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伝えられないことがあるんだ

 ――12月23日。


 いよいよ、俺が男を見せる予定のクリスマスイブ前日である。

 高校は終業式で、午前中で終わりだった。

 昨日、諏訪先輩が言っていた通り、文芸部は休みで、シュウは野球部のミーティングに出席すると言って、終業のチャイムが鳴ったと同時に、野球部の部室へと走って行ったので、俺は一人で家に帰る事にした。

 冬休みの間の暫しの別れを惜しんだり、明日の予定を話し合うグループの隙間を縫って、俺は足早に昇降口へと向かう。……どうせ、シュウ以外に、俺にわざわざ声をかけてくる奴なんていないんだから、長居は無用だ。

 ……ふ、フンッ! さ……寂しくなんか……無いもんね!


「やあ、コーサカ氏。もう帰るのかい?」


 ……いや、居た。わざわざ、陰キャの俺に話しかけてくる物好きな奴……。


「――ああ、小田原。……そうだけど、それが何か?」


 俺は、秘かに溜息を吐くと、顔だけを小田原に向けて、言葉を返した。

 すると小田原は、妙にモジモジしながら言う。


「あ……いやあ……別に深いアレでは無いんだがね。……今日は、文芸部には行かないのかな――と、ふと気になって……ね」

「え? あ、ああ……うん」


 俺は、小田原の答えに、目をパチクリさせながら頷いた。


「ちょっと昨日、シュウの再試験対策で大変だったからさ。今日は休みにしようって、諏訪先輩が言ってたから――」


 そこまで言って、シュウの試験勉強には、小田原にも協力してもらってた事を思い出し、俺は慌てて姿勢を正した。


「あ、そうだ。まだ小田原には言ってなかったっけか。――お陰様で、シュウは再試をクリアできたよ。……辛うじてだけど。――ありがとう、アイツに英語を教えてくれて」

「ふぇ? ふぁの……ほの……」


 深々と頭を下げた俺を前に、明らかに狼狽した様子の小田原は、口から意味不明の奇声を上げながら、目を白黒させた。


「え……ご、ゴホン、ゴホン!」


 そして、わざとらしく咳払いをすると、脂の浮いた眼鏡を頻りにクイクイしながら言う。


「あ……そ、それはさっき、クドー氏本人からも聞いたし……。ま……まあ……とりあえず良かったじゃないか、うん。――ぼ、ボクから言わせれば、彼の英語力はまだまだだけどね、フン!」


