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俺はこの瞳(め)に嘘をついた

 「もう! 何やってんのよ、高坂くん!」


 愛想笑いを浮かべて、ヘコヘコと頭を下げた俺にかけられたのは、早瀬からの叱責の言葉だった。


「どうするの! 私じゃなくて、工藤くんと一緒のゴンドラに乗らなきゃ、告白できないじゃん!」

「あ……いや、その……」

「もう~、どうするのぉ? もう6時半近いから、花火が上がっている間に、工藤くんに告白できないよぉ……。私が考えた、最高のプランが……」

「……」


 頬を膨らませながら、頭を抱える早瀬を前に、俺はどうやって話を切り出そうか迷った。

 もちろん、この“遠足”が決まってから、文字通り寝る間も惜しんで、この瞬間の事を脳内シミュレーションし続けてはいた。だが、いざその場面に直面すると、頭が真っ白になって、何をするべきなのか、全く分からなくなってしまった。

 俺は、早瀬とふたりきりで、ゴンドラの中という密室に居るという事実と、これから彼女に想いを伝えなければならないという重圧(プレッシャー)で、今にも圧し潰されそうだった。

 その時、


「……あ」


 ゴンドラの片隅に書いてあった『ゴンドラ内では席を立たないで下さい』と書かれたPOPが目に入ったので、俺はとりあえず早瀬の向かいの席に腰を下ろしてみた。

 と、


 ――ドォーン! パパパ……


「うわぁ~……キレーイ!」


 俺たちの右側から、耳を劈く様な爆発音がゴンドラの窓ガラスを激しく振動させ、同時に早瀬の歓声が上がった。

 俺もつられて、右の方へと目を向け、


「ホントだ……つか、デカいな……」


 真っ暗な夜空に咲いた大きな紅い華の迫力に、思わず息を呑む。

 と、同時に、自分に与えられた時間が限られている事を思い出した。

 ――この大観覧車が一周する前に、俺は早瀬に想いを伝えなきゃならないんだ。……いや、その前に、()()()()()()()()()()()()()()を、彼女に伝えないといけない……!

 俺は、さっきまでぷりぷりと怒っていた事もすっかり忘れたかのように、無邪気に夜空の花火に見入っている早瀬の横顔を見て――肝を据えた。


「――あ! また上がったよ! 今度は黄色い――」

「――は、早瀬さんッ!」


 俺は、打ち上がる花火の蕾を指さしてはしゃぐ早瀬に、叫ぶような声で呼びかけた。


「え――?」


 突然、俺に大声で名を呼ばれた早瀬は、驚いた顔をして俺の方を見た。次の瞬間、空で弾けた花火の光が、彼女の顔を照らし出す。


 ――ああ、やっぱり可愛いな……。


 やや大きく目を見開いた早瀬の顔に見惚れながら、俺は大きく息を()く。

 そんな俺を前に、早瀬は慌てて表情を引き締めた。


「あ……そっか。ゴメン、高坂くん。花火なんかに見とれてる場合じゃなかったね。――どうしよっか、工藤くんへの告白――」

「あ……いや。それは――もういいんだ」


 俺は、早瀬の言葉を途中で遮って、大きく首を横に振った。


「……え?」


 彼女の目が、更に大きく見開かれ、そして、首を傾げながら、俺に問いかける。


「もういい……って? どういう――こと? もしかして……工藤くんの事、諦めちゃうの……?」

「あ、ええと……そうじゃなくて――」


 俺は、眉を顰めて尋ねてくる早瀬に圧されつつ、手を振って否定した。

 ゴンドラの硬い座席に座り直して、もう一度大きく息を吐いた。

 そして、早瀬の顔をまっすぐに見つめながら、静かに口を開く。


「……早瀬さん」

「え……? う、うん――はい……」


 俺の態度に、何か察するものがあったのだろう。早瀬も真剣な表情で小さく頷くと、居ずまいを正した。

 俺は、胸の鼓動と緊張から、微かに声を震わせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「俺……早瀬さんに伝えなきゃいけない事がひとつ……いや、ふたつ(・・・)あるんだ」

「え……?」

「……いや、ひとつは、()()()()()()()()()()()――だね」

「……謝らなければいけない……事?」


 俺の言葉に、キョトンとする早瀬。

 戸惑う彼女に、俺は「うん」と小さく頷く。

 そして、舌で唇を舐めて湿らせ、その事を告げようと口を動かす。


「実は……」

「……」

「ええと……その……」

「……?」

「……あの……ううんとね……」

「……ん?」


 ――ええい、落ち着け俺!

