Under the Ferris Wheel
10時になり、北武園遊園地の正門が開くと同時に、俺たちは一番乗りで入場した。
さすがにクリスマスイブという事もあって、北武園遊園地はお客さんでいっぱい……という事もなく、心持ち前に来た時よりは人が多いかな? と感じる程度の混み具合だった。
だが、園内のあちこちには、クリスマスらしい飾り付けがされており、遊園地のマスコットキャラであるライ夫くんやレオ奈ちゃん、そしてチクペンちゃんも、クリスマスバージョンの仮装をして、小さい子供たちに向かって愛想を振りまいている。
――ライ夫くんやレオ奈ちゃんがサンタの赤装束なのはいいのだが、チクペンちゃんの着ぐるみが、何故か雪だるまで、着ぐるみに着ぐるみを重ねた結果、まるで自爆前のセ〇のような出で立ちになっているのが、些か滑稽ではあったが……。
そんな、どこかウキウキした園内の空気の中で、俺たちは案内板の園内マップを見上げて、これからの予定を相談する。
「じゃあ、最初は何から乗ろうか? いきなりジェットコースター行っちゃう? それとも、バイキング?」
ウキウキとした様子で、早瀬がみんなに尋ねる。彼女の輝くばかりの満面の笑みを前に、俺の顔も思わず綻ぶ。
「……どうしたの、高坂くん? そんな、硫酸で溶かされたエイリアンみたいな顔をして……」
「た、例えがヒド……あ、いや、何でもないっす……」
眉を顰めた諏訪先輩の言葉に、俺の爽やかな笑顔は凍りつく。
と、
「今、オレらがいるのって、ここだろ?」
シュウがそう言うと、その高身長を生かして、案内板の『現在地』と赤字で書かれた部分を指さした。
そして、その指をついと動かし、水しぶきを上げる乗り物のイラストの上で止まった。
「そしたら……一番近い乗り物は――これだな。こっから回ればいいんじゃね?」
「……って、そりゃウォーターライドじゃねえかよ」
シュウの指先が示すアトラクションの名前を読んだ俺は、頬を引き攣らせる。
「水流に乗って、勢いよく下っていって、水被りまくるヤツだろ、それ。こんな真冬でびしょ濡れになりてえのかよ、お前は」
「うーんと、初っ端からびしょ濡れは困るなぁ。着替えも持ってきてないし」
「……いや、初っ端でも最後でも、水浸しは勘弁だよ……。こんな真冬でびしょ濡れになったら、凍死確定なんですがそれは……」
早瀬のピントのズレた答えに、更に鋭角に口の端を引き攣らせる俺。
「っていうか、ウォーターライドは、冬季休業中みたい」
と、入場口で受け取ったパンフレットに目を落としていた諏訪先輩が、ぽつりと言う。
「ま、当然ね。さすがに、わざわざ冬にウォーターライドに乗りたがる人は、そんなに多くないでしょうから……」
「えー、やってないんだぁ、残念……」
「結構面白そうなんだけどなぁ……」
「……」
……真冬にウォーターライドに乗りたがる物好きが、ここに二人ほどいます、諏訪先輩……。
「うーん……。じゃ、その次に近い乗り物は……っと」
しぶしぶウォーターライドを諦めたシュウは、気を取り直して、更に指を動かし――、
「――あれか」
そう呟くと、俺たちの後方を指さした。
その指につられ、俺たちはクルリと振り返る。
――俺たちの目に、晴れ上がった冬空の中に堂々と立つ、巨大な円状の建造物が映った。
「……大観覧車――!」
「いいんじゃね? 遊園地と言えば観覧車だしさ。ちょっと退屈だけどな」
と、眩しそうに観覧車を見上げるシュウの言葉に、諏訪先輩も頷いた。
「そうね。いいんじゃない? 私は、怖いのはちょっと苦手だし……。むしろ、観覧車にずっと乗ってたいけど」
「じゃ、そうしよ――」
「――ダメッ!」
強い拒絶の声が、観覧車で纏まりかけた流れをぶった切った。
俺たちはビックリして、一斉に振り返る。
――さっきまでとは打って変わって、真剣な顔でぶんぶんと必死に首を横に振っていたのは、早瀬だった。
「ダメだよぉ……! 観覧車は、一番最後じゃないと……ダメなの!」
「「……?」」
早瀬の必死な様子に、諏訪先輩とシュウは、怪訝そうに顔を見合わせた。
「早瀬さん、どうして? ……どうして、観覧車が最後じゃないといけないの?」
「え……ええと……。そ、それは……」
諏訪先輩の問いかけに、何故か言い淀む早瀬。
――と、俺は、早瀬が俺に向かって、しきりに目配せを送って来るのに気が付いた。
(え……? な……何……?)
