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LOCKET DIVE

 「……そういえば、先輩……」


 会話が一段落してから、フードコートのセルフサービスコーナーからお茶を持ってきた俺は、お茶を注いだ湯呑みを諏訪先輩の前に置きながら尋ねた。


「さっきから、何を書いてるんですか? 『Sラン勇者』は、もう予約投稿したんですよね?」

「――ありがと」


 先輩は、キーボードを打つ手を止めて、俺が置いた湯呑を手に取る。

 

「……『Sラン勇者』は完結したけど、まだ止まったままで、これから書かなきゃいけない作品が、まだ七つもあるから、ね」


 諏訪先輩はそう言うと、お茶を一口啜り、小さく息を吐いた。

 そして、再び口を開く。


「……だから、()()()()()気持ちよさそうに寝ている間に、少しでも執筆を進めておこうかなって。で――今は、『愛辛(アイカラ)』を進めてる」

「あ……『愛と呼ぶには(から)すぎる』ですか……」


 俺は、意外に思って、首を傾げた。

 『愛と呼ぶには辛すぎる』は、星鳴ソラの連載作品の中では一番新しい作品で、彼女のいる幼馴染に対して、密かな恋心を抱く少女の苦悩と葛藤を描いた、シリアスな純愛作品である。

 のべらぶでは、転生転移やチートといった要素がウケる傾向があるのだが、この『愛辛』では、そのような要素は皆無な、どちらかというと純文学に近い印象を受ける作品だ。

 そんな、のべらぶの中では異端とも言える作風にも関わらず、この『愛辛』で5ケタ近いブクマを獲得しているのはさすがと言えるが、正直、完結に向けて手を付ける順番が違うような気が……。


「次は、一番新しい作品に手を付けるんですね。……てっきり、もう少しで話がまとまりそうな『転猫』の方を先に書くのかなと思ってました」

「……」


 俺の言葉に、諏訪先輩は無言だった。

 静かに湯呑をテーブルの上に置くと、再びキーボードを打ち始め、ぽつりと呟くように言った。


「……今は、コメディを書けるような気分じゃないの」

「あ……そうですか……」


 確かにコメディは、ある程度の心の余裕が無いとなかなか書けないような気がする。気が乗らないのに、無理矢理書こうとしても、面白いものはできないだろう。


 ――でも、コメディを書けるような気分じゃないって……。ひょっとして、何か心配事でもあるのかな、諏訪先輩……。


「……あ、そ、そうだ!」


 俺は少し心配になり、殊更に明るい声を出してみせた。


「――『愛辛』、あそこからどういう展開にしましょうか? お、俺もいっしょに考えますよ!」


 そう言いながら席を立って、先輩のタブレットを覗き込もうとするが――、


「ダメッ!」


 諏訪先輩は、珍しく大声を出して、俺を制止した。

 先輩の上げた絶叫に、フードコートの客たちが一斉にこちらへ顔を向ける。

 ……その目は一様に、俺に対する非難と不審の光が宿っている。

 あ、あれ……?


「……うわぁ、アレってもしかして、DVカレシ的なヤツ? マジゲロクソ野郎じゃね?」


 斜向かいのミュンミュンが、こちらに首を巡らせ、道端の軍手を見るような目で俺を睨みながら言った。

 ――って! ち、違えよ! DVじゃねえから! ……つか、それ以前に彼氏じゃねえよ!


「いや……違くね?」


 ……お。アッツン、アンタは分かってくれるか!


「……あの冴えねえツラ……ありゃ、彼氏じゃなくてストーカーじゃね? マッポ呼ぶか……?」


 ――って、おいぃぃぃぃぃっ! 違えええええよ!


「……ぷっ」

「って、何噴き出してるんですか、先輩ぃぃぃぃ!」

「……ごめん」


 俯いて肩を震わせる諏訪先輩に、涙目で抗議する俺。

 ――と、その時、


「ん~? どうしたの~、高坂くん?」

「ひゃっ!」


 不意に背後から声をかけられた俺はびっくりして、思わず頭のてっぺんから変な声が出てしまう。

 慌てて振り返ると、キョトンとした表情の可愛い子が、首を傾げていた。


「あ……は、早瀬さん!」

「……たっだいま~! 高坂くん、センパイ!」

「お、やっと起きたのか、ヒカル!」


 早瀬の後ろから、シュウもやってきた。

 俺は、内心穏やかでないながらも、一生懸命平静を装いつつ、ふたりに尋ねる。


「ふ……ふたりとも、何かイベントに行ってたんだって? そ、その……『ベストカップルコンテスト』とか何とか……」

「「……あ、うん……」」


 俺の問いに、ふたりは同時に気まずそうな表情を浮かべた。そのタイミングがあまりにもシンクロしすぎていて、まるで本当のカップルみたいで、それを見た俺の心をざわつかせた。

 ――と、シュウが手をブンブンと振りながら、声を上ずらせて言う。


「あ! ち、違うからな! さっき……何か、イベントの担当の人がここに来てさ! 『参加者の集まりが悪いから、出てくれないか?』って誘われたから……。はじめは、お前の事を起こそうとしたんだけど、全然起きなくてさ……それで――」

