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9時だヨ! 全員集合!

 ハル姉ちゃんの通知を切った俺は、黙ってLANEのアプリを閉じた。

 そして、スマホの液晶画面の時刻表示を確認する。

 ――8時47分。


「ええと……。そ、そろそろ、どっちかが着いてもいい頃ですよね?」

「え……ええ、そうね、多分……」


 気を取り直して話題を変えようとした俺に、諏訪先輩も乗ってきた。

 俺は、駅舎の方を振り仰ぐと、天井から下がっている電光掲示板を読む。


「うんと……。次の電車が着くのは、8時52分ですね。多分、この電車に乗って来ると思います」


 そう言いながら――俺は、やにわに己の心臓の鼓動が早まるのを感じていた。

 ――もう少し。あと5分ちょいで、早瀬がやって来る……!

 と――、


「……あ」


 ふとある事に気が付き、たちまち俺の心にどんより雲がかかり始めた……。


「……どうしたの? 急に表情が暗くなったけど……」

「あ……いや、その……」


 俺の表情の変化に、諏訪先輩は目敏く気が付いた。心配して……というよりは興味津々といった感じで聞き返してきた諏訪先輩に、俺はしどろもどろになりつつ目を泳がせる。


 ……俺の脳裏を過ったのは、早瀬の私服のセンスが、いわゆるアレな件の事である。

 シュウには、何度か早瀬の服の話はしてあるし、あいつが退院する時に私服姿の彼女を見ているから、今日、早瀬がどんな格好をしていたとしても、驚く事は無いだろう。……まあ、ドン引くかもしれないが。


 でも、諏訪先輩は早瀬の私服姿を、まだ一度も見ていないはずだ。

 初見で、事前知識無しであの独特なコーディネートを目の当りにしたら、驚くどころの話じゃないのではないだろうか……?


 ――だったら逆に、今のうちに言っておいて、心の準備を整えておいて頂いた方が、驚きも少なくなるのではないだろうか?

 ……よし。


「……実はですね。早瀬の私服の事なんですが……」


 俺は決断を下すと、おずおずと諏訪先輩に向かって口を開く。


「私服? ……早瀬さんの? ――それが、どうしたの?」


 案の定、諏訪先輩はキョトンとした顔を見せて、ちょこんと首を傾げてみせた。俺は、軽く頷くと言葉をつづける。


「あのですね……。実は早瀬、なかなか変……奇ば……()()()()センスをしてまして……」

「……独創的?」


 俺の言葉に、諏訪先輩の首の角度が、更に急になった。


「どういう意味? よく分からないけど……」

「つまりですね……。は、早瀬の服のセンスは、普通の人のそれとはちょっと……その、ズレてまして……。何も知らないで目の当たりにすると、結構ビックリしちゃうかもなぁ~……って」

「……何だ、そんな事か」


 俺の言葉に意外にも、拍子抜けしたと言わんばかりの顔をする諏訪先輩。

 そんな先輩を前に、俺は思わず気色ばむ。


「いや! 先輩は、まだ早瀬の私服姿を見た事が無いから、そんな事を言えるんですって! マジでヤバ……驚きますからね! ――この前、ハル姉ちゃんにビフォーアフターされる前の先輩も、結構アレでしたけど、それよ――!」

「……その言い草だと、以前(まえ)の私のファッションも、ヤバかったっていう事よね?」

「も……もが……」


 ヤバい……、つい口が滑って、余計な事を――!

 俺は、即座に後悔し、『今のは口が滑っただけです!』と伝えたかったのだが、急に伸びてきた諏訪先輩の手によって、口を鷲掴みされてしまっているせいで、釈明の言葉を発することを封じられた。


「モガ……モガが……!」

「……まあ確かに、前の私は、ファッションになんて、とんと無頓着だったわよ。……高坂くん家で、ハルちゃんさんと出かける時に、羽海ちゃんに『イモ臭い商店街のおばちゃんみたいな恰好』だって言われちゃったしね……」

「あ……やっぱり気にしてた――で、痛でででで! す、すんません!」


 不用意な一言に、砕けよとばかりに、俺の口を挟む諏訪先輩の握力に一層の力が加わった。俺は悲鳴を上げつつ、必死で先輩に謝る。

 ――と、その時、


「あ、おっはよー、みんな! ……て、何してるの、高坂くん?」

「「あ……」」


 背後の改札口から、聞き慣れた元気いっぱいの声が聞こえ、俺と諏訪先輩は同時に声を上げた。

 そして先輩が、俺の口を掴んでいた手を放すと、すーっと距離を取る。

 俺は、痛む顎を摩りながら、さっきまでの胸の高鳴りがぶり返すのを感じた。体中の血液が俺の身体を巡っている、ゴオオオッという音が、ハッキリと聞こえる。


「は……早瀬……さん!」


 俺は、緊張と嬉しさと後ろめたさで声を上ずらせながら、クルリと振り返る。……大急ぎで、彼女が着てきたであろう奇抜なファッションに対する心理的防御壁(A・Tフィー〇ド)を張り巡らしながら――。


「お……おはよう、早瀬さ……んんん?」

「おはよ、高坂くん! いい天気だねー♪」


 ――俺の張った、万全の防御態勢は、見事に肩透かしを食らった。

 ニコニコと笑いかけてきた早瀬は……見慣れた学校指定のジャージ姿だった。……もっとも、その上には、この前一緒に『新撰組契風録』の映画を見に行った時と同じ、中二病全開のファー付き黒ロングコートを羽織って、例のBLキャラ缶バッジマシマシリュックを背負ってはいたが……。

 つか、前に見た時よりも缶バッジ増えてねえか、コレ?


