夢と野望のタグ
『第8回ノベルライブラリ小説大賞』――。
ウェブ小説サイト最大のコンテストとして名高いこの賞は、『ノベルライブラリで掲載されている、文字数10万字以上の一次創作小説』が応募条件となっている。
賞には毎回数千作品がエントリーし、数を経るごとに、その作品数は着実に増えていった。
前回は実に九千作品を超えており、8回目となる今回では、五ケタの大台を突破する事は確実だと言われている――。
この賞を受賞し、書籍化を果たした作品は少なくない。
実写化もされた『異世界喫茶店・ノワール』や、アニメ化を果たした『伝説魔神・リジェネイト』『転生したら、楯になってた件』、来月から有名マンガ雑誌でのコミカライズが決まっている『ユーカリアース戦記』などなど……。
言うまでもなく、書籍化は、多くのウェブ小説家の夢である。
受賞を果たせば、高確率で書籍化まで漕ぎつける事が可能なこの賞は、とても魅力のある小説賞なのだ。
だが、それだけに、競争率は熾烈を極める……。
賞の応募方法は簡単で、作品に『第8回ノベルライブラリ小説大賞』というタグを付けるだけ。
その手軽さが、応募数増加の大きな要因の一つとなっている。
のべらぶで、ウェブ小説家“星鳴ソラ”として活躍している諏訪先輩も、今回の『第8回ノベルライブラリ小説大賞』に参加する予定だった。
しかも、完結した状態で作品をノミネートさせたいというのが、先輩の強い希望だった。
だからこそ、連載が中断していた作品の一つ『Sラン勇者と幼子魔王』の執筆を急ぎ、シュウの勉強と同時進行で、殆ど徹夜に近い様な事を行ってまで、作品を完結させたのだ。
なのに――、
「え……? ホント何で、タグ付けてないんだよ、あの人……?」
12月31日――即ち、『第8回ノベルライブラリ小説大賞』の応募締切日になっても、未だ『Sラン勇者と幼子魔王』には応募の必須条件であるタグが付けられていない……。
俺は慌てて、壁にかかった時計を見た。
――時計の短針は、文字盤の1と2の真ん中を指している。
「1時半か……」
だったら、締切までは、まだ10時間半ある。
……どうして諏訪先輩が、まだ作品にタグを付けていないのかは分からない。
付ける事を忘れているのか、付けたつもりになっているのか、
それとも――わざと付けていないのか……。
「……って、まさかな」
俺は、最後の可能性を思い浮かべた瞬間、すぐに否定した。
諏訪先輩自身が、あれだけ意欲的だった“のべぷら大賞”の参加を諦める……或いは取り止めるというのは考えづらい――というか、考えたくない。
――で、あれば、
「やっぱり、気付いてないのかな……?」
そう、俺は呟くと、軽く唇を噛んだ。
「――だったら、こうしちゃいられない。早く先輩に伝えないと……」
そう思い立った俺は、机の脇に置いてあったスマホを手に取り、LANEを起ち上げた。
そして、諏訪先輩にメッセージを送――ろうとして、とんでもない事に気が付いた。
「――って、諏訪先輩……」
液晶画面に表示された、LANEの『友達リスト』の表示を眺めながら、俺は呆然とする。
「あの人……LANEどころか、スマホも持ってないんだった……」
……そう。
諏訪先輩は、今時の高校生のほとんどが持っているスマホやケータイを全く所持していない希少種だったのだ。
当然、スマホアプリであるLANEにも登録していない……。つまり、LANEやケータイメールでの連絡は全く不可能だという事だ。
――“のべらぶ”のアカウントを持っている事から、PCメールのアドレスはあるのだろうが、そのアドレスを俺は知らない……。
その事に気付いた俺は、途方に暮れるしかなかった。
「……どうするよ、コレ。このままじゃ……」
俺は、茫然としたまま、目の前のPC画面に映された“のべらぶ”のトップページ画面を眺める。
「……ん?」
……と、ページの右上のメニューの一行に目が留まった。
『ホーム』ボタンの下に配置されているのは――『メッセージボックス』!
「こ……これだぁっ!」
俺は歓喜の声を上げると、すぐに『メッセージボックス』ボタンをクリックする。
すぐにページが切り替わり、メールソフトのページのような画面が表示された。
「……つうか、久しぶりに開くな、このページ……」
俺は、思わず苦笑いを浮かべると、ページの上の方にある『メール作成』ボタンを押した。
今度は、メールソフトにそっくりな、文字入力の画面が表示される。
「……よし」
俺は小さく頷くと、キーボードの上に指を置き、たどたどしく走らせ始めた。
――『メッセージボックス』とは、のべらぶ内で他の作者と交流できるツールである。分かりやすく言うと、のべらぶの中限定で行きかうメールのようなものだ。
諏訪先輩――星鳴ソラも、のべらぶにアカウントを持っている以上、俺のそれと同じく、彼女専用のメッセージボックスを持っている。
ならば、メッセージボックスで、俺が“星鳴ソラ”宛にメッセージを送れば、確実に諏訪先輩の元に届ける事ができるという訳だ。
そして――、
「……これで良し――かな?」
たっぷり10分以上も時間をかけて、ようやく先輩に送るメッセージを書き上げた俺は、小さく息を吐いた。
そして、最後にもう一度、メッセージの文面を確認する――。
『前略
お疲れ様です、高坂です。
『Sラン勇者と幼子魔王』ですが、まだのべらぶ大賞エントリーのタグが付いてません。
このままでは、のべらぶ大賞への応募ができませんので、早急にご確認の上、速やかにタグ付けをして頂きます様、宜しくお願いいたします。』
「……ま、まあ、こんなもんかな……?」
ハル姉ちゃんあたりに見せたら、この前みたいに『業務メールじゃん!』とツッコまれるような気がしないでもないが、正直、これ以上は文面を捏ね繰り回す時間がもったいない。
俺は、疑問を抱く心の中の自分自身を無理矢理ねじ伏せると、マウスカーソルを『送信』ボタンに重ねると、右手の人差し指に力を入れた。
「……ポチッとな!」
カチリと、小気味よいマウスのクリック音が鳴ると同時に、矢印の形だったマウスカーソルが瞬いた。
そしてすぐに、画面が切り替わり、『星鳴ソラさんにメッセージを送信しました』という一文が表示される。
「……よし」
俺は小さく頷くと、椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げた。
――これで、諏訪先輩の元にメッセージが届くはずだ。
あとは、先輩が内容を読んで、タグが付いてない事に気が付いてくれれば……。
俺は、祈るような気持ちで、パソコンの液晶画面を見つめるのだった――。
――それから、二時間が経過し、
「……」
俺は、ガックリと肩を落として、明るく光る液晶画面の前で項垂れていた。
「……タグどころか、既読も付かね――しッ!」
…………あれ、デジャブ?
今回のサブタイトルの元ネタは、サザンオールスターズの『KILLER STREET』収録の一曲『夢と魔法の国』からです。
お察しのように、某県にありながら『東京』を騙る某鼠王国と、そこに詰めかける人々の事を、ちょっぴり皮肉げに歌った曲です(笑)。
是非一度聴いてみて下さい!