表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/217

ハレ着レユカイ

 俺と諏訪先輩は、参道脇のベンチに座って、参拝の為、本殿へと歩いていく人々を眺めていた。

 正月らしく、華やかな柄の和服を着た女の人たちもちらほらと居て、道行く人々の顔も心なしか晴れ晴れとしている。


「……こういうのを見ると、正月だなぁ~って思いますね」


 俺は、目の前を通り過ぎた、着物姿の若い女の人達を目で追いながら、何の気なしに呟いた。

 すると、


「……ごめんなさいね。着物じゃなくって」

「ふ――ふぇっ?」


 明らかに険のある諏訪先輩の声に、俺は慌てて振り向いた。

 見ると、口をへの字に結んだ諏訪先輩が、頬をぷうと膨らませている。

 ありありと不満の表情を浮かべた諏訪先輩の横顔を前に、俺は目を白黒とさせつつ、おずおずと尋ねてみた。


「え? ど、どうしたんですか、いきなり……」

「――だって今、高坂くん、着物姿の女の人を偏執的に凝視しながら言ってたじゃない。それって、暗に私に向けて言ってたんでしょ?」

「あ――い、いやいや!」


 諏訪先輩の言葉に戸惑いつつ、俺は慌てて首と手をブンブンと横に振る。


「い……今のは、そういう意味で言ったんじゃなくって……。っていうか、何ですか、『偏執的に凝視』って! それじゃまるで、何か俺がヤバい人みたいじゃないですか! そ……そんなネットリとは見てませんって!」

「あ、見てたのは認めるのね」


 大声で否定する俺を横目で睨みながら、先輩は言った。

 俺は――金魚のようにパクパクと口を開閉させながら目を白黒させたが――しぶしぶ頷く。


「ま――まあ、み、見ましたけど、本当に一瞬ですヨ……」

「あら、そう? まるで防犯カメラみたいに首を廻らせながら、じっっくりと見てたみたいだったけど」

「う……」


 誤魔化そうとしたが、先輩には先刻お見通しだったようだ……。

 と、


「……って」


 俺は、ある事に気付いて首を傾げた。


「ていうか……、何で先輩知ってるんですか? 俺が、着物姿の女の人をガン見してたって――」

「う……」


 今度は、諏訪先輩が口ごもる番だった。

 俺は、何故かモジモジしている諏訪先輩の様子を、怪訝に感じながら、更に問いを重ねる。


「俺がガン見してるのを見てたって事は、先輩も俺の事をガン見してたって事――」

「や……やっぱり! お、お正月だったら、和服とかを着た方が……い、いいのかしら?」

「え? あ……そうっすね……」


 俺の問いかけを途中で遮るように、声のトーンを上げた諏訪先輩に逆に尋ねられ、俺は戸惑いながらも考え込む。


「ま……まあやっぱり、『正月イコール晴れ着』っていうイメージはありますよね……正直」

「そのイメージって、どうせラノベとかアニメとかからのものでしょ、高坂くんの場合」

「……ええ、まあ……はい……」


 図星を衝かれて、しぶしぶ頷く俺。

 そんな俺の顔を、再びジト目で睨んだ諏訪先輩は、大きな溜息を吐く。


「発想が単純よね、男の子って」

「……」


 言い返す事も出来ず、気まずい気分になった俺は、口を尖らせて甘酒を啜った。

 ――すっかり冷めちゃったけど、それでも美味いなぁ。もう一杯、おかわりとかできないかな……?

