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ほーん? でっ、とMENTION

 俺たちがフードコートの建物を出たのは、午後2時半過ぎだった。

 まだ3時前だというのに、12月の日射しは早くもオレンジ色がかってきていて、吹き荒ぶ風も氷のように冷たい。

 俺たちは、思わず上衣の襟を立てて寒さを凌ぎながら、早足で園内を彷徨う。


「次……どこに行こっか?」


 園内マップを開きながら、早瀬がみんなに尋ねる。

 俺とシュウは、困った顔をして、首を傾げた。


「そうだなぁ……。でも、殆どのアトラクションは、もう回っちゃったからなぁ」

「うーん……。じゃあ、池の方に行って、スワンボートにでも乗るか?」

「えー……、こんなに寒いのに、池の上でボートになんて乗ったら、私凍っちゃうかも……」


 シュウの提案に、早瀬が苦笑いを浮かべながら、小刻みに首を横に振る。

 と、諏訪先輩がポツリと言った。


「そうね。止めた方がいいと思うわ。()()()()()()()()

「……え?」


 妙に引っかかる諏訪先輩の言い方に、俺は興味を抱いた。


「何ですか? 何かあるんですか、スワンボートに……?」

「うん……、まあ、大した事じゃない――ただの迷信か噂話だと思うんだけど」


 諏訪先輩は、思わせぶりに頷くと、眼鏡をクイッと上げて、言葉を継ぐ。


「――ここのスワンボートに乗ったカップルって、必ず別れるジンクスがあるらしいのよ……」

「「「あ、じゃあ、パスで」」」


 諏訪先輩の言葉に、奇しくも俺たち三人の言葉がハモった。

 俺と早瀬、そしてシュウは、思わずお互いの顔を見合わせて、一斉に噴き出した。


「ぷ、あははははっ!」

「アハハハハハハッ! 何だ今の?」

「うふふ! おかしー! タイミングぴったしだったね! ――でも、何で工藤くんまで即NGしてるの~?」

「ははは……え?」


 笑いながら、ちょこんと首を傾げて、無垢な顔で問いかけてくる早瀬を前に、訊かれたシュウは慌てて言い繕おうとするが、


「あ、ああ……いや、何つーか……その……ノリで?」


 ……全然言い繕えてねえ。

 あ……、早瀬の瞳が輝き始めたぞ。こりゃ、ひょっとしなくても、今のシュウのリアクションが、早瀬の心の――()()琴線に触れちゃったっぽいぞ……。

 ヤバい! この話題をこれ以上深掘りされたら――、


「……あ、ちょっといいかしら」


 その時――、俺とシュウの窮地を救ったのは、諏訪先輩の声だった。

 彼女は、振り向いた俺たちに向かって、広げた園内マップの端っこを指さして言った。


「ねえ。次は、ここに行けばいいんじゃないかしら? 敷地の端だけど、ここからだったらそんなに遠く無さそうだし――」

「あ――、そこは……!」


 俺たちは、諏訪先輩の指が示した、アトラクションのイラストと施設名を見て、再び顔を見合わせた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「わ~、スゴい! ものすごく雰囲気出てるよ、ここ!」


 そのアトラクションの入り口を見た早瀬が、目を輝かせて叫んだ。

 一方、俺とシュウは、思わず口元を引き攣らせる。


「いやぁ……、確かに雰囲気はバッチリだけど……」

「……これって、演出とかデザインとかじゃ無くて、素でボロいだけなんじゃ……」


 俺たちはそう呟くと、目の前に建つ寂れた建物を見上げた。


 諏訪先輩が見つけたアトラクションとは、このお化け屋敷の事だった。

 正直、某鼠王国の“ホーンテッドキャッスル”や、富士山の麓にある遊園地の“絶叫旋律迷宮”などに比べれば、桁違いにショボくてボロかった。


「というか、心なしか建物全体が歪んで、斜めになっているように見えるのは、お化けがどうのというのとは違う意味合いの恐怖を感じるんですけど……」

「……それな」


 思わず漏れた俺の呟きに、シュウも大きく頷く。

 そして、俺とシュウは大きく頷き合うと、扉の上に掲げられた色褪せた看板を見上げた。


「……“本当にあった! 口兄()いの()館”ねぇ」


 ――誤植では無い。

 客の恐怖心を煽る為なのだろう。必要以上におどろおどろしい文体で書かれた看板なのだが、手書きゆえ、“呪い”の(へん)(つくり)のバランスが悪いのと、長年風雨に晒されたせいで、“洋”のさんずいが完全に消えてしまっている為、そう読めてしまう。