 そう、自分を叱咤するが、左胸の奥で心臓が刻む8ビートが喧しく鼓膜を揺らし、気が散ってしょうがない。

 俺は、いつの間にカラカラになった喉を、口の中の唾を総動員して無理矢理潤して、どうにかして次の言葉を紡ごうと四苦八苦する。


「じ、実は――」


 だがすぐさま、俺の脳の奥で、碌でもない考えが鎌首を擡げて、俺の口を硬直させる。

 そして、ガクンと首を垂らし、俺を見つめ続けている早瀬から――目を逸らしてしまった。

 外で咲き乱れる花火の光を反射してキラキラと輝く、彼女の疑いの欠片もない綺麗な()の眩しさに、俺の心は耐えられなかったのだ。

 俺の吐いた嘘を知ることで、その綺麗な瞳を曇らせてしまうのではないか――そう思うと、どうしても言葉を舌の上に乗せる事が――出来なかった。

 ……

 打ち上げ花火の音が鳴り響く外とは打って変わった、重苦しい沈黙がゴンドラの中に満ちる。

 ……と、その時、


『……そうだ。やっぱり、このまま黙ったままでいようぜ』


 俺の中の悪魔が、そっと囁きかけてきた。


『どうせ、本当の事を打ち明けて早瀬に告白したとしても、相手は学年一番人気の女の子だぜ。お前なんか、鼻にも引っ掛けられやしねえよ』


 ――そ、そうかな……やっぱり……・


『だったら、このままあやふやにしたまんまで、シュウへの“告白ごっこ”を続けりゃいい。そうすればお前は、ずっとこんな可愛い子と接してもらえるんだぜ。それで充分以上に幸せだろ、陰キャのお前にはよ?』


 ――でも……。


『でももクソもねえよ。……つうか、お前さ。今日、楽しかっただろ? 憧れのカワイ子ちゃんと、一日中いっしょに遊びまわって』


 ――う、うん……。確かに、楽しかった……。


『だろ? でも、もしここで洗いざらいぶちまけちまったら、そんな幸せもおじゃんだぜ? お前みたいな冴えねえネクラに、ずっと騙されたと知ったら、怒るだろうなぁ。……そうしたら、もう楽しい時間はおしまいだ』


 ――う……。


『だからさ。俺の言う通りにしろよ。このまま早瀬に嘘をつき続けるんだ。――なぁに、シュウも先輩も優しいから、何だかんだ言っても、お前の嘘に付き合い続けてくれるだろうぜ――』


 ――――嫌だ。


『……ん?』


 ――嫌だッ!


 俺は、心の中の悪魔に、渾身の力を込めて怒鳴りつけた。


 ――俺は、もう嫌なんだよ!


『……!』


 ――早瀬に嘘をつき続けるのも、シュウを嘘に付き合わせ続けるのも、諏訪先輩を巻き込み続けるのも!


『……』


 ――だって、みんないい人なんだよ! こんな俺の為に、一生懸命、力を貸してくれて。俺の事を、真剣に考えてくれて!


『……』


 ――そんな人の好意に甘え続けて、裏切り続けるのは、もう嫌だ! もうキチンと正直に言う! そして、結果がどうなろうと、こんな歪な状況は終わらせる!


『お前……それでいいのか――』


 ――いいんだよッ! だから、お前はもう黙ってろ!


『――ッ!』


 俺の一喝で、心の中で燻っていた悪魔――多分それは、“逡巡”や“躊躇”、あるいは“臆病”と呼ばれるモノだったのだろう――は雲散霧消した。


 ……迷いは、晴れた。


 そして俺は、顔を天井に向けて、大きく深呼吸すると、ゆっくり正面に向き直る。

 俺が脳内で葛藤している間も、ジッと待っていてくれたのだろう。どことなく不安そうな表情を浮かべていた早瀬と目が合った。

 ――だが、今度は目を逸らさない。絶対に。

 俺は、ゴクリと唾を飲み込むと、静かに早瀬に声をかける。


「……あのさ、早瀬さん」

「う……うん……」


 俺の呼びかけに、早瀬はコクンと頷いた。

 頷き返して、俺は言葉を継ぐ。


「――謝らなければいけないのは、俺と早瀬さんが知り合うきっかけだった……『俺が、シュウに片想いしている』って話についてなんだ……」

「え……」


 俺の言葉を聞いた早瀬は、その大きな目をパチクリさせて、首を傾げた。

 そして、オズオズと尋ねてくる。


「そ……その事が……どうした、の?」

「実は……、その話なんだけど――」


 ……油断すると、口にチャックどころか閂を掛けようとする心に必死で発破をかけながら、


「……全部、嘘なんだ」


 俺は遂に、その言葉を紡ぎ出した。

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