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シュウせんせいの弁当箱

 その後、俺たちは園内を回って、いくつかのアトラクションを楽しんだ。

 北武園遊園地で一番人気のジェットコースターで、魂を飛ばされかけたり(怖いのが苦手だと言っていた諏訪先輩は、どんなに誘っても頑として乗らなかった)、コーヒーカップで一緒に乗り込んだシュウに、めちゃくちゃ回されて嘔吐一歩手前まで酔わされたり……あれ、楽しいのか、コレ?


 ……まあ、そんな感じで色々あって、お昼になり、俺たちは場内のフードコートへと集まったのだが――、


「あれ? 高坂くん、お弁当持って来てないの?」


 訝し気な早瀬の言葉に、俺はドキリとしつつ頷いた。


「あ……う、うん……。うっかり……」


 ……嘘である。

 何せ、家族がまだイビキをかいて寝ている早朝……いやむしろ、“未明”と言った方が良い様な時間帯に家を出てきたのである。

 母さんに弁当を頼むこともできず、かといって、包丁もろくに握った事のない俺が、自分で弁当を作る様なスキルも甲斐性も皆無だ……。

 よって、今俺が担いでいるリュックの中には、総額500円以内に収めたおやつ類と、『遠足のしおり』――そして、俺専用の『秘密のしおり』だけしか入っていない……。

 ……それにしても、


「……お前は、ちゃんと弁当持って来てんのかよ」


 俺は、微妙にがたつく木製の椅子に腰を据え、ウキウキした様子で弁当の包みを解くシュウを恨めし気に見た。

 そんな俺の視線も意に介さず、シュウは弁当箱のふたを開ける。

 シュウの、普通の1.5倍はありそうな巨大な弁当箱には、唐揚げやらウインナーやらだし巻き玉子やらが、所狭しと詰め込まれていた。

 俺は、思わず湧いた生唾を飲み込みながら、シュウに訊く。


「物凄い量だな……。つか、家から走ってきたんだったら、お前も相当早く家を出てるはずじゃねえの? おばさんが早起きして作ってくれたのか、その弁当……?」

「いや、違うよ?」

「……へ?」


 シュウの答えに、俺は目を丸くした。

 首を傾げつつ、更にシュウに尋ねる。


「じゃあ、誰が――」

「そりゃ、おふくろじゃなかったら、一人しかいねえだろ?」

「え! ひょっとして、工藤くんが作ったの、そのお弁当?」


 驚きの声を上げたのは、早瀬だった。


「すごくない? この唐揚げとか……これも?」

「あ、うん」

「え~、すごーい!」


 あっさりと頷いたシュウに、早瀬は感嘆の声を上げた。


「この唐揚げ、すごく美味しそうだし、だし巻き玉子もキレイ! まるで、お店で売ってるお惣菜みたいじゃん! こんなのを自分で作ったなんて……天才だよ、工藤くん!」

「そ……そんなに言われるほどかなぁ?」


 早瀬からの惜しみ無い賛辞を受けたシュウは、柄にもなく照れている。


「結構、手抜きして作ってるし……。唐揚げは、前日に液体の塩麴に漬けて味を染み込ませたのを、朝に小麦粉つけて揚げただけだし、だし巻き玉子だって、味付けは砂糖とめんつゆと粉末だしを適当にぶち込んだだけだし……」

