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CHEAT CRUSADERS

 突然現れた早瀬には俺も驚かされたが、小田原の驚愕っぷりは、それとは比較にならなかった。

 彼は、目を零れ落ちんばかりに見開き、酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら、俺と早瀬を交互に指さし、うわごとのようにブツブツと呟く。


「へ……? ど、どうして、コーサカ氏と? え? 何で顔見知り……?」

「ま……まあ、色々あってね……」


 俺は、頭を掻きながら、照れ気味で答える。が、その心の中は、優越感で満ち満ちていた。

 小田原は、俺の答えに納得がいかないとばかりに激しく(かぶり)を振り、顔をホオズキよりも真っ赤にして叫んだ。


「ば、バカなぁ! そ……そんなバカな! ぼ、ボカア、キミの事をし……信じていたのに! キミこそ、ボクと同じ、選ばれし陰キャ聖十字軍(クルセイダーズ)四騎将のひとりなんだ――って!」

「……おい、勝手に人をそんな厨二くさい組織の幹部に祭り上げてるんじゃねえ」


 ひとり悶絶する小田原に、冷たい視線を送りつつ、顔を引き攣らせる俺。

 と、


「あ! あなた、確か……小田原クンだよね!」

「ひゃ! ひゃ……ひゃいっ?」


 小田原風に言えば、さしずめ“神聖陽キャ王国第一聖女”に比定されるであろう早瀬から、気さくに名を呼ばれ、自称陰キャ聖十字軍(クルセイダーズ)四騎将“蒼空(そら)翔る真なる熾天使(セラフ)”は、声を裏返す。その反応(リアクション)は、紛う事なき陰キャエリートのそれだった。

 一方の、正真正銘陽キャの美女神(ウェヌス)と呼ぶに相応しい早瀬は、小田原の挙動不審極まる様子にも、特に気にする様子は無く、とびっきりの笑顔を向けて言った。


「工藤くんに英語を教えてたのって、あなただよね? 高坂くんから聞いたよ!」

「ふぇっ? あ……あはひ、そ、そう……いぐざくとりぃ……でふ……」


 ……なにが“いぐざくとりぃ”だ。

 早瀬の問いかけに、さっきよりもずっと顔を真っ赤にしながら、小田原はペコペコと何度も頷く。その様は、まるで東北地方のお土産の“赤べこ”のようだ。

 その姿には、もはや陰キャ聖十字軍(クルセイダーズ)四騎将の威厳など欠片も存在しない……。いや、そもそも、“陰キャの威厳”って何だろ……(哲学)?

 だが、挙動不審のフルコース状態な小田原にも、早瀬は『にぱあ』という擬音がピッタリな柔らかい笑顔を向けた。

 その瞬間、小田原の頭の上から蒸気が噴き上がる。


「もし良かったら、今度私にも教えてくれないかな、英語? 実は、私もあんまり得意じゃ無いんだよね……えへへ」

「ふ……ふぇ……ふぁ、ファーッ?」


 はにかみ笑いと共に紡がれた早瀬の言葉に、小田原は再び、脳天から突き抜けたような奇声を上げた。そして、目を白黒どころか七色に変えながら、まるでパンクロッカーのヘッドバンギングのように、頭を激しく上下に振りながら絶叫する。


「も、も、もももモチロンですゥッ! こ、この小田原翔真! この命に代えてもォゥ!」

「ぷっ! 面白いね、小田原くん」


 小田原のオーバーアクションに、手で口を押さえながらクスクスと笑う早瀬。そんな彼女を傍らで見ている俺の顔は、さしずめ水でふやけたアンパ○マンか、やせいのメタ○ンのようだ。

