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IKO(行こ)

 「――ほんじゃま、そういう事で! ()()()()、ヒカル!」

「あ――、ちょっと!」


 シュウは、爽やかな笑顔を残すと、俺が呼び止める間もなく、勢いよく赤い扉を開けて、さっさと出ていってしまった。

 扉の前には、俺と早瀬が取り残される。


「……」

「……」


 ――薄暗い通路に、重たい沈黙が垂れ込める。


 ……き、気まずい!


 突然、早瀬とふたりきりの状況にされて、初めて気が付いた。

 ……こんな時に、早瀬に何を話しかければいいのか分からない……。

 今までは、シュウや諏訪先輩がいい感じに緩衝材になってくれてたおかげで、特に意識した事が無かったのだが――、そういえば、俺から早瀬に積極的に話を振った事は無かったんだった。


 以前――早瀬とふたりで、栗立のアニメィトリックスや、北丈寺に映画を観に行ったりした時も、専ら話題を振るのは早瀬の方で、俺は聞き役に回ることが殆どだった。

 ――だが、今の早瀬は、とても積極的に話をするような状態では無い様だ。


「……」


 早瀬は、相変わらず青ざめた顔を俯かせたまま、その小さな身体をますます小さく縮こまらせている。いつもの快活な様子が嘘の様だ。


 ……トクン


 って、違うだろ、俺! こんな不安そうな早瀬を見て、何を胸ときめかせてるんだ!

 俺は、心の中で自分を叱り飛ばしてから、喉をカラカラにしつつ、オズオズと早瀬に声をかける。


「あ……あの……、は、早瀬さん……」

「……」

「こ……ここにいつまでも居てもしょうがないからさ。い……行こ? 一緒なのが俺なんかじゃ、不安かもしれないけど……」

「……ごめん」


 俺の言葉にやっと反応した早瀬だったが、その口から漏れたのは、何故か謝罪の言葉だった。

 「……えっ?」と、俺は、思わず戸惑いの声を上げる。

 すると、早瀬は顔を上げて、俺の顔をじっと見た。――その瞳は微かに潤んでいる。

 彼女は、蚊の鳴くような声で、俺に言った。


「ごめん、高坂くん……。せっかく、工藤くんとふたりきりになれるチャンスだったのに……。私がひとりで先に進めば良かったのに……」

「……え? あ、いや……」


 早瀬の謝罪の言葉に、俺は返す言葉に詰まって、曖昧に言い淀んだ。

 と、早瀬がまた俯いた。

 そして、その口から、微かに震える声が漏れる。


「……ダメだね、私。高坂くんの手助けをするどころか、お荷物になっちゃって。――なのに……」

「い、いや! そ――そんな事ないよ!」


 彼女の言葉に、俺は思わず声を上げ、激しく首を横に振った。

 早瀬はビックリした様子で、顔を上げる。

 その目尻が、通路の蝋燭型電球の黄色い光を受けて、キラリと輝くのを見た瞬間、俺は、自分の頭の奥がカッと熱くなるのを感じた。


「そ――そんな事ない! 全然逆なんだよっ! なのに、そんな事を言わないでよ!」

「え……?」


 俺の剣幕に驚いた様子で、早瀬は大きく目を見開く。

 そんな彼女を前に、俺はなおも言葉を継ぐ。


「こんな、ヘタレで優柔不断で情けない俺なんかの為に、ここまでしてくれる早瀬に、感謝してるんだよ、マジで! お荷物だなんてとんでもない!」

「……!」


 俺が無我夢中で吐き出した言葉に、早瀬の口が小さく開いた。……と、彼女の頬がほんのりと紅く染まるのが、薄暗がりの中でもはっきりと分かった。

 早瀬は、軽く唇を噛むと、掠れ声で呟くように、俺に尋ねる。


「そ……そう、かな……?」

「も――もちろんだよ!」


 俺は、すかさず首を千切れんばかりに縦に振ると、更に捲し立てた。


「は――早瀬さんは、学校でも人気者なのに、こんな俺みたいな陰キャなんかにも気さくに接してくれるしさ! いつも一生懸命だし! だから俺は、そんな君の事が、す――!」

「……え?」


 早瀬が、俺に向けてキョトンとした顔を向ける。そんな彼女を前に、俺は慌てて口を手で押さえて、顔を背ける。

 あ――っぶねえ! 早瀬を元気づけようとするあまり、危うく心の本音が口から飛び出るところだった……!


「あ――え……ええ――と……その……」


 俺は、目を白黒させながら、一生懸命頭をフル回転させる。

 そして――、


「き……君の――君の事が……す……()()()()()()()()()()()()()()()()、ハイッ!」


 ……よ、よしっ! う……うまく誤魔化せた!

