すべてがイブになる
結局、清水の舞台から飛び降りる覚悟で俺が送った(文面はハル姉ちゃんプロデュース)LANEメッセージは、その翌日になっても未読のままだった。
その間、俺は片時もスマホを手元から離さず、いつ何時早瀬からの返信が届いても即時即応できるように備えていたのだが、それは全くの徒労に終わったのだった。
そして、まんじりともできないままに迎えた、翌々日の朝。
身を起こしてすぐ、スマホの電源ボタンを押して、LANEの新着通知を確認した俺だったが――、
「――来てないか……」
福音を報せるポップアップが無い事を確認し、俺はガックリと肩を落とすと、大きな溜息を吐いた。
と同時に、何だかもうどうでも良くなった。
俺は、手にしたスマホを乱暴に枕の横に放り投げ、その次に自分の身体をベッドに投げ出した。
「……ふぅ~」
俺は、もう一度大きな溜息を吐くと、固く目を閉じ、二度寝と洒落こむ事にする。
……もういいや。どうせ、新学期になったら、学校で早瀬と話をするチャンスはあるだろう。その時に、どうやって本を返すか決めればいい――。
俺は、真っ暗な瞼の裏を睨みつけながら、そう考えた。
もういい、もう疲れた……。
もう、彼女の事で心をざわつかせるのは止めよう。――どうせ、もうフラれた身なんだし……。
俺は、心の中で、そう自分に言い聞かせながら、急速に深い眠りへと落ちていく。
――早く、この心の痛みを忘れられるように。
……
……
…………だが、
この時の俺は、まだ気づいていなかった。
俺にはまだ、他に片付けなければならない問題があるという事に――。
◆ ◆ ◆ ◆
――12月31日。
即ち、一年の最後の日――大晦日である。
心なしか、家の中も、窓の外も、テレビ画面の向こうも、どこかウキウキしているような雰囲気が感じられた。
だからといって、俺の行動には特段の変化はない。
別に、大晦日だからといって、出かける用事がある訳でもない。大晦日だろうが何だろうが、俺にとってはいつもの休日と同じでしかない。
朝起きて朝飯を食い、自室のベッドに寝転がって、ゲームしたりマンガしたりして時間を費やし、母さんに呼ばれてリビングで昼飯を食った。
……素朴な疑問なのだが、どうせ夜は年越しそばだと確定しているのに、何故に母さんは昼食のメニューとして、敢えて焼きそばを選んだのだろうか?
これでは、そばの連投である。普通、夕食で麺類が出るのであれば、昼食はご飯ものにするのが定石ではないのだろうか?
監督は、一体どのような意図で、このような歪な起用を決めたのか?
――と、俺は訊こうとしたのだが……。
満面の笑みを浮かべながら、「なぁに、ヒカル?」と首を傾げてみせた母さんの背中から、オーガも斯くやという、背筋も凍るような殺気がユラリユラリと立ち上っているのを見て、俺は慌てて口のチャックを閉め、「ごちそうさま」と言い残すと、クルリと回れ右をして、リビングから速やかに退避した。
“君子危うきに近寄らず”
――古の格言は、決して軽んじてはならぬ。
死んだひいじいちゃんが、そう言ってたような気がする……知らんけど。
……話が逸れた。
とにかく、昼食を平らげた俺は、部屋に戻って、さっきの読みさしのマンガの続きを読もうとして――、
「あ、そうだ……」
机の上に乗ったノートパソコンが視界に入り、唐突に、ある事を思い出した。
「そういえば……今日で、のべらぶコンのエントリー受付が終了するな……」
小説投稿サイト“ノベルライブラリ”略して“のべらぶ”で開催される、ウェブ小説界最大のコンテストが、“ノベルライブラリ小説大賞”――通称“のべらぶコン”だ。
その応募締切日が、12月31日――つまり今日なのである。
……と言っても、俺自身は、特にのべらぶコンに参加はしていない。まあ、参加したくとも、『10万字以上の長編作品』という、応募要件を満たした作品の持ち合わせも無いし、仮に参加したところで、一次選考すら突破できる気が全くしない訳なのだが。
のべらぶコンと関係があるのは、俺なんかではなく――、
「……ちゃんとエントリーしてるのかな、諏訪先輩?」
そう、のべらぶコンへの参加を決めていたのは、星鳴ソラこと諏訪先輩の作品『Sラン勇者と幼子魔王』だった。
諏訪先輩とは、あの日――クリスマスイブの日に、北武園ゆうえんち駅の改札で解散して以来、会ってもいないし、連絡も取っていなかった。
解散の際も、俺が、観覧車のゴンドラで早瀬にフラれて抜け殻状態だった為に、まともな会話も交わさずじまいだった。
そして、何もかもが億劫になっていた俺は、クリスマスイブ以来、星鳴ソラの作品の閲覧・更新確認はおろか、のべらぶにアクセスする事自体からもめっきり遠ざかっていたのだ。
俺は、ふと気になり、ベッドに向かおうとしていた足を、机の方へと向けた。
久しぶりにノートパソコンを開けると、電源ボタンを押し、起動する。
少し型が古い俺のパソコンは、たっぷりと10分ほども時間をかけた後、ようやくスタート画面を表示した。
「……さて、と」
俺は、椅子に座ると、マウスを操作して、のべらぶのホーム画面を表示させる。
そして、『ブックマーク一覧』のページを開き、その中から『Sラン勇者と幼子魔王』のタイトルをクリックする。
マウスカーソルの矢印が、一瞬回転する丸に変わったのもつかの間、すぐに『Sラン勇者』の目次ページが開いた。
俺は、『小説情報』タブをクリックし、そこに列記されているタブの一覧に目を通す。
――と、俺は眉を顰める。
今、目を通したタブ一覧に、引っ掛かる点がある事に――いや、あるべきものが無い事に気が付いたからだ。
「……あ、れ?」
思わず首を傾げた俺は、てっきり見落としたのかと思って、もう一度タグを慎重に見直してみる。
……が、何度見直しても、目当てのタグは見つからない。――見落としではなかったのだ。
「マジすか……何で無いの、タグ……?」
そう。
『Sラン勇者と幼子魔王』には、のべらぶコンエントリーの必須条件である、『第8回ノベルライブラリ小説大賞』のタグが、未だに登録されていなかったのだ……。