 と、突然小田原は俺の方に振り返り、気色の悪い笑みを満面に浮かべた。

 俺の背中に怖気が走る。


「い、いやぁ~、こ……コーサカ氏! ぼ、ボカァ、キミと友誼を交わす事が出来て、ホントーに良かったよぉ!」

「あ……ああ、そう! そ、それは良かったッ!」


 俺と熱い抱擁(ハグ)を交わそうとして、小田原が広げた両手から、某天剣の人の縮地もかくやというスピードで距離を取る俺。

 小田原は、ちょっと残念そうな顔をしつつ、小田原はカバンを肩にかけ直して、俺に会釈した。


「じゃ……じゃあ、ボクはそろそろ失礼するとするよ。……さっきの件、宜しく頼むよ、コーサカ氏……」

「お……おう、了解」


 小田原の言葉に、俺は慌てて頷いて、自分のカバンを叩いた。


「必ず……渡しとくから、うん。また来年、な」

「……スィーユウネクストイヤァ、ミスタ・コーサカ」


 俺の挨拶に、本場仕込みのネイティブイングリッシュ(?)で応えた小田原は、次いで早瀬の方に体を向ける。

 そして、身体をモジモジさせながら、陰キャ特有の下目線とモゴモゴした口調で、早瀬に言った。


「あ……あの……ああの……ぅ」

「? どうしたの、小田原くん?」

「あひゃっ! す……スミマセン……!」


 ……陽キャに声をかけられると、反射的に謝ってしまうのは、『陰キャあるある』のひとつである。

 と、


「あ……あの!」


 小田原は、爆発寸前の完全体○ルのような顔つきで、一気に捲し立てる。


「あの良いお年をまた来年会いましょうお元気で早瀬さん!」


 そう言い捨てると、クルリと踵を返し、そのまま小走りで立ち去っていく。


「ぷっ……! うん。良いお年を! また来年ね、小田原くん」


 小田原の言葉に、また吹き出しながら、早瀬は彼の背中に向けて手を振る。

 次の瞬間、小田原は足を縺れさせ、盛大にスッ転んだ。


「あっ……大丈夫かな? 小田原くん……」

「あ……多分大丈夫。――ほら、物凄い勢いで走っていった」


 律儀に心配する早瀬を安心させようと、俺は脱兎……というよりは猪突猛進の如き勢いで、一目散に走り去る小田原のずんぐりとした背中を指さした。


「あ、ホントだ。お――い、小田わ――」

「あ……そこは触れないであげて。本人、メッチャ恥ずかしいやつだから」


 と、俺は、小さくなる小田原の背中に声をかけようとする早瀬を制する。

 早瀬は「あ、確かにそうだね……」と頷くと、くすくすと笑いながら言った。


「何だか面白い人だったねぇ、小田原くん。……何だか、会ったばっかりの頃の高坂くんみたい」

「お……俺ェ? アレが……俺みたいだって?」


 心外極まる早瀬の言葉に、俺は口をあんぐりと開け、愕然とする。


「そ……そんな訳ないでしょ? お……俺は、もうちょっとマシだったよ……ウン!」

「そうかなぁ?」


 俺の抗議に、ちょこんと首を傾げる早瀬。

 ……仮に他の奴に言われたら大激怒不可避なのだが、他ならぬ早瀬相手では、怒るに怒れない……。

 ――と、早瀬がハッとした顔をして、自分のカバンに手を突っ込んだ。


「あ、そうそう! 大事な事を忘れるところだった!」


 そう言いながら、彼女がカバンの中から取り出したのは、A4の紙をホチキスで綴じた小冊子だった。

 それを見た俺は、首を傾げる。


「あれ……? それって、昨日渡された『遠足のしおり』? 何で、もう一冊……?」

「うふふ……ちょっと違うんだよ、コレは」


 早瀬はそう言いながらほくそ笑み、表紙を上にして、俺に冊子を差し出してきた。

 俺は、早瀬から受け取った冊子を受け取り、上面に書かれたタイトルに目を走らせる。


「なになに……『ラブラブ! クリスマスイブお楽しみ遠足 in 北武園ゆうえんち! ~夕陽にむせぶ観覧車の下で、ふたりの恋はジェットコースター?~』……ファッ?」

「えへへ~、スゴいでしょ?」


 大きな丸に小さな丸が連なった……多分、観覧車らしき建造物の前で、ふたりの人間らしきものが絡み合っているように見えるイラストと、まるで2時間サスペンスドラマの煽りタイトルのような表題に、思わず目を点にした俺にしたり顔で早瀬が言った。


「昨日みんなに渡したしおりは、あくまでカモフラージュ。ほんとのしおりは、コッチなんだ~! メインターゲットの工藤くんに見せる訳にはいかないからね!」

「お……おおう……」

「タイムスケジュールもしっかり組んであるから、お昼の間はふたりで楽しく遊んで、だんだんとムードを盛り上げて……日が暮れてから、メモリアル花火が始まる直前に、観覧車の下で……きゃー、カンペキ!」

「お……おおおおおう……」


 明日の事を想像して、指を組みながら黄色い悲鳴を上げる早瀬を前に、俺は顔を引き攣らせる。

 と、早瀬が、俺の方に身体を乗り出した。俺は、急速に近付いてきた早瀬の顔と、仄かに鼻腔をくすぐるシャンプーの香りにドギマギしてしまう。


「は……早瀬……さん?」

「明日頑張ろうね、高坂くん! いよいよ決戦だよー!」

「あ……は、はい……」

「大丈夫! 高坂くんだったら、きっと成功するよ! 私も応援してるからッ!」

「あ……は、はい……頑張ります……ハイ」


 俺は、明日自分が頑張るべき、本来の(・・・)対象自身に激励され、困り笑いを浮かべつつ頷いた。


 ――うわぁ、頑張ろう……。

 明日で……この宙ぶらりんな状況を終わりにしよう。


 ――マジで。

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