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女の戰い

 弾き飛ばす勢いで俺の部屋のドアを開け、頬を真っ赤に染めて仁王立ちしたハル姉ちゃんは、その唇を微かに戦慄(わなな)かせながら、凍りついたように固まったままの俺とシュウに向かって叫んだ。


「ふ……ふたりとも、いけませんっ! よりによって、この部屋で不純異性交遊……あ、ふたりとも男の子だから、不純()()交遊かな……? と、とにかく、そういうふしだらな真似は、この私が許しませ――んッ!」

「……は」

「――はぁあっ?」


 ハル姉ちゃんの言葉に、俺とシュウの目が点になった。


「な……何だよ、“不純同性交遊”って……? な……何を考えてるんだよ、ハル姉ちゃん!」

「え……ち、違うの?」


 俺の抗議に、目を丸くするハル姉ちゃん。

 ハル姉ちゃんは、くるりと振り返ると、開いたドアの影から半分顔を出して、こちらを凝視している羽海に向かって訊いた。


「う、うーちゃん? な……何か、違うって言ってるけど? さっきの話、本当なのぉ?」

「え……ええと……」


 ハル姉ちゃんに問い質された羽海は、ピクリと身体を震わせると、目をグルグルと泳がせながら言う。


「で……でも……、ぐ……愚兄が男の人同士で抱き合ったり……ちゅ、ちゅーしてる雑誌を隠し持ってて……それで、シュウちゃんと部屋に入ったまま、いつまで経っても出てこないから……その、てっきり……」

「……何て事を考えてるんだよ、このマセガキは……」


 羽海の声はだんだんと小さくなっていって、途中で消えてしまったが、その先の言葉は大体察しがついた。俺は、思わず頭を抱える。

 すると、羽海が目を吊り上げて、俺を睨みつけてきた。


「う、うるさい、愚兄ッ! そ……そもそも、お前があんな変な雑誌を隠してるのがいけないんだよッ!」

「……ごめんなさい」


 羽海からのぐうの音も出ない反論に、俺は身を小さくして、深々と頭を下げるしかない。

 そんな俺に「……チッ!」という温かい舌打ちをぶつけてから、羽海は言葉を続ける。


「で――、何だか怖くなってお姉ちゃんに相談したら、ドアに耳をつけて……」

「……盗み聞きしてたんだ」

「ちょ……ちょっと様子を窺ってただけ! このやおい本が、実はゆっちゃんのものだとか、この前ひーちゃんが告白したけどフラれちゃったから、返したくても連絡するのが難しいとか……そのくらいしか聞き取れなかったから――」

「全部まるっと把握済みじゃねーかぁっ!」


 慌てた様子で言い繕った――つもりが、全く繕えていないハル姉ちゃんの言葉を聞いて、俺は絶叫しつつ崩れ落ちた。

 ――ああ、せっかく、家族にも秘密にしたままシュウにだけ相談して、こっそりと処理しようと思ってたのに、これじゃあ台無しだ……。

 そんな俺の肩を、慰める様にシュウが軽く叩く。


「まあ、そう気を落とすなよ、ヒカル。こうなったらしょうがねえよ。せっかくだから、ハル姉ちゃんと羽海ちゃんにも相談しようぜ。きっと、早瀬と同じ性別だから、いい案が浮かぶんじゃないかな?」

「そうそう! お姉ちゃんは、そういう恋愛相談に乗るの大好きだからね~! 泥船に乗った気で相談しなさいなっ♪」

「いや、泥船って……。最終的には溶けて沈むじゃん……」


 エヘンと言わんばかりに胸を張ってみせるハル姉ちゃんをジト目で見ながら、俺は頬を膨らませる。


「……つうかさ、だったら何でさっき、あんな血相変えて飛び込んできたんだよ。俺の事情は、ドア越しに全部聞いてたんだろ?」

「ま……まあ……万が一、うーちゃんの予感が当たってるかもって可能性も踏まえて、ね」


 ハル姉ちゃんは苦笑いを浮かべると、ローテーブルの上に散乱したBL同人誌を一冊手に取り、パラパラとめくりながら言った。


「――別に、ひーちゃんがこういう性癖でも私は構わないけど、シュウくんを引きずり込ませるのは断固として阻止しないと……。ひーちゃんはともかく、シュウくんが同性愛(そっち)方面にいっちゃうのは、全世界の女――いいえ、()にとっての大きな損失だからね」

「あ、あら! お、お姉ちゃんじゃなくて、()()()()ソンシツだよッ!」

「……あら、うーちゃん。胸もまだぺったんこのお子様の分際で、私と()ろうっていうのかしら?」

「ま……負けないもん! お……お姉ちゃんだからって、これだけは譲れないッ! む、胸だって、これから大きくなるもん! もうハタチ過ぎたお姉ちゃんと違って、伸びしろしかないもん、アタシっ!」

「あ゛ぁっ? も一遍言ってみぃや?」

「……べぇ~っ!」


 ……俺たちをそっちのけで、バチバチと火花が飛び散るような激しい睨み合いを始めるハル姉ちゃんと羽海。――怖え! 女のガチバトル怖えぇっ!

 と、ふたりの放つ“殺意の波動”を前に、すっかり怯えて身を縮こまらせる俺をよそに、おもむろにシュウが立ち上がった。

 そして、両掌を左右に振りながら、引き攣った笑いを浮かべて、ふたりに言う。


「ま、まあまあ、落ち着いて。ふたりがケンカするのは見たくないよ、オレ」

「……あ、あら! 嫌だ、ケンカだなんてぇ。ジョーダンよジョーダン! ねっ、うーちゃん!」

「う……うんもちろんそうだよシュウちゃんアタシとお姉ちゃんは仲良いからケンカなんてしないよーあはははは」


 シュウの一言で、さっきまでの一触即発の雰囲気が嘘のように、ケロリと態度を変え、顔を綻ばせながら腕を組み合うハル姉ちゃんと羽海。

 ふたりの豹変ぶりをを目の当たりにしてしまった俺は、背筋に冷たいものが伝うのを感じながら、こう思わざるを得なかった――。


 ……女って、怖えぇぇ――っ!

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