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告白までは何マイル

 「うわぁ……あとどのくらいかかるんだ?」


 背伸びして、行列の前方を一瞥した途端、シュウはうんざりという声色で呟いた。

 シュウの言う通り、決して狭くはないはずの観覧車前の大広場には、くねくねと曲がりくねりながら続く、長い長い行列が形成されていた。

 言うまでもなく、その先頭は、前方の巨大な観覧車の乗り場口へと繋がっている。

 俺たちは、その丁度真ん中あたりで、牛の歩みの如くのろのろと動く行列の流れに乗っていた。

 ちなみに、行列に並ぶ者のほとんどは――当然と言うか何と言うか、必要以上に互いに引っ付き合った、うら若いカップルたちばかりである。


「――うっぷ……!」


 突然、吐き気を催した俺は思わず口元を押さえた。

 彼らから漂う、濃厚なピンク色のオーラにアテられて、陰キャの俺のメンタルが耐えられなかったのか――?

 と、俺が謎の吐き気の原因に思いを巡らせていた……その時、


「――ひゃいっ?」


 突然背中を触られた俺は、驚きのあまり、小さく飛び上がる。

 そして、慌てて後ろを振り返ると、さらなる驚きで飛び出さんばかりに目を剥いた。


「……高坂くん、どうしたの?」


 なんと――心配そうな顔をした早瀬が、その手で俺の背中を優しく摩っているではないか!

 驚きのあまり、言葉どころか息を吐くのも忘れて硬直する俺に、早瀬は小さく囁いた。


「寒くて体が冷えちゃった? 具合が悪いんだったら、ちょっと列から離れて休もうか……?」

「え……、あ――い、いや! 大丈夫!」


 早瀬に気遣われた俺は、慌てて首をブンブンと横に振る。


「へ……平気だよ! ちょ……ちょっと緊張してるだけ――デス、ハイ」

「え? あ……そっか……」


 俺の答えに、早瀬はハッとした顔をして、目を大きく見開いた。

 そして、一番前に立つシュウの大きな背中をチラリと見てから、こっそりと俺に囁きかける。


「……そうだね。もう少しで、大事な告白だもんね。そりゃ、緊張しちゃうよね……」

「う……うん……」


 納得顔でうんうんと頷く早瀬に向けて、俺は力無く頷き、


 ――つうか、告白を控えて緊張してるのは確かなんだけど、その対象は……君なんだよなぁ。


 俺は、心の中で独り言ちつつ、引き攣り笑いで応えた。

 ――と、その時、


 ドーンッ! ド――ンッ!


 背後の空から、けたたましい爆発音が聴こえてきて、俺たちは思わず音のなった方を振り返る。

 その眼に、漆黒の夜空に咲いた大輪の炎の花が映った。


「はじまった――!」

「わー、きれーい!」

「たーまや~」

「えー、早く観覧車から観たいよ~!」


 列のあちこちから、歓声や焦燥の声が上がる。

 ――と、


「これ……、花火大会が終わるまでに乗れないんじゃないかしら……」


 それまでずっと言葉少なに、俺たちの後ろからついてきているだけだった諏訪先輩が、僅かに眉を(ひそ)めながら言った。


「……かもしれないっすね」


 諏訪先輩の呟きに、シュウも小さく頷く。

 二人の言う通り、俺たちの並んでいるあたりから観覧車乗り場までは、まだかなりの距離がある。少しずつ進んではいるが、そのスピードは絶望的に遅く感じる……。


「い……いやぁ、大丈夫じゃね?」


 だが、俺は殊更に明るい声を出して、諏訪先輩の不吉な言葉を否定する。


「ゆ……ゆっくりだけど、確実に進んでるしさ! そ……そんなに焦らなくても――」

「私は別に焦ってないけど。……焦ってるのはあなたの方でしょ、高坂くん」

「ぐ――」


 先輩に図星を刺され、俺は言葉を詰まらせる。


 ――ああ、そうだよ! めっちゃ焦ってるよ!

  何せ、このままでは、満を持したはずの『花火の咲き乱れる夜空の上での告白』という“モスト・ロマンチック・シチュエーション”が崩れてしまうんだ……!

 ……え? 拘り過ぎだって?

 いやいや! 一本筋の通った陰キャである俺は、そのくらいのムード補正の助けを借りでもしないと、絶対に早瀬に告白する前にヘタレる自信があるんだ!

 だから俺は、あえてネガティブな事は考えないようにと思ってるのに、この人は……!

 ――と、湧き上がった憤懣を諏訪先輩に対してぶつけそうになるのを感じた俺は、


「――ご、ごほっ! ゴホッゴホッ!」


 慌てて咳払いをして怒りを紛らわせる。

 ――だが、


「あ! だ、大丈夫、高坂くん? 本当に体調悪いんじゃないの……?」

「あ……い、いや、ちょっとむせただけ。マジで大丈夫だから……うん」


 却って早瀬を心配させてしまった……。

 俺の心は、罪悪感でいっぱいになる――が、頻りにさすり続けてくれている早瀬の掌を背中に感じ、思わず表情が緩んだ。


「……うわ」

「……ご、ごほん!」


 俺の顔を目にしたらしいシュウがドン引きする声を耳にした俺は、慌てて咳払いを一つ吐いて誤魔化した。

 そして、表情筋を引き締めてから、


「――つ、つうか、そもそも花火大会って、大体どのくらいやるんですかね? ……二時間くらい?」


 話題の切り口を変えてみようとする。

 ――と、諏訪先輩が静かに(かぶり)を振った。


「さすがに、そこまではしないでしょうね……真冬だし」

「そうっすよね」


 諏訪先輩の言葉に、シュウも頷く。


「真冬の屋外なんだから、あんまり長いと、観てる人が凍っちゃいかねないし……。大体、一時間半くらいなんじゃねえかなぁ」

「一時間半か……だったら――」


 シュウの言葉に、俺は胸を撫で下ろす。さすがに、そのくらいの時間があれば、花火が上がっている間に、観覧車に乗り込む事は出来るだろう……。

 ――と、俺が安堵の息を漏らした瞬間、


「あーっ! もう、みんな、全然しおりを読んでないじゃない~!」


 もう一方から、不満に溢れた叫び声が上がった。

 俺たち三人は、一斉に声の方――早瀬に向かって顔を向ける。

 すると、ぷうと頬を膨らませた早瀬は、リュックから取り出した『遠足のしおり』を取り出し、タイムスケジュールのページを開いて、ある一文をびしっと指さした。


「ここに書いてあるでしょ! 『花火は、午後6時から午後6時45分まで』って!」

「あ……」


 彼女の言葉に、俺は愕然とした、


 ――午後6時45分までだって? それじゃ、花火が打ち上がり終わるまで、あと45分足らずしかないって事か……!


 このままでは、『花火の咲く夜空の上での告白』というシチュエーションが崩れてしまう……!

 その厳しい現実を改めて自覚した俺は、更に焦り始める。


 と同時に、もうひとつの事実に行き当たり、俺の胃はキュッと引き絞られるように痛んだ。

 そう――


『もう少しで、俺は早瀬に告白する。――しなければならない』


 という事実に……。


 ――ああ。心の中が、緊張と不安と、ほんのちょっとの期待と希望がぐちゃぐちゃに混ざり合って、ぐつぐつと煮立っている感じがする。


 ――うう、吐きそう……。

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