MAILシュトローム作戦
俺は、決断を迫る三人の圧に根負けし、遂に、早瀬に連絡を取る事に同意した――させられた。
連絡方法を、電話かLANEかのどちらかにするよう、ハル姉ちゃんに言われた俺は、迷わずLANEでの連絡を選ぶ。
――即時的かつ臨機応変な対応を求められる電話より、文字を打つ間に考えをまとめられるLANEでの連絡の方がましだと判断した為だ。
俺は、LANEを起動させたスマホを握り――、
「じゃ……じゃあ、ちょっと文面考えるんで、ちょっと部屋の外に出てくれないかな、みんな」
くるりと振り向いて、まるでヒーローショーの開演を待つちみっこのように、期待で目をキラキラと輝かせているハル姉ちゃんと羽海とシュウに向かって言った。
と、その途端、
「え~っ、いいじゃん!別に減るもんでもないしぃ~」
「何それ。鶴の恩返しじゃあるまいし。ジワる」
「まあ、そう言うなよ。オレも一緒に考えてやるからさ」
と、口々に勝手な事を喚きたてる三人の背中を、無理やり押して部屋から追い出した俺は、ドアに背を預けると、大きく溜息を吐いた。
「……」
そして、重苦しい気分で、青く光るスマホの液晶画面に目を落とす。
LANEのヘッダー部分に表示されている“YUE♪”という文字が目に入った瞬間、俺の胸は締め付けられるように痛んだ。
『……ごめんなさい……』
――あの時、観覧車のゴンドラの中で、彼女の口から紡がれた声が、頭の中で反響する。
「……ぅっ」
俺は、割れんばかりに強く奥歯をかみしめる事で、思わず零れそうになる嗚咽を、ギリギリのところで押し殺した。
……ダメだな。やっぱり、ひとりになると……まだ、辛い。
「……ふぅ」
俺は、気を落ち着かせる為にゆっくりと息を吐くと、スマホをしっかりと持ち直す。
そして、ゆっくりと文字を入力し始めた――。
◆ ◆ ◆ ◆
「……ダメよ、ダメダメ」
15分後、俺が練りに練った自信作のLANEメッセージの下書きを読んだハル姉ちゃんの口から漏れた言葉は、実に簡潔にして分かりやすいダメ出しだった。
「えぇ……? だ、ダメなのかいぃ?」
「……何で、マス〇さん口調なのよ……。というか、なぜこれでイケると思ったし」
「お姉ちゃん! アタシにも見せてっ!」
呆れ果てたという表情で、俺の顔をジト目で見るハル姉ちゃんの手から、ひょいっと俺のスマホを摘まみ上げた羽海は、素早く液晶画面に目を走らせ――まるで梅干しを噛み潰したような顔になった。
「何コレ? 意味わかんないんだけど」
「……やめて。そんな、道路に落ちた軍手を見るような目で、実の兄を見るのは止めて……」
「フン! 軍手だったら、もうちょっとマシな目で見てやるわよ!」
「……羽海ちゃん、オレにも読ませて」
今度は、シュウがスマホを受け取って、俺の入力した名文に目を通す。
――そして、愕然とした顔で言った。
「……悪ぃ。何を伝えようとしてるのは分かるんだけど、さすがにコレは無いわ……」
「……」
シュウの言葉に、俺は思わず絶句する。
……何故だ。ネットで推敲しつつ練り上げた、一分の隙も無い、紳士的な文面のはずなのに……!