 なんて事を考えながら俺は、真っ青に晴れ渡った正月の空を見上げる。……だって、通行人なんか見てたら、また諏訪先輩にツッコまれてしまうと思ったから。


「――でもまあ、そうよね……。正月にしては、パッとしない格好よね、私……」

「え?」


 俺は、隣からぼそりと聞こえてきた声のトーンの暗さに驚いて、思わず目を向けた。――隣に座っている先輩が、浮かない顔でコートの袷を寛げて、自分の服装を確認しているようだった。

 つられて、俺も諏訪先輩の服装を改めて見直してみる。

 ――今日の諏訪先輩は、クリスマスイブの時にも着ていた茶色い膝丈のコートを着ていて、その下には灰色っぽいセーターとベージュの裾がブワッと広がったズボンという出で立ちをしていた。


「まあ、確かに地……落ち着いた装いですけど、諏訪先輩にはよく似合っていると思います……ハイ」

「今……“地味”って言いかけたでしょ、高坂くん」

「ふぇっ! あ……いや……その……スミマセン……」

「……ぷっ!」


 俺を怖い顔で睨みつけた諏訪先輩だったが、答えに窮した俺がしどろもどろになったのを見ると、突然噴き出した。

 先輩は、慌てて口を押さえて、俺から顔を背けるが、その肩は小刻みに震えていて、明らかに笑いをこらえているのがアリアリと分かった。

 その様子を見て、俺は思わず憮然とする。


「……いや、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか……」

「ふふ……ごめんなさい。目をキョロキョロさせてる高坂くんの顔が……おかしくって。ふふふ……」

「……」


 お腹と口元を手で押さえて、愉快そうな笑い声を上げる諏訪先輩に、今度は俺がむくれる番だった。

 ――まあ、先輩の機嫌も直ったようなので、それで良しとしよう、うん。

 と、


「……ねえ、高坂くん」

「……何ですか?」


 どことなく躊躇うような調子に変わった諏訪先輩の声に、俺は小首を傾げながら聞き返す。

 先輩の顔は、やや俯きがちになっていた。少しだけ茶色に染めた髪の毛で隠されていて、俺の目からは彼女の顔は窺い知れない。

 先輩は、掠れ声を僅かに震わせながら、恐る恐るといった感じで言う。


「――もし、私が着物を着たりなんかしたら、どうだと思う……?」

「え……? 着物……先輩が、ですか?」


 先輩からの妙な問いかけに、俺はキョトンとした表情を浮かべる。

 でも、聞かれたので、視線を中空に漂わせながら、“諏訪先輩の着物姿”を想像してみた。


 ――うん、背が高めの諏訪先輩なら、すらりとしたシルエットの着物が似合いそうだ。ストレートの長い髪はそのままでも、アップに纏めてもいい。

 うん、先輩の眼鏡もいいアクセントになりそうだ。悪くなさそう。

 ……まあ。着物って、胸が目立たなくなるから、そこは少し残ね――、


「――高坂くん?」

「あ――ふぁ、ふぁいっ!」


 怪訝そうな諏訪先輩の声に、ハッと我に返った俺は、思わず素っ頓狂な声を上げた。


「あ! い……いや、スミマセン! その……あ、あくまで想像しただけで、そういうやらし――」

「……やっぱり、柄じゃないわよね」

「え……?」


 ――どうやら、先輩の胸について思いを巡らせていた事はバレていないようだ。俺はホッとすると同時に、先輩に向かって大きく首を横に振った。


「い、いえ! そんな事無いっすよ! 絶対に似合うと思いますよ、ほんと!」

「……そう、かな?」


 キッパリと言い切った俺の言葉に、諏訪先輩の声が少し弾んだように聴こえた。

 彼女は、顔は俯いたまま「……ありがと」と、俺に言う。そして、両手を落ち着かなさげに組み合わせながら、おずおずといった感じで言葉を継ぐ。


「じゃ、じゃあ……ら、来年のお正月には、思い切って晴れ着を着てみようかしら……」

「あ――そうですね! いいと思います!」


 諏訪先輩の言葉に、俺は勢いよく何度も頷いてみせた。


「来年の正月、楽しみにしてます、はい!」

「ちょ……ちょっと大げさ……」


 俺のリアクションに、若干引き気味の諏訪先輩だったが、前を向いたままコクンと頷いた。


「……う、うん。分かったわ……頑張ってみる……」


 そう答えた諏訪先輩の表情は、長い髪の毛に隠れてしまっていて窺い知る事は出来なかったが――髪の毛の間から覗いたその口元は、心なしか綻んでいるように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