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インキャスレイヤー

 年が明けた。


 元旦は、朝一番に家族で連れ立って、近所の神社に初詣に行った後は、リビングのこたつにすっぽりと潜り込み、母さんの作ったおせち料理と雑煮をつつきつつ、一日中テレビをぼーっと眺めながら、スマホをいじって過ごしていた。

 スマホでLANEを開くと、あけおめメッセージが届いていた。

 ――とはいっても、そのうちの1件は、おばさんの実家に帰省しているシュウからで、もう1件は、なぜか同じ屋根の下――というか、こたつの向かい側で栗きんとんを頬張りながら、テレビのかくし芸大会を観て爆笑しているハル姉ちゃんからだった。

 何で、こんな肉声が届く距離にいるのに、わざわざLANEで挨拶すんねん――と思わないでもなかったが、せっかくの元旦に無粋な事を言うのもアレだし、迂闊に指摘でもしようものなら、それに倍する不満と文句をぶつけられるような予感……というか確信もあったので、ここは素直に返信のスタンプを押しておくに留めておく事にした。



 結局、LANEに届いていたメッセージは、その2件だけ。


 ――“YUE♪”からのメッセージは、届いていなかった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 その翌日――1月2日。


 俺は寒さに震えて、(かじか)んだ手に息を吐きかけながら、栗立駅北口の駅前広場に立っていた。

 いつもは人でごった返している栗立駅の駅前広場だったが、正月という事もあって、心なしかいつもよりも行き交う人の数が少ない……ような気がする。


「……9時55分か」


 俺は、背後の大きな時計台の文字盤に目を遣ると呟き、愛用のダッフルコートのポケットに手を突っ込んだ。

 あんまりボロボロだからと思って家に置いてきたのだが、やっぱり手袋を持って来れば良かった――と心中で秘かに悔やむ。まあ、正に『後悔先に立たず』ってヤツだな。

 俺は、駅前広場の石段に腰を掛けた。

 ――次の瞬間、


「――冷たッ!」


 安物のコートとGパンをあっさりと貫通した冷気……いや、もはや“凍気”が尻を直撃し、文字通り『刺すような痛み』を感じた俺は、思わず悲鳴を上げる。

 その声に、歩道を歩いていた通行人の何人かが驚いた顔をこちらに向けた。


「……」


 俺は、内心で恥ずかしさに悶えながらも、表面では、さも「えっ? 何か聞こえました?」と言わんばかりのスッとぼけた顔をして、雲一つなく晴れ渡った正月の清々しい青空を見上げた。

 ――俺の視界の片隅に、栗立のメインストリートに立ち並ぶ高いビルが映る。

 その壁面に、猫耳を生やした萌えキャラがニッコリと笑う『アニメィトリックス栗立店』の巨大な案内看板が設置されているのに気が付き、俺の胸がチクリと痛んだ。


「……そういえば、前に来てから、もう2ヶ月以上も経つんだな……」


 俺は、小さな溜息と共に呟いてみる。――と、同時に、あの日の事が、鮮やかに脳裏に蘇った。


 ――臓物柄のTシャツを着た早瀬と並んで歩いた、栗立の大通りを。

 ――早瀬に半ば引っ張られながら回った『アニメィトリックス栗立店』の4F女性向け同人誌コーナーで、女性客の皆さんから容赦なく浴びせられた生温かい視線を……。

 ――周りの目を気にしまくりながら、早瀬のBLトークに相槌を打つばかりだった、ファミレスのテーブル席を。

 そして――別れ際、「また会おう」と伝えた時に見せた早瀬の笑顔と、握手した時に感じた、彼女の掌の柔らかさと温かさを……。


「……痛たたた……」


 思い出せば思い出すほど、胸の痛みは強まり、俺は身体をくの字に折って、嗚咽が漏れるのを堪えた。


 ……馬鹿だな、俺は。

 何で、こんなに清々しく晴れ渡った正月の朝に、わざわざこんなに胸が痛くなる記憶をほじくり出したんだろう……。

 いや……そもそも、何で栗立……。神社なんて、他にもいくらでもあるだろうに……。


 ……考えれば考える程、胸の痛みは募るばかり――。


「…………くん? ……坂くん、大丈夫……? 高坂くん?」

「……え?」


 突然、蹲った俺の方が揺さぶられ、俺の名を呼ぶ声が聴こえた。

 ハッとして顔を上げた俺の目に映ったのは――、


「……大丈夫、高坂くん? 気分でも悪いの……?」


 心配そうに俺の顔を覗き込む、諏訪先輩の顔のドアップだった。


「――ッ!」

「高坂く――あ」


 10センチくらいの距離で、目と目が合った瞬間、俺と諏訪先輩が同時にフリーズする。


 ――ドクン


「あ――っ! あ、あのっ! す、諏訪先輩ぃっ?」

「こ……こ、高坂くん……っ!」


 一拍置いて、ようやく事態を把握した俺と諏訪先輩は、目を真ん丸にして、まるで磁石のS極とS極を近づけた時のように、勢いよく跳ね退く。

 その、俺たちのただならぬ動きに、通行人たちの驚きの視線が一斉に集中した。


「……」

「……」


 微かに周囲がざわめく中、俺と諏訪先輩は、まるでお互いが宿命のライバルか何かのように、無意識に両手を掲げて身構えながら、無言のまま睨み合う。

 俺たちの間に、緊迫した空気が漂う――。


 ――ちゃっ ちゃちゃちゃちゃーら ずんちゃっ ずんちゃっ ずんちゃっ ぱらぱーっ♪


 ……って、ドラゴン〇ールZの戦闘前BGMを流すんじゃねーよ、俺の脳内ッ!


「ご……ごほん!」


 俺は、妙な雰囲気に包まれた場の空気を払拭するべく、大げさに咳払いをした。


「……ん、こ、こほん……」


 同様に、心なしか顔を赤らめた諏訪先輩も、目を伏せつつ小さく咳をする。


「「……あ、あの!」」


 そして、俺と諏訪先輩は、同じタイミングでペコリとオジギをし、


「ド、ドーモ。スワセンパイ=サン。コーサカヒカルです」

「ド……ドーモ。コウサカ=クン。スワカスミです」


 と、お互いにぎこちないアイサツを交わしたのだった――。



 ――って、

 ニ〇ジャスレイヤーでもねえよっ!

アイエエエ!

インキャ! インキャナンデ!


……失礼しましたッ!

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