 その為、お化け屋敷のアトラクションにも関わらず、どことなく微笑ましく感じてしまう……。


「ジンギスカンにされた羊の幽霊でも出てくるのかしらね……」

「ぶふっ――!」

「……どうしたの?」

「ちょ、ちょっと、諏訪先輩!」


 俺は、噴き出した瞬間に口から垂れた涎を袖元で拭いながら、諏訪先輩に抗議する。


「唐突に面白い事言わないで下さいよ! 完全に不意打ちで、心の準備が……」

「……そんなに面白い事を言ったつもりもないんだけど」


 諏訪先輩は、笑いを堪える俺の様子に首を傾げる。

 と、


「――よし、じゃあ、ペア分けどうするよ」


 というシュウの声が、耳に入った。

 途端に、キラキラ……いや、もはやギラギラという擬音の方が相応しそうな程に目を輝かせて、手を挙げた。


「あ! じゃあ、男の子と女の子で分かれようよ! 私とセンパイのペアと、高坂くんと工藤くんのペアで!」


 早瀬は、ここを好機と、俺とシュウがいちゃつけるような提案をする。

 と、すかさずシュウが首を横に振った。


「いや! やっぱり、お化け屋敷は男女ペアが定番だろ! ――俺は先輩と組むから、早瀬はヒカルと……」


 シュウもシュウで、俺と早瀬の距離を近付けようと、声を上げる。……サンキュー、シュウ!

 シュウが提案した通りの組分けになれば、俺としては万々歳なのだが、――それでは収まらないのは、もちろん早瀬だ。


「えー? ダメだよぉ、それじゃ!」


 彼女は、ぷうと頬を膨らませて、激しく首を左右に振った。


「工藤くんと高坂くんはいっしょじゃなきゃ! 別にいいじゃん、男同士だってさ……ううん! ()()()()()()()()()()()()()!」

「……あ、あの、早瀬さん……?」


 ここを前途と力が入ったせいなのか、自分の嗜好と願望が口からダダ漏れなんですけど、早瀬さん……。


「――ねっ? 高坂くんも、そう思うでしょ?」

「ふ、ふぇっ?」


 急にキラーパスを繰り出された俺は、顔面トラップを食らった石○くんの様な顔をして、目を見開く。


「いや、ここはやっぱり定番通りに、男女ペアだろ? なあ、ヒカルッ?」

「ふふぇふぇっ?」


 シュウからは160キロの剛速球を投げつけられた。珍妙な体勢で身を捩って避けようとする外○選手の様な顔をして、俺は目玉をキョロキョロと中空に彷徨わせた。

 そんな俺に、ずいっとにじり寄るシュウと早瀬。


「「さあ! どうするっ?」」

「ふ、ふぃぃい……」


 ふたりの剣幕の前に、借りてきたチワワのような顔で身を竦ませる俺。……どうしよう。どっちの意見に従っても、角が立ってしまう……。

 ――こうなったら仕方ない。ここは……、

 と、俺は諏訪先輩の顔をチラリと見て、口を開いた。


「え……ええと……じゃあ、こ、ここはふたりの意見を尊重しつつ、折衷案という事で、俺は諏訪先輩と――」

「あ、ごめんなさい。私、ここはパスするわ」

「と、おおおお~っ?」


 昇ろうとした瞬間にハシゴを外されてしまった俺は、思わず顎を外した。

 が、それは俺だけじゃなかった。

 シュウと早瀬も、驚きの表情を浮かべている。


「えと……ぱ、パスするって……どうしてっすか?」


 愕然としつつ尋ねた俺に、涼しい顔で先輩は答える。


「別に……昔からあんまり好きじゃないの、お化け屋敷って」

「あ……お化けが怖いから……とか?」

「いいえ」


 早瀬の言葉を、あっさりと否定し、先輩は言葉を継いだ。


「別にお化けだ幽霊だ妖怪だなんてものは信じてないし、居ても別にって感じなんだけど……」


 そう言うと、諏訪先輩は指を伸ばし、返り血塗れの死装束を着て、つまらなそうに欠伸を噛み殺している入場受付の人を指した。


「ああいう、お化け役をしてる人たちが、何とかして()を怖がらせようと、一生懸命お化けを演じている姿を見るのが辛いっていうか……。『こんなに頑張ってるのに、全然怖がる事が出来なくてごめんなさい』って、スタッフの人たちに罪悪感を抱いちゃうのが、ちょっと嫌で……」

「あ……そういう意味で……」


 意外な……でも、いかにも諏訪先輩らしいパスの理由に、俺たちは納得するしか無かった。

 俺たち三人は当惑した顔を見合わせる。


「じゃあ……どうしようか?」

「2-1に分けるしか無いよな……。でも、そうすると、誰が一人で入るしかなくなるけど――」

「いやぁ、お化け屋敷にひとりはちょっと……さすがに嫌だなぁ」

「――いや、別に悩む事も無いでしょ?」


 困った顔を突き合わせる俺たちに、少し呆れた声色で、諏訪先輩が割り込んだ。

 先輩は、俺達三人を順々に指さすと、くるりと中空に輪を描きながら言った。


「あなた達三人で入ればいいじゃない」

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