「……」
俺は憮然としながら、シュウから手渡されたスマホの画面に目を落とし、下書きをスクロールして見返してみた。
それは、こういう文面である――。
――――――――――
“ご無沙汰しております。
年の瀬も押し迫り、一層寒い日が続いておりますが いかがお過ごしでしょうか。
さて、早速ではございますが、本題に移らさせて頂きます。
先日、早瀬様よりお借りした書籍をお返ししそびれたままな事に気が付きました。
いつまでもお借りしたままではあまりに心苦しく、なるべく早くご返却させて頂ければと思い、拙い筆を執らせて頂いた次第でございます。
つきましては、ご都合のよろしい日取りと、ご指定の場所をお伝え頂いても宜しいでしょうか。早瀬様のご指示に従い、速やかにご返却させて頂ければと思います。
または、郵送でのご返却をご希望でございましたら、そちらでも承っておりますので、遠慮なくお申し付けくださいませ。
なにとぞご検討の上、ご返信頂ければと存じます。
宜しくお願いいたします。
追伸 風邪などをお召しになりませんよう、くれぐれもお体を御労り下さいませ。”
――――――――――
「……長い! 硬い! まだるっこしい!」
ハル姉ちゃんは、眉間に深い皺を刻みながら、まるでラッパーのライムの様に、リズミカルに言い捨てる。
「何この古めかしい文章! これじゃ、LANEメッセージじゃなくて、昭和の頃の何トカ見舞いか、時代劇の果たし状みたいじゃん!」
「いやあ、そこまではさすがに言い過ぎじゃないか? せいぜい、『海外の通販サイトで物を買った時に送られてくる、日本語がヘタクソで怪しいお礼メール』って感じだろ、コレは」
「……いや、三人とも、十二分に言い過ぎだよねッ!」
言いたい放題の三人に向かって、思わず声を荒げる俺。
「な――何だよ、三人して! せっかく、人がネットとか色々見ながら、苦労して15分もかけて打ったメッセージなのに、そんなボロクソに言うなんてさぁ!」
「「「いや、実際ボロクソだから」」」
「ハモるなぁぁっ!」
息の合った三人の言葉に、思わず泣きそうになりながら、俺は叫んだ。
「何だよぉ……。じゃあ、どうしろって言うんだよ……」
「いや……だから、こんなカチカチな文章じゃなくて、普通に打てって……」
「……フツウッテナンダヨ?」
「……」
俺のカタコトな返答に、思わず絶句するシュウ。
と、その時、
「――もう、まだるっこしいなぁ! 貸せ、愚兄!」
「あ――!」
シュウの横からすっと手を伸ばして、俺の手にあったスマホを掠め取ったのは羽海だった。
「こ、こら! 羽海! 返せっ!」
俺は慌てて取り返そうとするが、その手は容易く躱され、虚しく宙を掻く。
涼しい顔の羽海は、キーパッドの×ボタンに指を伸ばし、それを見た俺は、声を上ずらせた。
「あ――止めろ! それ打つのに、どんだけ頭使ったと思ってんだ! 消すな――」
「フン! いくら時間かけたものだろうが、こんな駄文を送られたら、結絵さんもメーワクだよ! はいっ、ポチッとな♪」
「あ――ッ!」
15分もかけた傑作を、ワンプッシュであっけなく消された俺は、思わずその場にくずおれる。
ガックリする俺には一向に構わず、羽海はスッスッと、液晶画面に指を滑らせる。
そして、にんまりすると、俺にスマホの画面を自慢げに見せる。
「――ほら! メッセージなんて、このくらいシンプルでいいんだよ!」
「……いや! ダメだろ! 何だよ、『借りたモン返すから、ウチまで取りに来い!』って! どんだけ偉そうな上から視線の文章ッ?」
「いや、ナメられちゃ終わりかなって……。まあ、もう終わってんのかもしんないけどさ――」
「そ……そういう事言うなよぉッ」
「いやいや、さすがにそれじゃマズいよ、羽海ちゃん」
と、今度はシュウが俺のスマホを取り上げた。
そして、羽海が打ち込んだ酷いメッセージを消去すると、何やら入力しようと指を動かそうとするのを見て、俺は慌てて叫んだ。
「ちょ、ちょい待て! シュウ、お前、どんな風に書こうとしてるんだ?」
「え? ああ、それは……」
俺の問いかけに、シュウは少しだけ考え込んでから、自信ありげな表情で口を開く。
「そうだな……。最初は、『オッス! オラヒカル! 元気だったか~……」
「何でドラゴン〇ールの予告風ッ?」
出だしだけでダメさ加減がマシマシなシュウの言葉を途中で遮って、俺は叫んだ。
「――ハル姉ちゃん! もう、アンタに任せたっ!」
「……え? 私?」
俺に名指しされた事が意外だったのか、ハル姉ちゃんは目を丸くして自分に向けて指をさした。
頷く俺。
「そう! もう、ハル姉ちゃんしかいないんだ! この中じゃ、一番メッセージに慣れてそうだから、ここはひとつオナシャス!」
「……いいの? よーし!」
ボール紙くらいには厚い、俺の信頼を受けて、ハル姉ちゃんは顔を綻ばせた。
ポンと自分の胸を拳で叩くと、エヘンとでも言いそうなほどに胸を張ってみせる。
「ひーちゃん! ここはひとつ、頼りになるお姉ちゃんにまっかせなさい!」
「……あ、念の為に言っとくけど、キラキラ文字とか、派手な絵文字はダメだかんな」
「……ちぇっ」
「おい……何で今舌打ちした?」
俺は、あからさまにテンションが下がったハル姉ちゃんの顔を見て、“念の為に言っておいて良かった……”と、秘かに胸を撫で下ろしたのだった。
……
…………
……………………そして、ハル姉ちゃんが考え、俺が検閲したメッセージを、さんざん躊躇った挙句、ようやく震える指で送信してから一時間後――。
「……」
「……」
「……」
「……」
俺たち四人は、ローテーブルの真ん中に置いたスマホを囲むように座ったまま、ガックリと肩を落として項垂れていた。
「「「「……返事どころか、既読も付かね――しッ!」」」」
今回のサブタイトルの元ネタは、『機動戦士Zガンダム』の最終盤の作戦・メイルシュトローム作戦です(笑)。