PHONEキー・問うキー・クレイジー
……と、いつまでもガックリ来ている訳にもいかない。
そう、気を取り直した俺は、壁の時計に目を向けた。
「……3時40分――」
今年も、あと8時間ちょい――つまり、“第8回ノベルライブラリ大賞”のエントリー締切まで、あと8時間20分……!
「やべえ……、こうしちゃいられない!」
俺はそう呟くと、パソコンの脇に置いてあったスマホを手に取った。
電源ボタンを押し、明るくなったホーム画面の下部の受話器のアイコンをタッチした。
通話アプリが起動するや、数少ない着信履歴の一番上に載った名前をタッチし、電話を掛ける。
「……頼むぜ。お前だけが頼りなんだよ……」
耳に当てたスマホから聞こえる発信音を聞きながら、祈る様な思いで、相手が電話に出るのを待つ。
――5回目のコール音が途中で途切れ、聞き慣れた声が受話器から聞こえてきた。
『よお、ヒカル。どうした? お前から電話かけてくるなんて、珍し――』
「お、おい、シュウ! お前さ、諏訪先輩の連絡先って知ってる?」
電話に出たシュウの言葉を途中で遮って、俺は一方的に問いかけた。
「――お前、そっちに帰省する前、諏訪先輩に勉強を教えてもらってたんだろ? その時に、先輩の家電の番号とか聞いてたりとかしない?」
『……何だよ、いきなり。挨拶も無しに……』
「……あ」
あからさまに不機嫌そうな響きが籠もったシュウの声を聞いて、俺はハッとした。確かに、前置きすっ飛ばして、いきなり本題に入り過ぎた……。
これでは、いくらシュウでも、さすがに気を悪くする。
「ご……ごめん。いきなり過ぎた。――え、えっと、元気か、シュウ?」
『……まあな』
低いトーンの声から、スマホの向こうで仏頂面を浮かべているシュウの顔が、ありありと目に浮かぶ……。
「そ、そっちは、雪とか降ってんのか? 家が埋まるくらいの……」
『――いや、降ってねえよ。いっくら北だって言っても、ここはまだ関東地方だぜ……ギリギリ』
「あ……そっか」
『……ぷっ』
電話口の向こうで、シュウが噴き出した音が聴こえた。
『もういいよ。妙な気を遣わなくても。――で、何だって? 諏訪センパイの連絡先がどうのこうのって?』
……良かった。どうやら、シュウの機嫌は戻ったらしい。
俺は、ホッと安堵の息を漏らしつつ、シュウに促されるまま、もう一度本題を口にする。
「そ、そう! 諏訪先輩の連絡先知らないかな? ――お前、冬休みに入ってから、先輩から勉強を習ってたんだろ? 一昨日まで――」
『……あ、ああ……まあ……うん……』
俺がその問いを口にした瞬間、シュウの言葉の歯切れが、何故か明らかに悪くなった。
シュウの態度の変化に気付いて、俺は首を傾げながら訊く。
「ん……? どうした? 何だかリアクションがおかしいけど……。ひょ、ひょっとして、何かあったの?」
『あ……いや……、そういう事じゃないんだけど……』
「……?」
『……センパイ、教え方がなかなか厳しくてさ……。正直、あんまり思い出したくない……』
「あ……お、おお……悪ぃ……」
電話越しにも意気消沈しているのがハッキリと分かる、シュウの声のトーンに、俺までいたたまれなくなって、思わず謝ってしまった。
というか、あのシュウが、ここまでヘコまされるとは……。一体、諏訪先輩は、どんな勉強の教え方をしたんだろう……?