 心中密かに胸を撫で下ろす俺を前に、早瀬は少しの間、目をパチクリさせていたが――、やがてその表情を和らげた。


「ぷっ……そうかぁ。『すごくいい人』かぁ……。そっか……」


 彼女は、頻りにうんうんと頷くと、俺の目をじっと見ると、無邪気な笑みを浮かべた。


「……ありがと、高坂くん。ちょっと元気出たよ」

「あ……う、うん……。それは――良かった……です、ハイ」


 彼女が元気を取り戻すのを見て、俺も笑い返すが、その胸の内では、


 ――っていうか、誤魔化す必要あったか? ……いっそ、あのまま勢いに任せて告白までしちゃった方が良かったんじゃ――?


 という、別の葛藤が渦を巻いていた。

 ――すると、


「……どうしたの、高坂くん? トイレ行きたい?」


 急に珍妙な顔で考え込み始めた俺を心配した早瀬が、俺のコートの袖を引っ張ってきた。

 その声と感触で、ハッと我に返った俺は、目を剥いて小刻みに首を振る。


「ふぇっ? あ……い、いや、大丈夫! た――大したことじゃないから!」

「……そう?」


 大慌てで取り繕う俺の様子に首を傾げる早瀬。

 俺は、何とか話を逸らそうと、青い扉を指さして言った。


「じゃ……じゃあ、そろそろ行こうか! 外で、諏訪先輩も待ってる事だしさ! あんまり待たせたら悪いし」

「あ……う、うん」


 俺の声に、早瀬はまた不安そうな表情を浮かべながら、小さく頷く。

 やっぱり、怖いのが苦手なんだな――。

 そう感じた俺は、一歩前に出て、彼女を促すように手を伸ばした。


「じゃ、俺が前を歩くから、早瀬さんは後ろについてきて」

「……ええと――」


 だが、早瀬は何故か躊躇した。

 そして、意を決したような顔をして、言葉を継ぐ。


「あの……高坂くん。お願いが……あるんだけど……」

「え……な――なに……ぅぃッ?」


 何気なく聞き返した俺だったが、伸ばした手に、何か柔らかい感触を感じて、声を裏返した。

 そんな俺にまっすぐな目を向けながら、早瀬は今にも消えそうな声で言う。


「えっと……こうやって……出口まで……手をつないでても――いい?」

「ふぇ……ふぇっ?」


 彼女の言葉に、俺は目が飛び出さんばかりに驚いた。慌てて自分の手の先に視線を落とすと――確かに俺の手を、一回り小さい早瀬の手がしっかりと握っている!


 え、ウソ、マジ……? 早瀬が、俺の……俺なんかの手ヲニギッテル……?


 あまりの事に、脳が情報処理を放棄してしまい、モノローグがカタコトになってしまう。ついでに、動きまでコマ落ちのアニメか、電池切れ寸前のロボットみたいに……。

 そんな俺の不審な挙動にも気付かぬ様子で、早瀬が頬を染めながら言った。


「ご……ごめん、ね。実は私……怖いのが、小さい頃からちょっと……苦手で……。入るまでは、もう平気かなぁって思ってたんだけど……やっぱり、無理だった……」

「あ……ぇ……」

「……だから、工藤くんが好きな高坂くんには、迷惑な事かも……しれないんだけど……」

「い! いやいや! 迷惑だなんて……と、とんでもない!」


 早瀬の声に、俺は首を残像が残るほどに激しく回転させる。

 迷惑? そんな訳があるろうか、いや、あるまいっ(反語)!


「こ……こんな俺なんかの手で良ければ……い、いくらでも握っていいです、ハイ! ……あ、ちょっと汗ばんでて、気持ちが悪いかもしれないから、ちょっと拭くよ……」

「……ううん、大丈夫。――多分、私の手のひらも、同じくらい汗ばんじゃってると思うから……」


 俺の手を握っている早瀬の手が、僅かに力を込めたのが分かった。

 彼女の掌は、やっぱり柔らかくて……


 少しだけ、熱かった。

 今回のサブタイトルの元ネタは、PS2ゲームの名作『ICO』からです。

 角の生えた少年が、謎の少女と手に手を取って、謎の迷宮から脱出するアドベンチャーゲームです。

 ゲーム性も高かったですが、ストーリーも良かったですね。

 作家の宮部みゆきさんが、ゲームに惚れ込んで、自らノベライズした作品でもあります。

 古いゲームですが、機会があれば是非とも遊んでみて下さい!


 ……っていうか、発売が2001年って……20年近く前なのか……嘘だろ……(愕然)?

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