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ワンダフル・ミッドナイト

 「1年……A組ぃ……?」

「――ええ。そうだけど?」


 唖然とした俺の問いかけに、キョトンとした顔で首を傾げる諏訪先輩。

 俺は混乱しながら、更に問いを重ねる。


「え……ええと……。せ、先輩のお父さんって、頭に“ヤ”とか“ぼ”とかが付く職業の方じゃないんですか……?」

「“ヤ”とか“ぼ”……? いいえ? 付かないと思うけど……」


 諏訪先輩は怪訝な顔をして、顎に指を当てながら、考え込む。

 そして、目線を中空に漂わせながら、言葉を継いだ。


「付くのは……“こ”かしら……?」

「“こ”……ですか? あ……あぁ~……!」


 ――間違いない。

 あのお父さん、ヤクザだ暴力団だどころじゃなかったんだ。


「こ……(“こ”ろ)し屋だったのか――!ど……道理で……! どう見てもカタギじゃないとは思ってたけど……、やっぱり、そういう――」

「……何か勘違いしてない、高坂くん?」


 “殺し屋”とあんなに長い時間、同じ部屋で一緒に居たという戦慄の事実に、今更ながらガクブルする俺に、諏訪先輩が冷ややかな視線を送ってきた。


「“こ”から始まるって――()()()()よ。『国語教師』の“こ”。……ウチのお父さん、中学校の国語の先生なのよ」

「――え?」


 諏訪先輩の言葉の意味が良く分からず、俺は一瞬呆けた顔になって――それから、目を剥いて叫んだ。


「こ……国語教師ィっ?」

「えっ……な、何――?」


 驚愕しながら突然叫んだ俺の声に、諏訪先輩が俺よりも驚いた顔をして、目をパチクリさせる。

 そんな彼女に、血相を変えた俺は詰め寄った。


「こ……国語教師ぃ? あ……あんな、長ドスと拳銃(チャカ)で確実に2ケタは闇に葬っていそうな見た目で、中学校の国語教師ィっ?」

「う……うん……」

「あ……あんなに、白い粉の扱いに慣れてそうな見た目で、国語教師ぃっ?」

「し……白い粉……? ま、まあ、授業で白チョークは使ってるだろうから、慣れていると言えば慣れてるんじゃないかしら……?」

「あ……あんなキレイに剃り上げた、気合十分のスキンヘッドの見た目で、こ・く・ご・きょ・う・しぃぃぃっ?」

「……あれは、元々髪の毛が薄いから……。って――」


 そこまで言うと、諏訪先輩はムッとした顔を、俺に向かって寄せてくる。


「……いくら何でも、他人(ひと)の家のお父さんに対して、少し失礼じゃないかしら?」

「あ――す、スミマセン……。ちょっと調子に乗りました……」


 先輩に至近距離で睨みつけられて、俺はドギマギしながら小さな声で謝った。

 そんな俺を、諏訪先輩は怖い顔で睨みつけていたが――、


「……ぷ! ふふふふ――」


 突然その顔を綻ばせると、口を手で押さえながらクスクスと笑い始めた。

 そして、先ほどまでとは打って変わった微笑みを湛えた顔を俺に向ける。


「うふふ……ごめんなさい。高坂くんの反応(リアクション)があんまり面白かったから、ちょっとからかってみたくなっちゃって――」

「あ……か、からかった……そ、そうなんですか……はぁ」


 俺は、すっかりご機嫌の直った様子の諏訪先輩に、頬を引き攣らせながら微笑み返した。――先輩が怒ってなくてホッとしたというか、からかわれて、少しムッとしたというか……内心は複雑だったが。

 ――と、


「……」


 突然、真顔に戻った諏訪先輩が、ジッと俺の顔を覗き込んできた。


「……え? ど……どうしたんですか、せ……先輩?」


 ち、近い……! さっき詰め寄られた時よりも一段と近付いた先輩の顔を前に、俺の左胸がやにわに鼓動を早くするのを感じた。

 いや……ホント近いって……! 先輩の吐いた白い息が、俺の頬を撫でながら冬の空気に混ざっていく――。

 思わず俺は何かに覚醒しそうになって、慌てて声を上げた。


「せ――先輩! な……何か――」

「……大丈夫? 高坂くん……」

「――え?」


 先輩がかけてきた言葉に、戸惑いの声を上げる俺。

 その声を聞いた先輩は、ハッと我に返ったような素振りを見せた。ようやく自分の顔と俺の顔との距離の近さに気が付いたらしく、眼鏡の奥の黒い瞳を全開にするや、猫のように俊敏な動きで、俺の前から飛び退(すさ)る。


