なので、ぱっと見、彼女が腹の中を掻っ捌いて露わにしながら歩いているように見えて、行き交う人々の注目を悪い意味で浴びていた。
心なしか、歩行者でそこそこ混雑している北口広場にも関わらず、彼女の周囲二メートルくらいに奇妙なスペースが空いている。
……無理もない。
彼女の可愛らしい顔立ちと全く相容れない、Tシャツの独特なデザインセンス……。そのアンバランスさが、物凄い違和感と不安感を、見る者全てに与えるのだった。
――だが、
そんな周囲のドン引いた反応にも、当の本人は全く気が付かぬ様子で、その顔に無邪気な笑みを浮かベている。
「あ、気が付いた? どう、これ?」
そう、俺に訊きながら、早瀬はパーカーの前を開いて、Tシャツのグロテスクな柄を俺に見せつけてくるのだ。
――いや、どうって言われても……。
俺は、思わず顔を引き攣らせ、無意識に一歩後ずさる。
「これねえ、去年博物館でやってた『人体の神秘展』で売ってたの! カッコ良くない?」
……か、カッコイイ?
俺は突然、目をキラキラさせながらにじり寄ってくる早瀬を前に、『いや……ダサいよ』と正直に言うか、『ウン、カッコイイヨ!』と無難に社交辞令で返すかのシビアな二択を迫られ、目を白黒させた。
そして、刹那の間に侃々諤々の脳内会議を行った俺は、頬を引き攣らせつつ、
「……う……うん! こ……個性的だけど――す、すごくカッコイイ……? んじゃ、ないかな、うん……は、ははは」
……という、どっちつかずの答えを繰り出し、乾いた愛想笑いをしてみせたのだった――。
サブタイトル、ほぼ原型ありませんが、元ネタはチャゲアスの『恋人はワイン色』です。
……酷いサブタイでスミマセン……。