と、電話口の向こうで、気を取り直すような咳払いをしたシュウが、申し訳なさそうな声を出す。
『……でも、悪い、ヒカル……。オレも、センパイの連絡先は、特に聞いてはいないわ。勉強を教えてもらったのも、文芸部の部室でだったし』
「あ……そうか……」
それなら確かに、諏訪先輩が連絡先をシュウに教える必要は無いな……。
シュウの答えに、俺は内心ガッカリしつつも、どこかで予想していた答えではあったからだ。
『……つうか、何でセンパイの連絡先なんて……? って、あ――』
シュウが、問いかけの途中でハッと息を呑む気配がした。
『お前……もしかして、センパイに――』
「あぁ……いや、大した事じゃな……くもないけど……」
シュウの問いに、俺は煮え切らない言葉を漏らす。
「……ほら、シュウも知ってるだろ? 諏訪先輩が、ウェブ小説サイトで作品を連載してる事」
『あ……あぁ。確か……蒸し焼きトラとか、何とか……』
「……何だよ、そのワイルド極まる料理の名前は……。“星鳴ソラ”だよ、ほ・し・な・き・ソ・ラ!」
『そう、それな』
「……ホントは分かってて、わざと間違えてねえか、お前……」
シュウのアクロバティック過ぎる言い間違いに、言い知れぬ疑いを仄かに抱きつつも、俺はその疑惑を取り敢えず横に置いて、本題を進める。
「――で。今日締切の『のべらぶ大賞』に、星鳴ソラの作品をエントリーさせるって話だったんだけど……。先輩、まだエントリーさせてないんだよ。もし忘れちゃってるんだったらマズいから、何とか先輩に連絡つけて、その事を教えたいんだけど……連絡先が分からなくて――」
『……つうかお前、部活の後輩だっていうのに、まだセンパイの連絡先も知らなかったのかよ?』
「う……」
言われてみれば、確かにその通りである……。でも――、
「しょ、しょうがねえだろ? 諏訪先輩、自分のプライベートの事は、全然明かしてくれないんだもん。つうか、知る云々以前に、元々スマホも持ってないしさ、あの人……。いきなり家電訊くのはちょっと……」
『マジかよ。スマホ持ってねえのか、あの人? このご時世に……』
シュウも、その事実に驚きを隠せないようだ。
『ふ~ん……。なるほど、そういう理由か。……ちぇっ』
「……おい、何で今舌打ちしたし」
『あ、いや……』
何故かシュウが、電話の向こうでたじろいだような気配を感じたが、俺がそれを尋ねる前に、シュウが言葉を重ねてきた。
『――まあ、センパイの連絡先を知ってそうなアテは、無いでもないぜ』
「え――マジか?」
シュウの言葉に、俺は思わず声を上ずらせる。
そんな俺に、シュウは
『ちょっと待ってろ。ちょっと、あちこち訊いてみてやるからさ』
と、事も無げに言ってのけるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
それから二時間後――。
俺のスマホが、LANEメッセージの到着を告げた。
「お! キターッ!」
俺は、寝転がっていたベッドから跳ね起きると、素早く枕元に置いたスマホを手に取った。
『新着メッセージがあります』と表示されたポップアップをタッチして、LANEアプリが立ち上がるのを待つ。
――予想通り、メッセージは、“しゅう”からのものだった。
すかさず“しゅう”のアイコンをタッチする。トーク画面が開く僅かな間が、とても長く感じる――。
そして、ようやく開いたトーク画面に、シュウからのメッセージが表示された。
『報酬は、メガミックセット一週間分でヨロ!』
というメッセージの後に、『太刀川市西紀町――』から始める住所と、ご丁寧に地図の画像ファイルまで添付されていた。
「お……おお――!」
シュウの見事な手並みを目の当たりにした俺は、スマホを大きく掲げ、思わず歓声を上げる。――と、同時に、手に持ったスマホがぶるぶると鳴動し始める。
「お? おおぉ――?」
俺は慌てて手を下げると、着信しているスマホの受話器マークをタップし、耳に当てた。
「も――もしもし?」
『おー、ヒカル。届いたか、LANE?』
スマホから、シュウの自慢げな声が響いてきた。
俺は、スマホを耳に当てたまま、ウンウンと大きく頷きながら答える。
「う、うん! 届いた! ……これが、諏訪先輩の――」
『そ。センパイん家の住所、らしい。結局、連絡先までは分からなかったけど、諏訪センパイと同じクラスの野球部の先輩がクラス委員やっててさ。そっから住所をゲットしたぜ! ――ッつ―事で、ご褒美は、ミックのメガミック――』
「オッケーオッケー! メガミックセットにナゲットも付ける!」
俺はシュウの言葉を遮って、弾んだ声で、スマホに向かって叫んだ。
「サンキュー、シュウ! お前が、“星鳴ソラ”の救世主だ!」
今回のサブタイトルは、BOØWYのファーストシングル『ホンキー・トンキー・クレイジー』からです。
……ネタが強引過ぎる? 言われなくても分かってますよ、そんな事ォ! 他に思い浮かばなかったんですよぉ……(泣)。