 ……まるで、敵から味方になったライバルが、ちょっとだけ主人公を認めた時のようなセリフを吐く小田原。

 俺は思わず吹き出した。


「ぷっ! 分かった分かった。まったくもって仰る通りですよ、ベ○ータさん」

「だ! 誰がM字ハゲぇ?」


 俺の軽口に、顔を真っ赤にして声を荒げる小田原。

 ――と、すぐにその表情を一変させる。


「ま、まあ、そんな事はどうでも良いんだけどね、コーサカ氏」


 そう切り出すと、小田原は真剣(シリアス)な表情を浮かべた顔を、ズイッと俺に近付ける。


「ちょ! 近い! パーソナルスペース侵害、イクない!」


 俺は、反射的に仰け反って、慌てて小田原の顔面から距離を取る。早瀬や諏訪先輩なら大歓迎だが、コイツの脂ぎった顔を至近距離で見せられるのは勘弁だ。

 小田原は、拒絶された事に若干傷ついた顔をしつつ、ゴホンと咳払いをして口を開く。


「あの……だね。聞きたい事は他でもない……『Sラン勇者』の事なんだけど――」

「へ? 『Sラン勇者』……の事?」

「うん」


 身体をモゾモゾさせながら小さく頷く小田原。……いや、その小太りな身体で科を作られても、正直キショいだけなんですが……。


「あの……毎日楽しく拝読させて頂いてマス……」

「え……? あ、ありがとうございマス……」


 いきなり、改まった態度で、定型の挨拶のようなセリフを吐かれ、俺は調子を崩しながら頭を下げた。

 ……つうか、書いてるのは俺じゃねーし……。


「で……、コーサカ氏にひとつお願いしたい事があるのだけれど……」


 そう、小さい声で呟きながら、小田原はブレザーの中に手を突っ込むと、分厚い封筒を俺に差し出した。


「あ……あの、これを……先輩……星鳴ソラ先生に……渡してほしい……デス」

「へ……諏訪先輩に……?」


 俺は首を傾げながらも、小田原の手から封筒を受け取った。

 その白い封筒は、ずっしりと重く、中の便箋が多すぎるのか、封が半分開いていた。

 俺は、小田原の体温を吸って、じっとりと温かい封筒の感触に、内心で顔を(しか)めながら、彼に尋ねる。


「……何これ? ……ひょっとして、『星鳴ソラ先生に書いてほしい作品のプロット』とか? いやー、ゴメン。ウチじゃそういうのはやってないんだよねぇ」

「……いや、そういうのじゃないんだ」

「あ、違うの? ……じゃあ、ひょっとして、ラブなレター的な――」

「いやいやいやいやいやいや! 違うからァッ!」


 俺の何気ない軽口を聞いた途端、たちまち耳の先まで真っ赤にした小田原が、遠心力で吹っ飛びそうなほど、顔をブンブンと横に振った。


「ら、ラブレター……じゃなくって……ファン、…ファンレター(・・・・・・)だよっ! へ……変な詮索は止したまえ、コーサカ氏!」

「あ……ゴメン」


 俺は、必死で否定する小田原の様子を見ながら確信した。


 ――こりゃ、図星だ。


 まあ、恋愛は個人の自由だ。……にしても、あの人嫌いな小田原が、諏訪先輩にねえ……。

 ……何かが、胸の奥の方でチリついたような気がしたが、気にしない事にして、俺は小田原から渡された封筒をカバンにしまった。


「ふふ……分かったよ。丁度明日先輩に会うから、その時に渡しておくよ」

「……その含み笑いが気になるけど、頼んだよ、コーサ……んん?」


 と、安堵の表情を浮かべかけた小田原の顔が、一気に強張った。

 そして、俺の腕を強く掴んで、食らいつかんばかりの勢いで俺に尋ねる。


「あ……明日って、クリスマスイブじゃあないか! く……クリスマスイブに、キミと先輩が会うというのかい? 答えたまえコーサカ氏ぃっ!」

「え? あ……う、うん」


 しまった、余計な一言だった……。俺は心の中で失言を後悔しつつ、慌てて小田原の誤解を解こうと口を動かす。


「いや、た……確かに先輩と会うけど、べ……別に二人っきりで会うって訳じゃないよ。よ、四人で遊びに行くってだけで――」

「あ――遊びにぃ? だ、誰とだい? クリスマスイブでいっしょに、誰とどこにしっぽり遊びに行くって言うんだぁい?」

「し――しっぽりは止めろ! 何かやらしい感じがする……」

「いいから言いたまえ! キミと先輩の他には、誰と誰と、どこへ?」

「そ……そりゃもちろん、ひとりはシュウで、ええと……あとひとりは……その……」


 小田原の問いに、俺は言い淀んだ。ここで、小田原に早瀬の名前を出したら、更にややこしい事になるに違いないからだ。

 だが、小田原の追及は収まらない。


「クドー氏と……あとひとりは?」

「え……ええと……その……」

「誰なんだい? 名前を言えないような人なのかい? ……はっ! もしかして、バレたらスキャンダルになる的な――!」

「い……いやいや! 全然そんなんじゃないから!」

「じゃあ、誰なんだい? 言ってみなよ」

「い……いや……あの……」


 小田原の執拗な追及に、タジタジとなる俺。嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、どう言い逃れようか、一生懸命頭を回転させる。

 と、また一歩、小田原が俺に詰め寄った。


「さあ! 早く! 明日、キミは誰と出掛けるんだッ?」

「え……ええと――」


 ――と、その時、


「――私だよ?」


 爽やかなシャンプーの香りと共に、福音を告げる鐘の音の様な声が、俺と小田原の耳朶を打った。


「……へ? う、ウソ……」


 ポカンとした顔で、俺の背後を凝視する小田原。

 そして、

 慌てて振り返り、天使のような可愛らしい笑顔を目の当たりにした俺は、小田原と全く同じ表情になったのだった……。


「あ……は、早瀬……さん!」

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