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ゼンシン・イン・ザ・アプローチ

 ――大國珠神宮(おおくにたまじんぐう)


 栗立駅から徒歩で15分ほど歩いたところに建っている、大きな神社である。

 その歴史は古く、一説によると、奈良時代前期の頃の建立で、ここ周辺に存在する数多くの神社の中でも最大かつ最古の神社のひとつだと言われている。


 歴史のある霊験あらたかなる神社という事で、正月ともなれば、栗立市の市民はもちろん、周辺の市や町、そして遠く離れた他県からも多くの人々が初詣に訪れるスポットである。


 俺と諏訪先輩が初詣の場所として選んだのが、ここ大國珠神宮であった。

 ――とはいえ、ご利益がどうのとか、神社の由来がどうのとかは、目的地としてチョイスした理由とはあまり関係が無い。

 俺の住んでいる大平市と、諏訪先輩の住んでいる太刀川市との、ちょうど中間に位置していた神社だった――理由はそれだけに過ぎなかった。



 ――が、その適当な選択を、俺は神社に着く前から激しく後悔していた。


「す……凄い人出ですね」


 俺は、まるで通勤ラッシュ中の駅のホームのように、人でごった返した石畳の参道の真ん中でもみくちゃにされながら、辟易としつつ呟いた。


「……そうね」


 俺と同じく、人波に激しく揉まれながら、諏訪先輩もうんざりとした声を上げる。


「元旦じゃないのにこの人出って……昨日はどうだったのかし――痛っ!」


 先輩の言葉は、途中で途切れる。

 後ろから来たオッサンに肩でもぶつけられたのか、小さな悲鳴を上げた諏訪先輩は、痛そうに顔を顰めつつ、俺の方に向かって大きくよろめいた。


「あ! だ、大丈夫ですか、諏訪先輩……!」


 俺は慌てて声をかけ、咄嗟に手を諏訪先輩の方に向けて、大きく広げた。

 ――その広げた腕の中に、諏訪先輩の身体が倒れ込んできた。


「うッ――!」


 激しい衝撃と共に、俺の胸にもたれかかってきた諏訪先輩の身体を支える形になった俺は、思わず歯を食いしばり、声を漏らす。


「うっ……お、おも――!」

「……()()――?」


 俺が漏らした言葉の切れ端に、諏訪先輩の耳がピクリと動いた。


「――“おも”……何かしら?」

「あ……いや……お……お餅が――た、食べたいなぁ~って……。ほ、ほら……お正月ですしおすし……あははは……」

「……」


 苦しい言い訳を吐きつつ、引き攣り笑いで誤魔化した俺を、諏訪先輩は無言のままジト目で睨んだが、ふと、自分の身体に回された俺の腕へと視線を落とす。

 次の瞬間、先輩の黒目がちの瞳が、眼鏡から飛び出さんばかりに大きく見開かれた。


「あ……っ!」


 そして、「~ッ――ン……ッ!」と、声にならない声を上げながら、渾身の力で俺の胸を両手で突き飛ばした。


「う――うわっ……と!」


 突然の暴挙に、堪らず俺はバランスを崩し、大きくたたらを踏む。

 俺の身体は、まるでピンボールの球があちこち跳ね回る様に、周囲に立っていた人たちにぶつかり続けた。


「……痛っ!」

「あいたっ!」

「――ちょっと! 気を付けてよ!」

「おっと! 何だ?」


 俺がぶつかった通行人たちの間から、次々と悲鳴や文句や驚きの声が上がる。


「あ! ごめんなさい! スミマセン! あの、ごめ――!」


 人にぶつかる度、謝り続ける俺。そして、


「……ご、ごめんなさい、高坂くん……」


 何故か、頬っぺたどころか耳の先まで真っ赤にした諏訪先輩が、顔を伏せながら詫びていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「本当にごめんなさい、高坂くん……」


 と、参拝客達にもみくちゃにされてすっかり疲れてしまい、参道脇のベンチに腰掛けた俺に紙コップを差し出しながら、諏訪先輩が俯きがちに謝ってきた。


「あ……い、いえ、大丈夫っす。ハイ……」


 紙コップを諏訪先輩の手から受け取りながら、俺は苦笑交じりに首を横に振った。

 ――温かい。

 紙コップの中には、甘い香りを放つ白い液体が仄かに湯気を立てていた。


「これって――」

「甘酒よ。巫女さんたちが無料で配ってたから、貰ってきたの」


 そう言って、先輩は参道の反対側を指さした。

 ――確かに、『大國珠神宮』と、デカデカと墨書で書かれた、運動会とかでよく見る白い仮設テントが建っていた。

 その中で、巫女姿の若い女の人達が大きな寸胴をかき回して、柄杓で中の液体を掬い上げ、並べた紙コップに注いでいるのがチラリと見えた。


「あー、なるほど……甘酒ですか……」


 俺は小さく頷きながら、紙コップを口に近付ける。……甘いというか、花の様というか――何とも不思議な香りが、俺の鼻腔に満ちた。

 息を吹きかけて、少し冷ましてから、俺は紙コップの縁に口をつけ、ゆっくり傾けて、甘酒を口に含んでみた。


「――熱ちちち……甘っ」


 まろやかな甘さが、口中に広がり、俺は思わず声を漏らす。

 熱い甘酒の温度が、冷えた身体に染み入る様だった。


「……うん、甘くて美味しい……」


 俺の隣に腰かけた諏訪先輩も、甘酒を一口啜って、うっとりとした顔で感嘆の声を上げた。

 ――その横顔が何だかとても色っぽくて、俺は思わずドギマギしながら凝視してしまう。

 と、先輩が視線に気づき、俺の方に顔を向けた。


「……な、何?」

「あ……い、いえ――」


 諏訪先輩に訊かれた俺は、慌てて顔を正面に向け、視線を逸らした。

 ……何だか、頬が熱いけど、甘酒のせいだろう。

 甘いって言っても、やっぱり酒だからね、うん――。

 今回のサブタイトルの元ネタは、ウルフルズの『ゼンシン・イン・ザ・ストリート』からです。


 参道=approachで『ゼンシン・イン・ザ・アプローチ』です(笑)。

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[良い点] 白濁の液体を飲んでうっとりする諏訪先輩 (; ・`д・´)…ゴクリ
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