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服について本気出して考えてみた

 俺は、ドン引きしている二人の姉妹に向かって、引きつり笑いを浮かべる。


「あ……い、いや……その、何でも――ないよ?」

「――いや。明らかに、何かあるでしょう~?」


 ジト目で俺を見ながら、ハル姉ちゃんはズカズカと、俺の部屋に足を踏み入れる。

 そして、散乱する俺の服を見て――俺の顔を見て、ニヤリと笑った。


「何? 週末にデートにでも行くの、ひーちゃん?」

「フェッ? で……デ……デートぉおおお?」


 ハル姉ちゃんの言葉に、俺は思わず声を裏返した。そして、


「で! で……ででででデートおおオオオオッ?」


 俺に倍する絶叫を上げたのは、扉の影で顔だけ出していた羽海だった。

 羽海は、「はああああああっ?」と奇声を上げながら俺の部屋に飛び込むと、


「ちょっと! この愚兄ぃッ! 何よ、で……デートってぇ! ホントなのォッ?」


 と声を荒げながら、俺の襟首を掴んで締めあげた。


「が……ち、ちが……!」

「ねえ! い――一体誰なのぉ! 誰が、いつの間に――お兄ちゃ……こんな愚兄とぉ!」

「ち――違うって! ……て、く、苦じ……い、息ががが――ッ!」

「……そんなぁ、聞いてないよ……お兄ちゃんに、彼女なんて……」

「……ねえ、うーちゃん? そろそろ放してあげないと、彼女以前に、あなたのお兄ちゃんがいなくなっちゃう(・・・・・・・・)わよ」

「え……あ――!」


 何故か涙ぐんでいる羽海が、慌てて俺の首から手を放す。意識が遠くなりつつあった俺は、固い床の上に転がり、激しく咳き込んだ。


「あ……だ、大丈夫? お兄……愚兄!」


 ……おい、こんな時でも愚兄呼ばわりか、我が妹よ――。


「あらあら、大変。大丈夫ぅ、ひーちゃん?」


 ハル姉ちゃんが、さほど心配そうな感じでもない声色で声をかけながら、俺の背中を擦ってくれた。

 俺は咳き込みながらも、小さく頷きながら息を整えつつ、羽海を睨んだ。


「……だ、大丈――ぶ……。つか……羽海――何だよ、いきなり……」

「ご……ごめん……」


 俺の抗議に、しょげ返って俯く羽海。あ……ちょっとやり過ぎた――かも。


「まあまあ。うーちゃんもきちんと謝ったんだから、ひーちゃんも、もう怒らないであげて。お兄ちゃんなんだから――ね?」


 困り眉で、俺たちの間に割り込むハル姉ちゃん。……出たよ、「お兄ちゃんなんだから」。

 俺は、憮然としながらも、大きな溜息を吐いて、気分を落ち着かせる。


「もういいよ。だから、もう、さっさと出てい――」

「で、デートなの、ひーちゃん?」

「う……」


 ……しつこいなあ。

 俺は、ウンザリした顔をしてみせながら、大きく頭を振った。


「だから、違うって……」

「じゃあ、何で服をこんなに広げているのかしら? 誰かとお出かけするからなんじゃないのぉ?」


 ハル姉ちゃんはそう言うと、ニコリと微笑ってみせた。

 図星を衝かれた俺は、思わず言葉を詰まらせる。――ハル姉ちゃんは、のんびりした口調とは裏腹に、物凄く勘が鋭いのだ。彼女の前で嘘を言っても、すぐに見破られてしまう……。

