少年達の挽歌(エレジー)
時間が経つにつれ、徐々に観覧車乗り場が近づいてきた。
気付いてみれば、あと20組くらいで、俺たちの番になる。
と、俺の肩を誰かが指でつついた。
「……ねえねえ」
「あ! ああ……早瀬――さん……」
早瀬に耳元で囁かれ、俺はビクリと身体を震わせる。
彼女の吐息が耳を撫でる度、俺の心臓は暴れ馬の如く跳ね回る。
「……高坂くん、分かってる? 手はず通りに、ね」
「え……? て、手はず通り……って?」
押し殺した言葉の意味をはかり兼ねて、首を傾げる俺に、早瀬は頬を膨らませた。
「もう! 忘れちゃったの? “しおり”の12ページを――」
「え……あ! ああ~……」
早瀬の言葉で、思わず俺は、口の端を引き攣らせる。
“しおり”――といっても、普通の“遠足のしおり”ではない、俺と早瀬だけが持つ、裏のしおり……『ラブラブ! クリスマスイブお楽しみ遠足 in 北武園ゆうえんち! ~夕陽にむせぶ観覧車の下で、ふたりの恋はジェットコースター?~』の方の12ページ――。
それは正に、この遠足のクライマックスにして主目的である、“俺がシュウに告白する”くだりが記されたページだ……。
「いい、高坂くん?」
俺が浮かべた微妙な表情にも気付かぬ様子で、早瀬は目をキラキラさせながら、“作戦”の手順を説明し始める。
「――センパイは、私が引き付けるから、高坂くんは工藤くんを引っ張り込んででも、ゴンドラに一緒に乗り込むんだよ!」
「……お、おおう……」
「乗り込めたらこっちのモンだよ! あとは、いっしょに高い所に上がる事でアゲアゲになったテンションに任せて、想いの丈をぶつけるだけ! そうすれば、花火のロマンチックな雰囲気との相乗効果で成功率1000パーセントだって、『キューティーン』に書いてあったから……!」
「きゅ……『キューティーン』にね……」
『キューティーン』とは、十代の女の子に絶大な支持を受けているファッション雑誌だ。ウチでも、羽海が食いつくようにして読み漁っていたのを見た覚えがある。
――大方、今月号の特集記事の『撃墜率1000パーセント! 意中のカレを絶対に堕とせる必勝シチュエーション』あたりからパク……インスピレーションを受けたんだろうなぁ……知らんけど。
……つうか、『撃墜率1000パーセント』って……世の女子にとって、男はゼロ戦か何かか――?
「……ねえ、聞いてる? 高坂くん!」
少し上の空になってしまった俺のコートの袖を、早瀬がちょいちょいと引っ張った。
「あ……ああ、ご、ごめん……うん……」
我に返った俺は、ギクシャクしながらコクコクと頷く。
早瀬は、俺の反応を見ると、満足そうに微笑み、親指を上げてサムズアップしてみせた。
「良し! 頑張ってね、高坂くん! さすがに私は、告白の時にはサポートできないけど……。隣のゴンドラから二人の事を見守ってるからねっ!」
「お……おあ……はぃ……」
早瀬の激励に、凍りついた笑みを顔面に張り付けた俺は、彼女に合わせてサムズアップを返してみせた。……つうか、隣のゴンドラから、ガッツリ見るつもりだよ、この娘……。
――と、
「――早瀬さん! 花火、綺麗よ。こっちで一緒に見ましょ」
少し離れた後ろから、諏訪先輩が早瀬を手招きした。
突然声をかけられた早瀬は、一瞬躊躇する様子を見せたが、
「あ……、はーい、センパイ!」
と、大きく頷いた。
そして、思わせぶりに俺にウインクを送ってから、振り返って、諏訪先輩の方へ向かっていった。
――その時、
「……ん?」
早瀬を手招きしていた諏訪先輩が、チラリと俺の方に視線を送ると、ついっと顎をしゃくった。
「……え? 何? 何を――」