「そういう、適切な手抜き(・・・・・・)をできる人を、『料理上手な人』って呼ぶのよ」


 謙遜するシュウに、静かに言葉をかけたのは諏訪先輩だった。


「すごいわよ、工藤くん。男の人で、こんなに料理ができる人って、なかなかいないんじゃない?」

「そ……そっすかね……」


 シュウは、僅かに頬を赤らめながら、ポリポリと頭を掻いた。


「まあ……オレん家は、おふくろが忙しいから、必要に迫られた結果、それなりに覚えたって感じですけどね……」

「ううん、全然スゴいよ、工藤くん! 尊敬しちゃうんだけどー!」


 照れるシュウに、目を輝かせながら早瀬は言った。


「私なんか、お母さんに料理を習ってるのに、全然上手くならないもん。今日のこれも、ほとんどお母さんが作ったものだし……」

「……私も、ご飯炊いたくらいで、あとは出来合いのお惣菜と冷凍食品を詰めただけだしね。とても工藤くんには敵わないわ」


 同年代の女子ふたりから絶賛されて、シュウは照れまくった様子で、頻りに目をパチパチさせている。

 一人蚊帳の外に置かれた形の俺は、激しい疎外感を感じつつ、場を繋ぐ為に財布の中身を確認したりしてみせる。

 うーん……気まずい。

 ――と、早瀬が俺の顔をチラリと見て、僅かに微笑みかけてきた。

 急に微笑みかけられた俺は、思わず息を呑みつつ、その意味を図りかねて、小さく首を傾げる。

 すると早瀬は、軽くウインクをすると、突然言った。


「っていうか、いいよねえ、高坂くん! ()()()()()()()()()()()()!」

「――は?」

「ふぁ……ファッ?」


 早瀬の唐突な発言に、シュウと俺は思わず声を上げる。その反応も意に介さず、彼女は言葉を続けた。


「だって、こんなに料理上手な人が一緒にいてくれたら、毎日美味しいご飯が食べられるじゃない! すごく幸せじゃない? ――ね、高坂くん!」

「あ……」


 その言葉で、俺は早瀬の意図を理解した。そうか……そういう話の流れにしたいのか、この()は……。


「あ……ああ、うん。そ――そうだね、うん……」


 返す言葉に迷いつつ、曖昧に首を振った。

 と、ふと見ると、複雑そうな表情を浮かべるシュウと、怪訝そうに首を傾げる諏訪先輩の姿が視界に入る。


 ――こ、この話題は、これ以上膨らませると色々とマズい気がする……。


 そう判断した俺は、慌てて首を巡らせると、入り口脇の発券機を指さして声を上げる。


「あ……。じゃ、じゃあ俺、弁当無いからさ。あそこでカレーかラーメンか、適当なモン買ってくるよ」


 『弁当が無ければ、買えばいいじゃない』――どこぞの王妃様の様なセリフが頭の中で反響するのを聴きながら、俺は苦笑いを拵える。

 そして、くるりと踵を返し、発券機に向かって歩き出そうとし――、

 突然、コートの袖を掴まれた。


「え……?」

「いいよいいよ、高坂くん、買ってこなくて! ――私のお弁当、分けてあげるからさっ」

「……え?」


 俺の袖を引っ張って引き止めた早瀬の言葉に、思わず目をぱちくりとさせる。

 そして、慌てて首を激しく横に振る。


「あ……い、いや、いいよ! 金ならあるし――」

「そうじゃなくて! せっかくみんながお弁当なのに、高坂くんひとりだけがラーメンじゃ、仲間外れになっちゃうじゃない。遠足なんだから、ちゃんとお弁当食べないとダメだよ!」

「え……ええ~……?」


 早瀬の謎のこだわりに、当惑する俺。

 そんな俺にはお構いなしに、早瀬は自分の弁当箱のフタを俺の前に置くと、そのの上に弁当の中身を分け始めた。


「じゃ、高坂くんには、このタコさんウインナーと……ポテサラあげるよ! ……あ、おむすびも1コあげるね~」

「……じゃ、私は、ミートボール、かぼちゃコロッケを半分」


 諏訪先輩も、自分の分から選り分けたおかずを置いてくれた。

 するとシュウも、


「よし、なら俺も、弁当を忘れたカワイソウなヒカル君に、この俺様が腕によりをかけた唐揚げとだし巻き玉子を恵んで進ぜよう。泣いて喜べ♪」


 と、おどけた調子で唐揚げとだし巻き玉子を加えた。


「お……おお……」


 俺は言葉に困って、とりあえず、はにかみ笑いを浮かべてみせる。

 ――つか、シュウの言葉通り、普通に涙出そうなんですけど……。


「ええと……あ、ありがと……ゴザイマス」


 思わず片言になりながら、俺はみんなに頭を下げた。

 ――と、早瀬が何故か目を逸らしながら、緑色の何かをさらに載せてきた。


「……じゃ、ついでに、このピーマンの炒め物も全部あげるね~」

「……えと、早瀬さん……」


 俺は、弁当箱のフタの上にこんもりとうず高く積もったピーマンの炒め物を見ながら、ニコリと微笑(わら)って早瀬に言った。


「……このピーマン、普通に嫌いだから、俺に分けたでしょ」

「…………ごめん」

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