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扉の向こうで

 「――ここか……」


 俺は、ところどころ錆の浮いた青いドアの前に立ち、そこに白字で記された『308』の文字を見上げながら呟いた。

 シュウから教えられた情報によると、三階の廊下の突き当たりにあるこの部屋が、諏訪先輩の住む部屋らしい。

 ――ほら、ドアの右横の表札にも、『諏訪』と書いてある。やはりここが、諏訪先輩の家で間違いないらしい。

 それにしても……、


「本当にボ……れ、歴史を感じる佇まいだなぁ……」


 危うくひどい事を口走りそうになって、俺は慌てて言い直した。別に、誰が聞いている訳でもないのに、何となく罪悪感を感じたのだ。


「……ごほん」


 俺は、咳払いをして気を取り直すと、年代を感じさせるインターホンに手を伸ばした。

 ……だが、チャイムの四角いボタンに指を置いたまま、俺は石化でもしたかのように動けなくなった。


 ――お、大晦日だもんなぁ……。絶対、先輩の家族が居るよねぇ……。

 ――どんな人だろう……諏訪先輩の家族って……?

 ――一人っ子なんだっけ、先輩? 兄妹とかの話は聞いた事無いけど……っていうか、家族の事自体、全然知らないよ、俺……。

 ――つか、よくよく考えたら、大晦日に押しかけてきたりなんかしたら、絶対迷惑だよな……。

 ――やべえ……。冷静に考えたら、とんでもない事をしようとしてないか、俺……?


 頭の中に浮かんだ色んな事が、脳内をグルグルグルグル駆け巡って、その回転が早まれば早まるほど、俺の不安が指数関数的に増えていく。……指数関数って、まだ習ってないけど。


「……や、やっぱり、大晦日だし、今日は大人しく帰った方がいい……か?」


 結局、土壇場で臆病風に吹かれるヤツ……。


「……の、のべらぶ大賞は、別に来年もあるしさ……。の、のべらぶのDMにメッセージまで送ったのに、気付いてくれない諏訪先輩にも、責任の一端はあるわけだし……そ、そもそも、タグを付けてない先輩が悪いよな、うん……」


 先輩ん家のドアの前で、チャイムのボタンに指を置いたまま、何とか『星鳴ソラがのべらぶ大賞にエントリーし損なう』事に対する罪悪感を減らそうと、自己弁護をブツブツと呟き続ける俺。傍から見てたら、非の打ちどころしかない完璧な不審者か、タチの悪い地縛霊に見える事だろう。

 ――と、


「……うぅっ、寒ぃっ!」


 急に寒気を感じて、俺は身体を大きく震わせる。――大晦日の夜に、吹きっ晒しのマンションの廊下でずーっと立ちっ放しなのだ。そりゃ、身体が冷えるのも無理はない。

 俺は、鼻の奥から垂れそうになった鼻水を、慌てて啜り上げる。


「――ふ……ふぇ……」


 そのせいで、鼻がムズムズした俺は、鼻の穴と口を大きく開き、大きく息を吸い込み――、


「――ふぇっくしっ!」


 廊下に響き渡るような大きなくしゃみをして――その弾みで、思わずチャイムにかけていた指を押し込んでしまった。


「……あ」

 ピ~ン ポ~ン~♪


 俺の間の抜けた声と同時に、ドア越しに、軽快なチャイム音が鳴り響くのが聴こえた……。


「……押しちゃった」


 俺は、チャイムから離した指を呆然と見つめるが、時既に遅し。

 インターホンのスピーカーから、“ガチャリ”という音が聴こえ、俺は身体を硬直させた。


『――はーい! どちら様ですかー!』

「……へ?」


 スピーカーから聞こえてきたのは――意外にも、元気な男の子の声だった。

 混乱して、咄嗟に声が出せなかった俺に、スピーカーの向こうの声は、更に声を張り上げる。


『は――い! こちらスワでーす! 応答(おーとー)してくださ~い!』

『……おい、タイガ! あんまりふざけんなよ!』


 ……あれ?

 最初の声を窘める様に、もうひとつの声がスピーカーから聞こえた。最初の声と同じよう――というか、そっくりに聞こえる幼い声だった。

 二番目の声は、ややトーンを落として、ひそひそ話のように言葉を続けた。


『……もしかしたら、悪いヤツかもしれないだろ? 宅配便のおじさんのフリして、ドアを開けさせて強盗に入ってくるヤツとか――』

「――!」


 ……ひそひそ話のつもりなのだろうが、その声はスピーカー越しに、こちらに筒抜けである。――だが、その事をツッコむ暇は無さそうだ。押し込み強盗と疑われて、110番(通報)されてはかなわない。


「ちょ! ち、違う! 違うよ!」


 慌てて俺は、インターホンに口を近づけて叫んだ。


「あ! あの! 俺……諏訪先輩――香澄さんの部活の後輩です! あの……ちょ、ちょっと、先輩……香澄さんに用があって……来たんですけど!」

『……姉ちゃんの?』


 スピーカーからの声が、怪訝そうな響きを帯びた。


『姉ちゃんに用事って……こんな時間に、何ですか? もう、大晦日で、紅白が始まっちゃってる時間なのに?』

「あ……そ、そうだね……」


 ……そういえば、そうだった。本来なら、今頃はリビングのコタツでミカンを剥きながら、紅白歌バトルを見ているはずだったのだ。

 アニソンメドレー、もう終わっちゃったかなぁ……。


 ――って! そんな事を言ってる場合じゃなかった!


 俺は我に返って、再びインターホンのスピーカーに顔を近付けた。


「あ、あの! 俺、高坂晄って言います! 急いで君たちのお姉さんに伝えたい事がありまして……! お姉さん、居ませんかっ?」


 ……どうやら、インターホン越しに対応しているのは、諏訪先輩の弟たちの様だ。

 俺はこっそりと、心の中で胸を撫で下ろした。先輩の弟が相手なら、かかるプレッシャーは少なくて済む。

 インターホンの向こうでは、先輩の弟たちがブツブツと、何やら相談している。

 俺が、お姉さんの後輩だという事を知って、どう対応したらいいかを決めかねているようだ。

 ――と、急にひそひそ声が収まった。

 そして、


『『……今開けまーす!』』


 一拍置いて、弟二人が声を合わせて言った。

 俺は、突然の事に驚きつつも、ほっとして返事を返す。


「あ……はーい! お願いしまーす!」


 すると、ドアの向こうから足音が聞こえてくる。


「よし……」


 その足音を聞いた俺は、顔を緊張させて、背筋を伸ばした。いくら、年端もいかない男の子たちだと言っても、諏訪先輩の家族には違いない。そう思うと、やっぱり緊張する。

 くれぐれも、粗相しない様に気を付けないと……。


 ――ガチャリ


 扉のノブのあたりで、ロックを回す音が聴こえた。そして、微かに軋みながら、ゆっくりと鉄の扉が開く。

 そして――、半分ほど開いた扉の隙間から姿を見せたのは、


「……はい」


 スキンヘッドを眩しく光らせ、それとは裏腹に口周りには豊かな顎髭を蓄えた、筋骨隆々の中年男性だった――。

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