その仕草の意図が分からず、キョトンと首を傾げた俺だったが、
「――おい、ヒカル!」
押し殺した囁き声と共に、強引に肩を掴まれ、身体を回転させられる。
「な……何だよ、シュウ!」
俺を強引に回転させたのは、そのでかい図体を縮こまらせたシュウだった。
シュウは、チラリと早瀬の後姿を見ると、無造作にポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
「……おい、手ェ出せ!」
「は? な、何で……?」
「いいから! ――ほら!」
シュウは、突然の指示に戸惑う俺の手を引っ張り上げると、その掌に何かを乗せた。
チャリ……という、金属が擦れる微かな音が、掌の上で鳴る。
「何だよ、これ……って! おい、コレって――」
何気なく掌の上を見た俺は、驚きの声を上げた。
それは――ライ夫くんの顔を模った――フードコートで、早瀬が俺に渡してきたものの対となるロケットペンダントだった。
「……それさ、オレが昼間出た『ベストカップルコンテスト』の優勝賞品なんだ」
シュウは、はにかんだような笑みを浮かべながら言った。
「もうひとつ、レオ奈の顔のヤツもあって、それは、早瀬が持ってる」
「……お、おぉ……」
――それは知ってる。
更に、本当の所は、早瀬から俺に渡されていて、今は俺のコートのポケットの中に入っているのだが、それを言ってしまうと話の腰を折ってしまうような気がして、俺は余計な事を口にせず、シュウの言葉に頷いてみせた。
シュウは、小さく息を吐くと、言葉を継ぐ。
「――何かさ。このふたつのペンダントを分け合ったカップルは、永遠に結ばれるっていう……ソックス? そんなのがあるみたいでさ……」
「……ひょっとして、“ジンクス”の事?」
「……それな」
シュウは、バツが悪そうに目を逸らすと、ごほんとひとつ咳払いをしてから、再び口を開いた。
「まー、そ、その……ジンクスってヤツがあるからさ。お前がコイツを持ってれば、もう一つのペンダントを持ってる早瀬と、上手くいくんじゃないか……そう思ったんだよ」
「……シュウ。――お前、ひょっとして……」
俺は、僅かに頬を赤らめて頭を掻くシュウに向けて、オズオズと訊く。
「はじめから、俺にこのペンダントを渡す為に、早瀬といっしょに『ベストカップルコンテスト』に出たのか……?」
「ま……まあ、な」
俺の問いかけに、目を逸らしたまま、シュウは小さく頷いた。
「ま……まあ、ただの迷信かおまじないみたいなもんだけど、無いよりは、気休めくらいにはなるかなって……」
「……シュウ」
「結局、お前の応援ったって、このくらいしか思いつかなかったんだけどな」
そう、呟くように言ったシュウは、ようやく俺の顔に視線を合わせると、ニコリと笑った。
そして、微かに声を震わせながら、静かに言葉を継ぐ。
「……頑張れよ。応援してるから、ヒカル……」
「……」
俺の目をじっと見つめるシュウの瞳が、微かに潤んでいる事に気が付いた。
――俺は、掌の上に乗ったライ夫顔のペンダントをグッと握りしめると、シュウに向かって大きく頷いてみせる。
「……ありがと」
そして、目じりに力を入れて、こみ上げるものを堪えながら、俺はシュウに言う。
「……なあ、シュウ……」
「……ん?」
「――俺さ。生まれて、お前に逢えて良かったよ――本当に」
「……」
「こんな俺を好きになってくれて……ありがと」
「……ッ」
シュウは、俺の言葉を聞くと、大きく顔を歪ませた。
そして、急に顔を逸らすと、夜空を見上げながら、
「そ――それにしても寒ぃな! 寒すぎて……鼻水が垂れちゃうぜ……」
――大きく洟を啜った。