俺は、彼女の意図が分からず、目を丸くして、早瀬に向かって首を傾げる。
すると、早瀬がぷうと頬を膨らませた。
「……もう……!」
……あれ? 早瀬、俺に苛立ってる感じ? 俺が鈍いから……?
でも……そう言われても、早瀬が俺に何を伝えようとしているのか、良く解ら――。
「ん……?」
と、俺は、早瀬の口元が、微かに動いているのに気付いた。
……どうやら、俺に何かを口パクで伝えたいみたいだ。
俺は、彼女の形のいい唇の動きに注目し、その意味を読み取らんとする。
なになに……い……お……い……? し――お……?
――あ! ……『しおり』か!
俺は、ようやく思い出した。
『しおり』――即ち、俺と早瀬だけが持っている『秘密のしおり』の“行動予定表”。その最後の行に記されていた一文――
『18:00 高坂くん……工藤くんといっしょに観覧車に乗り、上がる花火を見ながら“告白”する!』
と、いう記述を。
……あ、だからか。
早瀬は観覧車を、俺とシュウの告白の舞台にしたいんだ。……だから今、そのカードを使ってしまうのを避けようとしてるのか……。
早瀬の態度が腑に落ちた俺は、心の中で思わず苦笑いを浮かべ、それから早瀬に力強く頷き返す。
そして、大きく咳払いをして、喉を湿らせると声を上げた。
「あ……ええと!」
「……ん? 何、ヒカル?」
「どうしたの、急に?」
俺の突然の発言に、シュウと諏訪先輩は、訝し気な顔を今度は俺に向けた。
「あ……お、俺もさ、観覧車は後回しでもいいかなー……って」
そう言いながら俺は、パンフレットに挟まっていたチラシを引っ張り出し、ふたりに見せながら言葉を継ぐ。
「ほ……ほら、コレ! 今日、夜の6時から、クリスマスの特別花火ショーがやるじゃん! ……どうせなら、その時に乗ろうぜ! 少しでも近いとこから観た方が迫力あるし、き、キレイだぜ、絶対!」
「いや、まあ、確かにそうだけどよ。別に、二回乗っても良くね――」
「……工藤くん」
不満そうに反論しようとするシュウの、ジャージの袖をそっと引いたのは諏訪先輩だった。
シュウは、「え? 何すか、先輩……」と言葉を返そうとした様子だったが、ふと何かに気付いたように目を見開くと、「ああ……そゆことね……」と呟く。
そして、俺に向かって片目を瞑ってみせると、早瀬の方に顔を向けて大きく頷いた。
「……オッケー。分かったよ、早瀬。じゃ、観覧車は最後の楽しみに取っておくことにしようぜ」
「……! うん! そうしよっ!」
シュウの言葉に、早瀬はあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「じゃ、最初はどこにしよっか? 最初はコーヒーカップ? それとも、軽めにバイキングにする?」
「えと……ここのバイキングって、とても“軽め”なんて言えるようなレベルじゃなかったような気がするんだけど……」
「じゃ、やっぱ、ここは王道のスクリームコースターで!」
「って! 何しれっと最恐のアトラクションを提案してるんだよ、シュウ!」
――と、最初に乗るアトラクションを何にするかで大いに盛り上がる俺たちだったが、
(18時か……俺が早瀬に告白するまで、あと8時間を切ったのか……)
今のやり取りで、刻々と迫る“運命の時”の存在を再認識した俺は、微かに笑顔を強張らせるのであった――。
今回のサブタイトルの元ネタは、ヘルマン・ヘッセの名作「車輪の下」の英語タイトル「Under the Wheel」からです。
「Under the Ferris Wheel」即ち、「観覧車の下」(笑)。