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決戦は日曜日

 ――日曜日。

 遂にこの日が来た。何を隠そう、今日は人生初のデート……では、まだ(・・)ないけれど――女の子といっしょに出かけるという、俺にとっての超レアイベントの開催日なのだ……!

 前日は緊張のあまり、一睡も出来ずに朝を迎えたのだが、全く眠くない。むしろ、これ以上なく冴え渡っているのだ。頭脳の処理速度が上がっているせいか、いつもより時間の流れが遅い気すらしてくる。

 そんな状態で居てもたっても居られず、朝飯を胃に流し込むようにして食った俺は、いつもの日課である、日曜朝の特撮番組視聴――通称・ニチアサ――もうっちゃり、ハル姉ちゃんが男友達から借りてきた“勝負服”に着替えると、最寄りの駅まで自転車を飛ばした。

 そこから電車に乗って、三駅先の栗立駅へと向かう。

 そして、待ち合わせ場所である北口広場の時計台の前に立つと、俺は腕時計を覗いた。


「……十時十二分か。――やべ……早く来すぎた」


 待ち合わせの時間は十一時半だ。気負いすぎたあまり、一時間以上も早く着いてしまった。

 次に俺は、ポケットからスマホを取り出し、LANEを起ち上げる。ダメ元で“YUE♪”のトーク画面を開くが、その履歴は一昨日俺が送った、


『じゃあ、明後日の十一時半で、宜しくお願い致します』


 という、相変わらず敬語が抜けていない、堅苦しいメッセージで止まったままだ。

 ……さて、どうしよう。

 俺は顔を上げると、途方に暮れて周りを見回した。

 早瀬が待ち合わせ場所に来るまでの間、一時間以上も、バカみたいにここで突っ立っている訳にもいかないよなあ……。

 ――と、その時、


 “ピロリン♪”


 突然、LANEの通知音が、俺の掌の中で鳴った。


「わ、わわっ! オオオオわあアッ!」


 俺はビックリして、思わずスマホを落としかけ、慌てて手を泳がせて、何とか空中でキャッチする。


「ふう……ヤベーヤベー……って、うん?」


 ホッと胸を撫で下ろした俺だが、不意に奇妙な視線を感じて、顔を上げた。

 顔を引き攣らせながら周囲を見回すと、北口広場に居合わせた全ての人の視線が、俺に向けられていた。


「……ご、ゴホゴホゴホゴホッ!」


 色んなところから妙な汗が噴き出すのを知覚した俺は、咄嗟に口に拳を当て、誤魔化すように大袈裟な咳をしてみせる。……いや、誤魔化せる訳無い事は分かってるよ! ……でも、そうしないと耐えられなかった――俺の羞恥心が。


「……」

「……!」

「……」


 ――俺の迫真の演技が功を奏したのか、俺に注目していた人々が、気まずそうな顔をしつつ、一斉に目を逸らすのを見て、俺は内心で胸を撫で下ろした。

 そして、気を落ち着かせた俺は、震える指で、スマホの液晶画面をタッチする。

 確かに、『新着メッセージがあります』というLANEの新着通知が来ている事を確認し、俺の心拍数は跳ね上がる。

 そして、緊張と興奮で血走らせた俺の目に飛び込んできたのは、


 “はるはる”


 という見慣れたアイコンと、


『デートがんばってね~♪ お姉ちゃんはひーちゃんを応援してます! ファイトッ!』


 というメッセージと、力こぶを作るゆるキャラのスタンプだった……。


「……紛らわしい事してるんじゃねえエエ!」


 ――気が付いたら、俺は力の限りに叫んでいた。

 ……再び、広場の中央で、視線の十字砲火を浴びる俺。


「…………」


 喧騒に包まれていたはずの広場が、耳が痛くなるほどの静寂に包まれる……。


「……ゴホ! ゴホゴホゴホゴホッ!」


 そして、さすがに居たたまれなくなった俺は、激しく咳き込むフリをしつつ、脱兎の如き勢いで、その場から遁走するのだった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 早瀬との待ち合わせ場所である北口広場から“戦略的撤退”を図った俺は、駅前の本屋で、待ち合わせの十五分前まで時間を潰す事に成功した。

 ――そろそろ、早瀬が早めに来てもおかしくない時間帯だ。

 俺は、立ち読みしつつも全く内容が頭に入らなかった雑誌を棚に戻すと、急いで北口広場へと向かう。

 時計台まで戻るも、その周りにはまだ早瀬らしき姿は見えない。

 俺はホッとしつつも、どこかガッカリするという矛盾した感情の持って行き場に困り、さっきから高鳴るばかりの心臓を少しでも鎮めようと、大きく反り返って深呼吸をした。

 ……うん。スッキリしてきた。

 深呼吸で酸素を沢山取り込んだ為か、さっきまで気にするどころではなかった周囲の状況を、俺の五感が一気に知覚する。

 ――すると、


「……クスクス」

「……ふふ……何、あの人――」

「何あれぇ……コスプレの人?」

「……え? パンクロッカーか何かじゃなくて……?」


 周囲の人たちが、誰かの事を指さして、コソコソと陰口を叩き、笑っているのが耳に入った。


「……スゲエ格好してるなぁ。今時、鋲打ちの革ジャンとか……」

「――上着だけじゃないよ。何あの腰の鎖! 囚人みたいでウケる~」

「あのブーツやべえ! どこで売ってんだ、あんなベルトだらけのやつ……」


 ……散々な言われようである。

 でも、奇妙な事に、辺りを見回しても、そんな格好をした変な奴はどこにもいない。

 ……一体みんなは、どいつの事を噂してるんだ? と、首を傾げつつ、俺は後ろを振り返ってみる。その度に、ジャケットの鋲や、腰のベルトにくっついた太いチェーンが、ジャラジャラと耳障りな音を立てる。

 俺は、思わず舌打ちした。


「……ったく、うるさいなあ。ハル姉ちゃんも、何だってこんなゴテゴテとくっつけた服を借りてく……」


 ……待てよ?

 俺は、眉を顰めて、さっき耳に入ってきた周囲の声を思い返す。


『……今時、鋲打ちの革ジャンとか……』

『……何あの腰の鎖……』

『……あんなベルトだらけのやつ……』


 ……まさか。

 俺は、顔面からサーッと血の気が引くのを感じつつ、ゆっくりと視線を下へ向ける。

 ――先ず目に入ったのは、某世紀末救世主のそれのように、至る所に鋲が打たれた革ジャン。

 次いで、腰のベルトから垂れ下がったぶっといチェーン。

 ……そして、脛の部分にベルトが四本くっついた膝下まで覆うロングブーツ――。


 …………俺じゃん!


 人々に噂されている“変な人”が、他ならぬ自分自身だと悟った瞬間、俺の顔面は火を噴いた。


「あ……あう……ううううう……ッ!」


 俺は、目を白黒させながら、キョロキョロと忙しなく首を振った。俺の首が向いた瞬間、人々は光の速さで目を逸らし、そそくさと俺から離れていく。

 ……これって、もしかしなくても不審者扱いされてる?

 その事実に、更にテンパった俺は、一層挙動不審さを増し――更に人々が俺の周囲から距離を取り――更に混乱した俺は――。


「――あ、高坂くん! 待たせてごめん。おまたせ~」

「――へ?」


 ――その時、悶絶する俺の背後から、聞き覚えのある声がかけられた。

挿絵(By みてみん)

【イラスト・よすぃ様】

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