「……いや、いくら何でも、そこまで露骨に離れられると、普通に傷つくんすけど」

「あ……ご、ごめん……」


 俺に向かって謝る先輩の頬は、先ほどの風呂上がりの時に見たそれよりもずっと真っ赤に染まっていた。

 と、彼女は、視線を泳がせながら、ぼそぼそと話し始める。


「……でも、あのクリスマスイブから、あなたの顔を見てなくて……。()()()()があったから、大丈夫かな? って、心配してたから……」

「あ……、なるほど……」


 そういえば、そうだった。

 諏訪先輩が、俺の顔を最後に見たのは、あのクリスマスイブの北武園ゆうえんち駅――観覧車のゴンドラの中で、俺が早瀬にフラれた直後の時だった――。

 正直、フラれたショックで、その時の事はロクに記憶も残っていないのだが、さぞや絶望に満ちた顔をしていたであろう事は想像に難くない。


 ――そりゃ、心配になるわな……。


 俺は、ポリポリと頬を掻きながら、ペコリと頭を下げた。


「あの……すみません。その節は、ご心配をおかけしました」

「う……ううん。私は全然……。それよりも――」


 諏訪先輩は、ブンブンと首を横に振ると、俺の目を真っ直ぐに見つめて、再び訊いてきた。


「――大丈夫?」

「あ、ええ……」


 先輩の問いに対して、俺ははにかみ笑いを浮かべながら答える。


「……ぶっちゃけ、まだ胸が痛いですね」

「…………そう、よね」

「あ、でも――」


 俺は、表情を曇らせる諏訪先輩に向かって、慌てて頭を振った。


「確かに、あの日の後、熱を出して寝込んでたりして、大変でした。……多分、早瀬にフラれたショックだけって訳では無かったと思うんですけど……一因ではあったと思います」

「……」

「で、でも、まあ――一週間前に比べれば、大分気は晴れてきたっていうか、吹っ切れてきたっていうか……そんな感じです、ハイ」

「……そっか」


 力無く笑う俺の顔を見ながら、諏訪先輩はコクンと頷いた。そして、躊躇いがちな様子で、更に問いを重ねる。


「で……あの後、早瀬さんとは何か話はしたの……?」

「……いえ」


 俺は、引き攣り気味の苦笑いを浮かべながら、静かに言葉を継ぐ。


「……二・三日前、野暮用があったんで、LANEでメッセージを送ったんですけど、返事は来てないですね――っていうか、既読になんないです。――嫌われちゃいましたかね、あはは……」

「……ごめん」

「あ、だ、大丈夫っす、ハイ……」


 俺の答えを聞くや沈痛な顔をして俯く諏訪先輩を、慌てて宥める。

 すると、


「――高坂くん」


 おもむろに先輩が顔を上げた。その表情に、ただならぬ真剣なものを見て取った俺も、思わず背筋を伸ばし、全身を緊張させながら返事をする。


「あ! は、はい、何でしょう!」

「……あ、あの……ね……」


 何か、重大な事を口にしようとする素振りを見せる先輩だったが、目を四方八方に泳がせながら、顔を真っ赤にしてもじもじしているばかり。

 いつもの先輩らしからぬ、煮え切らない様子に、思わず俺は怪訝な表情を浮かべそうになるが、必死で表情筋を引き締めて、先輩の次の言葉をじっと待った。


「――こ、高坂くん!」

「あ、はいっ!」

「その……」


 諏訪先輩は、なおも逡巡する様子だったが、キッと眉尻を上げると、一気に捲し立てる。


「あの……あ、明後日! 1月2日って……空いてる?」

「……へ? い……1月2日……ですか?」


 急な話に混乱しつつ、俺は脳内のカレンダーを捲ってみた。――まあ、もっとも、わざわざ確認するまでもなく、俺の来年のスケジュールは一片の曇りも無い……真っ白だったのだが。


「……あ、大丈夫です。()()()()()()()()()()()()()()()、2日だったらオッケーです!」


 ……いいじゃん、少しくらい見栄を張ったってさ!

 そんな俺の哀しい嘘に、気付いたのか気付かなかったのかは不明だが、諏訪先輩は大きく頷いた。

 そして、ニコリと微笑みを浮かべながら、


「じゃあ……、あ、明後日――1月2日に、いっ……いっしょに――は、初詣に行きましょう、高坂くん!」


 と、激しく言葉をどもらせつつ、俺を誘ってきたのだった。

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