なぜに服はイケてない……?
「……ロクな服が無え……」
床にぶちまけた衣服を見回して、思わず俺は絶望の声を上げた。
「どれもこれも……つか、よく今までこんなダサ服を着てて平気だったなぁ……俺」
学校から帰るや否や、自室に飛び込み、一縷の望みに賭けて、タンスから全ての衣服を引きずり出したものの……床の上に積もった服の山――いや、せいぜい“丘”か――の中には、結局のところ希望は無かった。
……俺のタンスは、パンドラの箱以下か。
俺は、ガックリと肩を落とすと、ブレザーのポケットからスマホを取り出し、電源ボタンを押す。
液晶画面が輝き、現れたのはLANEのトーク画面。そのネーム欄には“YUE♪”の文字が燦然と輝いている……ように見え(個人の感想です)、俺の顔はだらしなく緩む。
――いや、そりゃあ、にやけもするだろうさ。
そう!
何を隠そう、この“YUE♪”は、あの早瀬結絵のアカウントなのである!
……え? 何で俺が、あの早瀬のアカウントを知っているのかだって?
――そんな事、俺が知るかッ! ……いや、マジで。
寧ろ、何で、早瀬が俺にLANEの友達申請を送ってきたのか、その理由を教えてくれる人が居るのなら、俺がモンブリで育成しまくった、レベル99のザシアンモナイツをプレゼントしてでも教えてほしい気分だ。
――ごほん。……話が逸れた。
ともあれ、早瀬から送られてきた友達申請を秒で承認し、それによって俺と早瀬は、晴れて“友達”となったのだ――!
って、いかん……! また顔がにやける……!
そして、驚き喜ぶべき事は、それだけで終わりではなかった。
俺が震える指で、友達承認のリクエストボタンを押した10秒後に、“友達”の早瀬から送られてきたメッセージ。――それは、
『こうさかくん。あさって空いてるかな?』
だった。
はじめ、俺はメッセージの意味が分からずに、首を傾げながらも、『はい、空いております』と、まるでビジネスメールみたいな、固っ苦しい返事を送ってしまったのだが、再び間を置かずに返ってきた答えが、
『じゃ、あさっての日曜日、いっしょに会おー!』
――そのメッセージを見た瞬間の俺は、傍らで見ていた諏訪先輩が、思わず「だ、大丈夫?」と戦きながら声をかけてくるレベルでヤバい顔をしていたらしい。
……いや、そりゃ、ヤバい顔のひとつやふたつや1ダースくらいするでしょうよ!
早瀬から! あの、誰もが認める学年一の美少女にして――俺の意中の娘からの突然のお誘いッ!
……思わず、頬を思い切り抓ったよ。
もちろん、スゲエ痛かった!
この一連の出来事が、夢でも幻でもない事を確信した俺は、痛みと歓喜で『泣きながら笑う人』みたいになっていて――気が付いたら、諏訪先輩が五メートルくらい距離を取って、椅子の影に隠れて震えているのに気付いた……。
でも、俺は諏訪先輩の様子がどうとか、それどころではなくて、
「す、スミマセン、先輩ッ! お、俺、急用が出来ちゃったみたいなんで、これで失礼します!」
と言い捨てると、カバンを背負って、超ダッシュして部室を飛び出し、軋む自転車をかっ飛ばし、家に着くや自室に飛び込み――今に到るという訳だ。
「……どうしよう。せっかく、早瀬と会えるのに……着ていける様なオサレ服が無え……」
すっかり浮かれていた俺は、あまりにも厳しい現実を前に、絶望の谷に突き落とされ、途方に暮れた。
恨めしげに、目の前に散らばる私服に、改めて目を落とす。
「――ダセえ」
ダサい。何度見返しても、もう、それしか形容詞が出てこない。
俺が持っている私服は、親が“ファッションスーパー・しまうら”や“カトーヨーカドー”あたりで買ってくる、せいぜい二・三千円くらいのチープな既製品ばかりだ。
胸にデカデカと“SUPER STAR”と刺繍がされているトレーナーや、不気味なアメコミ風キャラの顔がプリントされたヨレヨレのTシャツ、典型的オタクのユニフォームとの代名詞がピッタリな、チェックのネルシャツ……。
ズボン……ごほん。――パ、パンツも、ケミカルウォッシュのジーパンや、中途半端な丈のダブついたズボンしか持ってない……。
俺は、力無く頽れると、ガックリと肩を落とした。
「こ――こんな服じゃあ……早瀬と会う事なんて出来やしな――」
「――どうしたの、ひーちゃん? さっきから、なんか変よぉ?」
「ッ! ――ん? ンンンッ?」
突然、背後から声をかけられ、テキメンに驚いた俺は、20センチばかりも垂直に飛び上がった。
驚きと恐怖と焦燥で、飛び出さんばかりに目を見開いて、ゆっくりと振り返る。
そして、開いたドアの向こう側に――、
「物凄い勢いでタンスの中身を引っ掻き回したり、スマホを覗いて、気持ち悪い笑いを浮かべたり……学校で、何か変なモノでも食べたのかしら?」
「お――お兄ちゃ……愚兄ィッ! ……な、何なのよ、さっきから! だ――大丈……ど、どこかで頭でもぶつけたのッ? マジでキモ怖いんだけど!」
――ハル姉ちゃんと羽海が、顔を引き攣らせながら、ドアを盾にするようにして、俺を覗き込んでいるのを見たのだった……。
今回のサブタイトルは、CHAGEandASKAの『なぜに君は帰らない』から取りました(^_^)v