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アタシを遊園地に連れてって

 その日の夜。


「ヒカル? 明日は何時くらいに帰ってくるの?」


 リビングのソファに寝転んで、明日のイメトレに没頭していた俺に、台所から母さんが声をかけてきた。


「え……あ、ああ、うん、多分……8時か……9時か……いや、もしかしたら、7時半くらいかも……」


 俺は閉じていた目を開けて、ムクリと身を起こすと、微妙に言葉を濁しながら答えた。

 俺の答えに、母さんは眉を顰めて首を傾げる。


「何か、ハッキリしないわねぇ。でも、早くても7時半って事は、晩ご飯はシュウ君たちといっしょに、外で食べてくるって事? だったら、アンタのご飯は用意しなくてもいいかしら?」

「あ……ああ、いいよ、別に用意しなくて」


 俺がそう答えると、母さんは、味噌汁をかき混ぜながら「あっそう」とだけ言って、小さく頷いた。

 母さんの話が終わったと判断した俺は、壁に掛けられた時計にチラリと目を遣る。時計の針は、丁度6時を指していた。


 ――明日の今頃、俺は早瀬に告白している……はずだ。


 そう考えただけで、俺の心臓はバクバクと高鳴り、頬と頭が熱くなってポワーッとしてしまう。


 ……って、オイィィィッ! 今の内から緊張してどうするんだよ、俺!


 俺は、慌てて頭をブンブンと振って、トビかけた意識を引き戻す。

 ぶっちゃけ、今までの事から考えると、肝心な所でビビってしまって、結局告白できないまま解散となってしまう可能性が高い。

 俺のヘタレっぷりは、他ならぬ俺自身が一番分かっている……。

 ――だが、もはやそんな事は言ってられない。俺は、絶対に明日でケリをつけなければならないんだ。

 俺への想いを封じ込めて、苦手な勉強をあれだけ頑張ってまで、俺の片想いに協力してくれたシュウと、俺の我が儘に付き合う為に、頑張って『Sラン勇者と幼子魔王』を書き上げてくれた諏訪先輩……。

 ふたりの気持ちに応える為にも、肝心の俺がヘタれる訳にはいかないんだ。


 ――その為には、明日起こるであろう、あらゆる可能性を今の内に考えておいて、どんなイレギュラーな事態が発生したとしても、冷静に対処できるようにしておかなきゃ……。


 そう考えた俺は、再びソファの肘掛けを枕にして寝転がり、目を閉じる。

 ……さっきはどこまでシミュレーションしてたっけ? ……そうそう、俺が早瀬を観覧車に誘って、打ち上がり始めた花火を背景にして――、


「愚ぅ~兄ぃ~ッ!」


 その時、地獄の底から響いてきたような、ドスの効いた叫びと共に、寝転がった俺の無防備な鳩尾(みぞおち)に何かがめり込んだ。


「――ッゲボォォオ~ッ!」

 完全な不意打ちを食らった俺は、身体をくの字に折って悶絶する。


「う……羽海……おま、な……何をする――」

「うるさいッ、この愚兄ッ!」


 俺の抗議の声も無視して絶叫した羽海は、苦しむ俺の襟首を掴んで無理矢理起き上がらせる。

 そして、般若もかくやといった形相で、俺の顔を睨めつける。

 妹の放つ殺意の波動に内心でビビりつつ、俺はなけなしの“兄としての威厳”を掻き集めて言った。


「な……何だよ、羽海……! お、俺は今忙しいんだよ、色々と……」

「……ソファでゴロゴロしてるようにしか見えなかったけど?」

「い……色々あるんだよぉ、男の子には!」

「――んな事はどうでもいいッ!」

「あがが……!」


 俺の背後に回り込んで、チョークスリーパーを極めながら、羽海は叫んだ。


「愚兄! 今聞こえたけど……シュウちゃんと出かけるって本当(マジ)ィ?」


 げ……、さっきの母さんとの話、聞かれてたのか……!


「何よ! アタシそんなの聞いてない!」

「そ……そりゃあ、言ってないモン……」

「何でよ! 何で母さんには言って、アタシとお姉ちゃんには言ってくれないのよ!」

「そ……それは、出かける為に、母さんからお年玉の前借りしないといけなかったから……」

「だったら! お姉ちゃんはともかく、可愛い妹のアタシには言ってくれていいじゃない!」

「……自分で自分を『可愛い妹』とか言っちゃって……恥ずかしくね? ……デデデデ!」


 俺の首を絞める羽海の腕に、更に力が籠もる。


「う、ウルサいっ! この……クソ愚兄ッ!」

「ご、ゴメン……! 今のはちょっと言い過ぎた! て、ぎ……ギブギブ!」


 どんどんと力を増していくチョークスリーパーに命の危険を感じた俺は、朦朧とし始めた意識の中で、必死で羽海の腕をタップする。


「お……折れる! し、絞まるじゃなくて……首、折れ――!」

「――あ、ゴメン」


 さすがに『熊殺し』ならぬ『兄殺し』の異名を得る気は無かったようで、羽海は慌てて、俺の首をロックしていた腕を外した。

 が、すぐさま、荒い息を吐く俺の胸倉を掴んで、激しく前後に揺さぶり始める。


「んがっ? んがぐぐ……!」


 間髪を入れぬ追撃に、俺は目をぐるんぐるんさせながら、苦悶の声を上げた。

 そんな俺に向かって、容赦無く羽海は怒鳴る。


「……で、何で黙ってたのよ!」


 ――な、何で黙ってたって、そりゃあ……。


「何とか言いなさいよ!」

「……」

「……あくまでも言わないつもりなんだ! ……じゃあ、いいわよ!」

「……?」

「――だったら、アタシもいっしょに行く! 行って、シュウちゃんと遊ぶ! ついでにクリスマス効果でラブラブになる! だから連れてけ、愚兄ィッ!」


 ――こうなるからだよ。


「さあ、『喜んでお連れします羽海お嬢様』って言えぇっ、愚け……いや、お兄ちゃん(・・・・・)!」

「お……おま、卑怯だぞ! いっつも、こういう時ばっかり“お兄ちゃん”呼びしやがって……!」


 ミエミエのおべっかだという事はバレバレなんだけど、日頃“愚兄”呼びしかされていないから、ちょっと嬉しい……。

 そして、つい(ほだ)され――。


「……だが、断る!」

「ナニッ!」


 俺が毅然とした態度で拒否した事に、羽海の声が裏返った。だが、こればっかりは、どうあっても譲れない!

 俺は、キッと羽海を見据えると、やたらと彫りの深い劇画調の顔をして、愕然としている羽海に言ってやった。


「……この高坂晄が最も好きな事のひとつは、駄々を捏ねれば言う事を聞くと思ってる妹に『NO』と断ってやる事だ!」

「この……クソキモバカ愚兄ッ! ウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザウザアァッ!」

「グブワァァァァッ!」


 涙目の羽海による、怒りの往復ビンタラッシュを食らった俺は為す術も無く、あえなくソファの上へと倒れ込んだのだった……。



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