「え……?」


 シュウの釈明に、俺は目を丸くした。


「あ……誘われた……? そ……そんな感じだったの……? 俺はてっきり――」


 思っていたのと少し違う話に、俺は慌てて諏訪先輩の方を見た。


「す……諏訪先輩ィ? 話が少し違くないっすか?」

「私は、『ふたりとも乗り気だった』としか言っていないわよ。そこから勝手に変な推測をしたのは、あなたよ」

「――う……ふえぇ……?」


 ……そう言われて、思い返してみれば、確かに先輩の言うとおりだ。でも――、


「いや……確かにそうかもしれませんけど……でも、係の人に勧誘されての事だったんなら、初めからそう言ってくれれば――」

「でも、訊かれなかったから」

「……むー!」


 しれっとした顔で諏訪先輩に、俺は思わず頬を膨らませる。

 だが、正直……いや、かなりホッとしたのも確かだ。

 俺は、小さく溜息を吐くと、シュウの顔を見て尋ねた。


「まあいいや……。で、どうだったの?」

「あ……うん……」


 俺の問いに、目を泳がせながらシュウは答える。


「一応……優勝した」

「すごかったんだよ~、工藤くん!」


 どことなくバツの悪そうな顔のシュウとは打って変わって、早瀬は満面の笑顔で得意げに言った。


「決勝戦の、お姫様だっこ競走でも、ぶっちぎりでトップだったんだよー!」

「お……うぉひめさまだっこォっ?」


 俺は、衝撃的な単語に、思わず顎を外した。

 しゅ、シュウ……! お、お前、早瀬をお姫様抱っこしやがったのかぁ……? うらやまひどいぞコノヤロー!

 ――と、心が修羅場状態の俺の凍りついた笑顔を前にしながらも、早瀬は一向に気が付かぬ様子で、ニコニコと笑いながら言葉を継いだ。


「カッコ良くて、若い女の人のお客さんが、めっちゃ応援してた~!」

「へ……へぇ~……! す、すげえじゃん」


 心底嬉しそうな早瀬を前に、肚の中で複雑な感情が渦を巻くのを感じながら、俺は引き攣った微笑みを浮かべる。

 ――と、早瀬が思わせぶりに目配せを送ってきた。


「あー、そういえば、喉が渇いちゃってたんだ。――高坂くん、お水汲んでこよ!」


 そう言うと、俺をちょいちょいと手招きする。

 俺は戸惑いながら、テーブルの上の湯呑に目を落とす。


「あ……いや。俺……まだお茶が……」

「……はぁ」


 俺の答えに、大きな溜息を吐いたのは、諏訪先輩だった。

 そして、湯呑を一気に呷ると、空になったそれを俺に突きつけた。


「高坂くん、お茶のおかわりおねがい」

「……へ?」


 状況が良く分からず、目をぱちくりさせる俺に、先輩は苛立った様子で言葉を重ねた。


「――だから、おかわり持って来て。()()()()()()()()

「え……ええと――」

「は・や・く!」

「あ……あ、はい!」


 俺は、諏訪先輩に半ば追い立てられるように、セルフサービスコーナーへと向かう。その傍らには早瀬が……。

 ――と、不意に服の袖を引っ張られた。

 引っ張られた方へ顔を向けると、そのすぐ側に早瀬の小ぶりな顔があった。


「ふ、ふぇっ? は……早瀬……さ――?」

「――高坂くん、これあげる!」


 驚きの声を上げる俺の手に、何かを握らせながら、耳元で早瀬が小声で囁きかけてきた。

 彼女の息が頬にかかり、俺は心拍数が急上昇するのを感じながら、掌を開いた。


「えと……こ、これは……?」

「さっきの『ベストカップルコンテスト』の優勝記念品だよ!」


 それは、金色のロケットペンダントだった。開閉するロケットの部分は、遊園地のマスコットキャラのひとり、レオ奈ちゃんの顔をかたどったデザインになっている。

 俺は、ペンダントと早瀬の顔を交互に見ながら、首を傾げた。


「ええと……な、何でこれを、俺に?」

「これ、ペアなの」


 早瀬は、俺の手の中のペンダントを指さしながら言った。


「もうひとつは、ライ夫くんの顔になってて、工藤くんが持ってる」

「しゅ、シュウが……?」


 ……どうも、話が見えない。

 ペンダントのもう片方をシュウが持っているからといって、それが何だって言うんだろ……?

 そんな俺の疑問をよそに、早瀬は興奮した様子で捲し立てる。


「何かね! このペンダントを持ってるカップルは、ずーっとラブラブでいられるっていう御利益(ごりやく)があるんだってさ!」

「か……カップル……ラブラブ……?」


 ……って、もしかして――。

 はっとした顔をした俺に、早瀬は満面の笑顔を向けて、大きく頷いた。


「そ! だから、私が高坂くんにこのペンダントをあげれば、高坂くんと工藤くんがずっとラブラブになるって事になるでしょ!」

「うぇ――ま……まあ、理屈上はそうなるかもだけど……」

「だからさ――」


 早瀬は、嫌な予感が当たってしまい、思わず顔を引き攣らせた俺にキラキラと輝く瞳を向けて、力強く言った。


「高坂くん、告白頑張って! 私も応援してるし、ペンダントの御利益もあるから、絶対大丈夫だよ! だから、自信持って、ねっ!」

「お……」


 一点の曇りも無い、早瀬の輝く瞳に見つめられた俺は、鯉のように口をパクパクさせる。

 こういう状況下で、どう返せば(リアクションすれば)正解なのか……頭の中で必死に言葉を探しながら。

 ――そして、

 たっぷり30秒ほどそうして、ようやく出てきた言葉は、


「う……うん! が……頑張る……よ! あ……ありがとう……うん」


 だった……。


 ま、

 まだだ、まだ焦る時間じゃ無い。


 ……絶対……きっと……恐らく……多分…………。

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