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因果は回る観覧車

 「……眩しいぜ……」


 やっとの思いでお化け屋敷のゴールに辿り着いた俺は、傾き始めた真冬の陽の光に手庇(てびさし)を作りながら、ニヒルっぽく呟いた。

 

 何せ、お化け屋敷の暗闇から急に外界に出てきたのだ。早くも橙色に色を変えつつある弱々しい陽の光といえど、瞳孔が光量の変化に対応しきれていない。

 ――と、俺は、自分の傍らに向けて、恐る恐る声をかける。


「あ……、大丈夫? 早瀬さん……」

「……う、うん……。何とか……」


 俺の呼びかけに、弱々しい声が返ってきた。

 少し心配になって、早瀬の方に顔を向けた俺だったが、驚くほどの近さに彼女の顔があって、慌てて目を逸らした。恐怖で顔を青ざめさせた早瀬は、憂い顔になっても可愛かった――いや、憂い顔の方が儚げで艶っぽくて、ぶっちゃけチラ見しただけで心臓が跳ね上がった。

 うっかり直視なんかしたら、心筋梗塞を起こして尊死しそうだ……。

 ――と、


「……高坂くん、ありがとう。もう大丈夫……手」

「――へ?」


 早瀬の言葉に、戸惑いの声を上げた俺だったが、――自分の左手が、早瀬の右手をしっかりと握っている事を思い出した。


「あっ! ご……ごめん! い、いつまでも、手を握りっ放しで……!」


 そう叫ぶと、俺は慌てて早瀬の手を離した。……正直、彼女の手を握り続けていたい気分マシマシではあったのだけれど。

 早瀬は、ぎこちなく笑うと、首を横に小さく振って答えた。


「……ううん。私の方こそ、ごめんね。……ずっと手を握っててくれて、心強かったよ」

「あ……う、うん……」


 早瀬の言葉に、何て答えたらいいか解らずに、俺は曖昧に頷いた。

 その時、


「お! やっと出てきたか、ふたりとも」


 一足先にゴールして、入り口の前で待っていたらしいシュウが手を振りながら、こちらの方へと歩み寄って来る。


「お疲れ様。楽しかった?」


 そして、その後ろからは、諏訪先輩も――。

 すると、


「――うわあああ! センパァァ~イ!」


 一気に緊張の糸が緩んだのか、目に涙をいっぱい溜めた早瀬が、諏訪先輩に向かって走り寄った。

 そして、諏訪先輩の胸の中に飛び込み、嗚咽を漏らした。

 早瀬の様子に、ビックリして目を丸くする諏訪先輩。


「ど……どうしたの、早瀬さん?」


 先輩は、訳が分からないまま、抱きついてきた早瀬の髪を撫でながら、優しく訊いた。


「な……中で何かあったの? こんなに怯えて……」

「ふぇえええ……怖かった。怖かったよぉおっ!」

「え……怖かった? ――まさか」


 先輩は、ハッと目を見開くと、何故か俺の事をギロリと睨みつけた。……敵意を剥き出しにした美人の顔って、何とも言えない凄みがある……。勉強になった。

 険しい視線を向けられた俺は、背中がゾワリとするのを感じながら、訳が分からず、思わず首を傾げて訊いた。


「な……何ですか、先輩? ど……どうして、俺の事を――」

「……高坂くん」


 諏訪先輩が俺の名を呼んだ声は――地獄の窯の底から響く閻魔のそれだった……。その声を耳にした俺は慌てて背筋を伸ばして、直立不動になる。――冗談抜きに、命の危険を感じた……!

 諏訪先輩はそんな俺を、絶対零度の液体窒素も温く感じるレベルの、最大級の冷たい目で睨み据えると、静かに言葉を継いだ。


「……あなた、あの中で、早瀬さんに何をしたの? こんなに怯えさせて……」

「ふぇ……フェッ?」


 諏訪先輩の怒りに満ちた声に、俺は思わず声を裏返す。――そして、大慌てで、首と手を高速で左右に振りまくった。


「い……いえいえ! ち……違いますって! お……俺のせいじゃないですって! 早瀬がこんなに怖がってるのは――!」

「……バレバレのウソを」

「いやいや! 嘘じゃないですって! いや、マジで!」


 俺は、険しさを増す一方の諏訪先輩の顔に怯えつつ、必死で否定する。


「早瀬……さんが怯えてるのは、お化け屋敷が怖かったからであって、暗闇の中をいい事に、俺が変な事をしたからとかでは、絶対に無いです!」

「……」

「……いや、だから止めてその冷たい視線っっ!」


 心の芯まで凍りつきそうな諏訪先輩の氷攻撃(いてつくはどう)に、俺は悲鳴を上げた。


「――って! シュウ! お前からも言ってくれ! 俺が無実だって!」


 たまらず俺は、シュウに助けを求める。

 するとシュウは、ニヤリと薄笑みを浮かべると――大袈裟に首を傾げた。


「いや~……ぶっちゃけ分からないっスねぇ。オレはふたりと別行動を取ってましたし、ヒカルはこれでなかなかのムッツリ……。案外、真っ暗い中で、気が大きくなっちゃって――」

「シュウウウウウッ! お前、何言ってくれちゃってんだぁぁぁあああっ!」


 ――この野郎、完全に悪ノリして楽しもうとしてやがるぅぅぅ!


「……つうかさ! 俺に、そんな度胸がある訳ないの、アンタら良く知ってるハズじゃねえのかよおおおお!」


 俺は、全てが頼りにならない事を悟り、目の前が絶望で真っ暗に染まるのを感じながら、必死で声を張り上げた。

 ――と、次の瞬間、シュウと諏訪先輩が、示し合わせたかのような完璧なタイミングで同時に頷く。


「「うん、知ってる」」

「知ってるんかあああああい!」


 ふたりにまんまとおちょくられたことを悟った俺は、虚空に向かって絶叫した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 日が落ち、12月の北武園遊園地に、夜の帳と厳しい寒さが垂れ込めた。

 ――だが、ここ……観覧車前の広場には、たくさんの人々が詰めかけている。

 しかも、そのほとんどが、若い男女のペアだった。


「……みんな、考える事は同じなのね」

「……」


 諏訪先輩の呟きに、俺たち三人は、思わず同時に頷いた。

 ……まあ、その胸に帰するものは、それぞれ微妙に違うのだろう。


 俺たち四人は、ひとつの恋を成就させる為に、大観覧車(ここ)に来た。

 ……でも、この“ひとつ”は、同じ“ひとつ”ではない。


 ――早瀬は、『俺がシュウに告白するのをサポートする為』。

 ――シュウと諏訪先輩は、『俺が早瀬に告白するのをサポートする為』。


 そして、俺は……、『早瀬に告白する為』――!



 時刻は今――午後5時35分。


 運命の時刻まで、あと25分――。

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