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太刀川サウスゲートホーム

 俺が住む大平市の西隣に、太刀川市という大きな市がある。

 その太刀川市の中で、地理的にも経済的にも中心地となっている太刀川駅は、複数の路線が乗り入れる巨大なターミナル駅だ。

 関東全駅の中でも、ベスト20に入る乗降客数を誇り、駅の構内は常に人でごった返している。改札に直結した駅ビルには、デパートや多くの有名テナントが入っており、一日中駅ビルの中に居ても、全ての店舗を回り切れないほどである。

 駅ビルに負けず劣らず、駅周辺も大いに栄えており、北口には大きな家電量販店や本屋や映画館、そしてデパートが存在感を誇示していた。

 もう一方の南口の方も、お洒落なカフェやバーやゲームセンターなどが所狭しと軒を連ねており、華やかで明るく、ウキウキするような印象を、降り立った者に与えている。


 ――が、そのメイン通りを越えて一本横道に入った途端、街は、それまでとは打って変わった閑静な住宅街へと、その様子を変えた。

 意外にも、所帯じみた一戸建てや、粗末な作りのアパートやマンションが、狭い道路の両脇にひっそりと立ち並んでいる光景が広がっている。

 何となく、太刀川市は大平市なんかより圧倒的に栄えているイメージがあったのだが、それは駅周辺だけの話だったようだ。

 この辺りの景色は、ぶっちゃけ俺が住んでいる町のそれと殆ど変わらなかった。


 そして――、諏訪先輩の住所として、地図アプリが指し示したその場所にも、周囲の風景に溶け込むように馴染んだ、古ぼけた3階建てのマンションが聳え立っていた。


「な……なんか、意外だな……」


 俺は、大晦日の喧騒でごった返す南口のメインストリートでさんざんもみくちゃにされてヘトヘトになった末に、漸く辿り着いた目的地を見上げながら、思わず呟いた。

 思わず、そんな呟きが漏れたのは、俺が諏訪先輩に対して、“ハイソな高級住宅街の一戸建てに住んでいそう”という勝手なイメージを、漠然と抱いていたからだ。

 そしてついさっき、『諏訪先輩が太刀川に住んでいる』という情報をシュウから得た時に、その印象は一層強いものとなったのだったが――どうやら、それは全て、俺の誤解でしかなかったようだ。


 夜闇の中、街灯に照らし出されたマンションの外壁は、元々白だったようだが、長い間雨風に晒されたせいか、全体的にくすんでいて、クリーム色に見えてしまう。

 エントランスのガラスの一部が割れていたり、壁面に取り付けられたポストにも錆が浮いていたりしている上、天井の蛍光灯は黒ずんでいて、時折苦しそうに瞬いていた。


「意外と……庶民的なところに住んでるんだな……先輩」


 俺は、思わずそう呟くが、さすがに失礼だと思い至って、慌てて首を横に振って、抱いた感想を頭の中から追い払った。

 そして、ふと気づいた。


「そういえば……今まで、諏訪先輩のプライベートに関する事って、聞いた事無かったな……」


 文芸部の部室で、初めて諏訪先輩と知り合ってからもう半年以上経つというのに、俺は今日まで、先輩がどの市に住んでいるのかすら知らなかったのだ。

 その事実に思い至り、俺は今更ながらに驚いた。

 ――それに比べて、一方の諏訪先輩は、俺の住所を把握済みで、3度も訪問済みの上、既に俺の家族全員と接触済みなのである。――そこはかとなく不平等感を感じなくもない……。


 ――って、


「……やべ。そんな事を考えて、呆けてる時間は無いんだった」


 俺は、手元のスマホに目を落としながら、独り言ちる。暗闇の中で浮かび上がった液晶画面には、“20:17”と表示されている。


「さすがに、夜の9時過ぎに家に行くのは、先輩の家族に迷惑だろ――」


 俺は、そこまで口に出して、ふとある事に気が付く。


 ――待てよ? じゃあ俺、これから諏訪先輩の家族とご対面することになるんじゃん……。


 俺の顔面から、サーっと音を立てて、血の気が引いていくのが分かった。


「ふえぇ……。ど……どうしよう……」


 今更、怖気づき出す俺。


 ――『諏訪先輩の家に行けば、その家族とも顔を合わせる』。


 ……当たり前と言えば当たり前の事なのだが、『Sラン勇者と幼子魔王』に、のべらぶ大賞エントリータグが付いていないという事実と、それを解消する方法について思考を集中させるあまり、俺はその可能性を爪の先ほども考えていなかったのだ。

 そして、“知り合いの家族とファーストコンタクトを果たす”という事は、エリート陰キャの俺にとっては文句無しの『難易度S級任務(ミッション)』なのである――。


「や……やっぱり、い……いくら何でも、大晦日の夜8時過ぎに家に行くって非常識だよね……」


 やにわに怖じ気づいた俺は、ぶつぶつと独り言を言いながら、じりじりと後ろに下がり始める。


「や……やっぱり、今日は遠慮して、このまま帰った方が……」


 そして、見事なヘタレムーブで、俺は“戦略的撤退”を図ろうとする――。

 が、


「い、いやいや! “今日は”って何だよ、俺!」


 ハッと我に返った俺は、慌てて叫び、首をブンブンと激しく横に振った。


「あ……明日なんてないんだよ! 今日いっぱいで、のべらぶ大賞のエントリーは締め切られるんだから! ――今日、今、ナウ! 先輩に伝えに行かなきゃならないんだってばよ!」


 俺は、そう叫んで己を鼓舞し、目の前のマンションのエントランスに歩を進め――ようとしたが、俺の両脚は、まるで丸太にでもなったかのように、びくとも動かなかった。


「えぇい、動け、脚! ……なぜ動かんッ?」


 スイカバーされる直前のシ〇ッコの様に、マンション前の道で、一心不乱に己の脚を叩き続ける俺。

 ……と、冷たい風に乗って、何やらひそひそと囁く声が耳に入った。


「……うわぁ、何だアレ……? 変質者?」

「ちょ、ヤバくね? 警察呼んだ方が良くね?」

「いや! 関わらない方が良いって! 無視しよ、無視……」

「……っ!」


 ひそひそ声に気付いた俺が、慌てて周囲を見回すと、10メートルくらい離れた電柱の(かげ)で、帰宅途中らしい小学生が5人、俺を横目でチラチラ見ながら、小声で相談しているのが見えた。

 そして――、


 ……やべっ!


 その内のひとりが、スマホを手にしているのを見た俺は、内心で大いに焦りつつ、背筋をピンと伸ばした。

 そして、


「い、い、いやぁ~、きょ、今日は一段と寒いなぁあ~。寒くて、脚がカチンコチンで動かないよ~。あはははは……」


 と、わざとらしい大声で叫びつつ、まるでロボットのようなギクシャクしながら、大股で歩き出す。

 そして、


「わぁ~、やっと家に着いたよ~。ただいまぁ~!」


 と、敢えて外に聞こえる様に大声で叫びながら、さも帰宅したように装って、サ〇エさんエンディングムーブよろしく、一目散にエントランスに飛び込んだのだった――。

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