 こうなったら……。


「……まあ、確かに、明後日に、友達(・・)と出かける事になったから、着ていく服を選ぼうと思って、広げてただけだよ……」


 俺は、やや目を泳がせつつ、そう言った。

 うん。嘘は言っていない。

 ハル姉ちゃんの追及を躱す一番の方法は、決して嘘をつかず、かつ余計な事を漏らさない事。――それが、十五年間を共に過ごしてきた上で得た教訓である。

 と、


「……友達って、シュウちゃん?」


 部屋の隅で落ち込んでいた羽海が、弾んだ声を上げて、俺の言葉尻に飛びついた。

 羽海は、その黒目がちの目をキラキラと輝かせながら、俺に躙り寄ってくる。


「あ――あのさ! シュウちゃんと出かけるんだったら、アタシもいっしょに連れてってよ! いいでしょ、愚け――お、お兄ちゃんッ!」


 お? 何年ぶりかで、まともに“お兄ちゃん”と呼んでもらえたぞ。――そんなに、シュウと会いたいのか、妹よ……。

 だが、俺は首を横に振った。


「……残念ながら、今回はシュウとじゃないんだ」

「ええ……ウソ――」

「嘘じゃねえよ。……第一、野球部のレギュラーのアイツが、日曜日に身体が空いてる訳ねえだろ」

「……なーんだ。使えねえなぁ、この愚兄!」


 利用価値(シュウがらみ)が無いと分かった途端、すっかりいつもの調子に戻る妹。ハイハイ、愚兄で悪うござんしたね。

 と、今度はハル姉ちゃんが口を開く。


「じゃあ、誰となの?」

「……だから、友達だよ、高校の……」


 語尾を濁しながら、そう言う俺の顔に、ハル姉ちゃんは疑いの眼差しを向ける。


「へえ~……お友達、ねえ。あの、今までシュウくん以外にお友達が出来なかった、あのひーちゃんがねえ……」

「……な、何だよ? お……俺だって、本気出せば、友達の一人や二人くらい……」

「その友達ってぇ……女の子?」


 ……ギクリ。


「そ――そんな、そんな訳……無いじゃん!」


 本能的に嘘をついてしまった(否定した)。……多分、今のリアクションだけで、ハル姉ちゃんには本当の事を見破られてしまった……と、思う。

 ――案の定、ハル姉ちゃんは「ふぅーん……」と、意味ありげに眉を上げると、チラリと羽海の方を見て、口を開いた。


「……そうなんだねえ。じゃあ、お出掛け用の服を、お姉ちゃんが選んであげようねぇ」

「え……あ、いや――」


 「自分で出来るから」と言いかけるが、ハル姉ちゃんに思わせぶりな目配せを送られ、俺は口を噤んだ。

 恐らく、俺が女の子と出かける事を、ハル姉ちゃんは察しがついている。ハル姉ちゃんはともかく、羽海までがそれを知ると、さっきよりも酷い事になりそう。……ここは、大人しくハル姉ちゃんに従っておいた方が良さそうだと、俺は判断した。

 ハル姉ちゃんはウキウキしながら、俺がぶちまけた衣服の“丘”を掻き分けはじめる。

 が、すぐに――、


「無いわねえ……」


 ほどなく、ハル姉ちゃんは呆れ声を上げた。

 姉ちゃんは、『DEATH VOICE!』とプリントされた、俺のTシャツを広げながら、失笑を浮かべる。


「無いわぁ……さすがに、この服のセンスでデー……お出掛け(・・・・)するとか、無いわぁ~」

「……」


 姉の言葉に、ぐうの音も出ない俺。


「え~? そうかなぁ? この辺りとかなら、まだイケんじゃね?」


 いつの間に“丘”の発掘作業(・・・・)に加わっていた羽海が、左胸に微妙な柄のワッペンが縫い付けられた灰色のパーカーを広げながら言った。

 だが、ハル姉ちゃんは苦笑いを浮かべつつ、頭を振った。


「いやいや……。まあ、羽海くらいの男の子くらいだったら、ギリ許せる範囲だろうけど、高校一年生が着てたら、ちょっとヒくレベルよねえ」

「……」


 ……確かに、羽海の手で広げられているのは、俺が小学校中学年くらいの時に買い与えられたパーカーではあるのだが……そんなにヒくかぁ?

 ――確かに、女の子と歩くのは躊躇するレベルだとは思うけどさ……。


「ひーちゃん……あなた、今までマトモに服屋さん行った事無いでしょう?」

「う……」


 図星だ。痛いところを衝かれ、俺は絶句する。


「ダメよぉ、ひーちゃん。男の子は、いつ何があるか分からないんだから、予め、“勝負服”っていうのを揃えておかないと。――カンタンよ。服屋さんに行って、店員さんにお任せで選んでもらえば良いんだから」

「……いや、それが(・・・)無理だからね。この俺に、チャラい服屋の兄ちゃんに話しかけろなんて高度な真似」

「お兄さんじゃなくても。――お姉さんでもいいでしょ?」

「……いや。それ、もっと無理ゲーだから」


 まったく……どこに出しても恥ずかしいコミュ障の弟をナメないでいただきたいものだ。

 すると、ハル姉ちゃんは、小さな溜息を吐くと、ポケットからスマホを取り出した。


「しょうがないなあ……。じゃあ、このお姉ちゃんが、可愛い弟の為に一肌脱いで進ぜよう」


 そう、戯けた調子で言うと、ハル姉ちゃんはスマホの画面を指で叩きはじめる。

 俺は、姉のしようとしている事がよく分からず、首を傾げながら訊いた。


「あの……ハル姉ちゃん? 何をする気……なの?」

「え? そりゃ、決まってるでしょ?」


 ハル姉ちゃんは、スマホの画面から目を上げると、俺に向かって意味ありげにウインクしてみせた。


「私の持つ幅広い人脈の男友達に協力してもらって、ひーちゃんにイケてるコーディネートしてあげるのよぉ、うふふふ♪」

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