 ――とはいえ、予想よりはずっと普通だった早瀬の格好に、俺は安堵すると同時に、疑問も浮かんだ。


「……あの、早瀬さん? 何でジャージなの、あなた……?」


 同じ疑問を、諏訪先輩も抱いたらしい。俺が尋ねるよりも早く訊かれてしまった。

 一方、疑問を投げつけられた早瀬は、キョトンとした表情を浮かべて、小首を傾げた。


「え? だって……遠足といえばジャージじゃないですか?」

「そ……そう……かな……?」

「それに……、遊園地って中広いし、色々と身体を動かすし……。ジャージの方が、いっぱい楽しめるかなぁって」

「な……なるほど……」


 うん、彼女の言う事も間違いではない。……最適解でもないが。

 何はともあれ、良かった良かった……!


 ……でも、このままじゃ、ジャージ姿の早瀬に告白する事になるわけで……

 ホントに良かったのか、コレ?


 ……と、俺が頭を悩ませていると、


「そういえば……工藤くんって、まだ来てないの?」


 キョロキョロして、辺りを見回しながら、早瀬が俺たちに尋ねた。

 彼女の問いかけに、俺と諏訪先輩は頷く。


「……そういえば、まだ来ないな」

「早瀬さんが乗ってきた電車には居なかったの?」

「あ、はい……。電車の中ガラガラだったけど、工藤くんみたいな人は見ませんでしたね……」


 俺たちは、一緒に眉を顰めた。

 ふと俺は、電光掲示板を見上げる。

 ――北武遊園地行きの電車が、次に到着する時刻は、9時8分だ。この電車では、集合時間に間に合わない……。


「……電車に乗り遅れたのかな?」

「それとも、寝坊しちゃったから……?」

「……あり得る」


 俺は、諏訪先輩の推測に同意せざるを得なかった。

 そういえば、あいつも眠れないとか言って、午前2時過ぎまで起きてジョギングしてたんだった……。

 ひょっとして、あの後二度寝して、まだ布団の中だとか……?


「ああ~、ありそう……それ、めっちゃありそうなヤツじゃんか……」


 俺は、思わず頭を抱えた。

 でも、だったらいつまでもこうしちゃいられない。取り敢えず、アイツのLANEにメッセージを入れて――!

 と、スマホを取り出し、LANEを起ち上げようとした時ーー、


「――おーい!」


 と、微かな声が聞こえた。それと併せて、タッタッタッタッというリズミカルな音も……。


「あ! 工藤くんだ!」


 早瀬が、嬉しそうな声を上げて、駅舎とは逆の方向を指さした。

 その声に俺も振り返り、彼女の指さす先に目を向ける。

 確かに見慣れた長身の男が、こちらに向かって手を振りながら、どんどんこちらに近付いてくる。


「――本当だ。でも……何で、駅と逆方向から……?」


 俺は、驚きつつも首を傾げる。

 そうしている内に、シュウは軽快な足取りで走ってきて、ついに俺たちと合流した。


「……8時58分! ギリギリセーフ!」


 シュウは、自分の腕時計に目を遣り、時刻を確認すると、二カッと爽やかな笑みを浮かべた。

 俺は、今日の未明に会った時と同じジャージ姿のシュウに、湧き上がった疑問をぶつけてみた。


「な……なあ、シュウ?」

「よっ、ヒカル! 5時間ぶりだな!」

「いや……そういうのはいいから。つか、何でお前、あっちから走ってきたんだ? いつの電車に乗ってきたんだよ、お前……?」

「電車?」


 シュウは、俺の問いかけにキョトンとした顔をすると、首を横に振った。


「いや? 別にオレは、電車に乗ってねえぞ?」

「は?」


 今度は、俺の方がキョトンとする番だった。


「いや、電車に乗ってないって……。じゃあ、何に乗ってここまで来たんだよ、お前?」

「いや、だから、何にも乗ってねえって」


 そう言うと、シュウは自分の脚をパァンと叩いて言った。


「走ってきたんだよ、この脚で」

「はぁ? 走ってきたぁ?」


 俺は唖然として、声をひっくり返した。


「いや……お前、ウチからここまで、何キロあると思ってんだよ……? この辺りは結構な山道だし……」

「言うても、10キロちょいだろ? 走りゃあ、そんなにかかんねえよ。眠気覚ましに丁度良かったぜ」


 呆れ顔の俺を余所に、シュウはすました顔で言ってのけた。

 そして、親指を立てながら、俺に向けてウインクまでしてきやがった。


「今度はお前も一緒にどうだ、ヒカル? 結構、気持ちいいぜ」

「……遠慮しとく。俺は、お前みたいな体力馬鹿じゃないからさ……」


 俺は、辟易とした表情で、シュウの誘いを断った。

 ……視界の片隅で、早瀬が、


「工藤くんが高坂くんに……『一緒にどうだ?』『結構、気持ちいいぜ』だって……! 尊い……尊い……」


と、うわ言の様に呟いているのを見留めつつ、全力でソレが見えていないフリをしながら……。

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