ご集合は計画的に
――その後、
シュウの再試の赤点寸前の惨憺たる成績の事は一先ず置いておいて、俺たちは、晴れて明後日に決行が決まったお出かけの為、早瀬が作ってきた『遠足のしおり』の読み合わせをした。
「……はい! 説明は以上でーす。後は、各自で読み込んできて、当日に備えて下さーい」
俺たちの前でひとり立って、しおりの説明をしていた早瀬が、まるでホームルームでの先生のように、ニッコリと笑って言った。
と、
「あ、はいはーい! 質問いいっすか、早瀬センセ―!」
真っ直ぐ手を伸ばして、発言を求めたのはシュウだった。
早瀬は、不意打ちを食らったかのように、その目を大きく見開く。
が、すぐにその白魚の様な指を、シュウに向けて突きつけると、大きく頷いた。
「はいっ! 工藤くん、どうぞ!」
――彼女はすっかり、教壇に立つ教師になりきっているようだ。……だが、その無邪気さも――いい!
と、思わず鼻の下を伸ばす俺の傍らで、シュウは不満を露わにして、しおりの1ページ目を指さした。
「あの! 当日の集合時間なんですけど、8時に北武ゆうえんち駅に集合って、ちょっと早すぎねえっすか? つか、開園時間が10時なのに、そんなに早く行ってもしょうがないと思うんですけど!」
「まあ……そうね。ちょっと早い気がするわね」
シュウの意見に、諏訪先輩も賛同した。
が、早瀬は、シュウの意見を聞くと頬を膨らませる。
「えー、でも、クリスマスイブだよぉ。絶対に開園前から、お客さんが並んじゃうって。そしたら、開園してもすぐに入れないかもしれないじゃん。だから、早めに着いておいた方が……」
「いや……、いくらクリスマスイブだっつっても、どっかの“ランド”ならともかく、あの北武園なんだぜ? そんなガチ勢なんか来ないって!」
確かに、シュウの指摘は的を射ている。
北武園遊園地は、山のど真ん中という立地と、築45年という、そこそこくたびれた施設の為、そこまで人気のスポットだとはとても言えない。
せいぜい、地元の小学生か、小さい子供を連れたファミリー層が、お弁当持参で遊びに来る程度である。
開園前から並ぶような、バイタリティ豊かなガチ層が立ち寄る事はまず無いのだ。
「10時からの開園なら、集合はその10分前にしてもいいんじゃないかしら?」
と、諏訪先輩が意見を述べるが、シュウは更に首を横に振った。
「いやぁ、そもそも開園に間に合うように行く必要も無くないっすか? だって、メインは6時からのクリスマスイベントの花火ショーでしょ? ……だったら、いっそ昼過ぎとか、夕方集合とかでも――」
「……つか、そんな事言っておいて、本音は早起きしたくないからだろ、お前」
「バレたか」
俺の冷静な指摘に、シュウはペロリと舌を出した。
「でも……」
だが早瀬は、その柳眉を曇らせつつ、尚も抗弁する。
――そこまで拘るとは、何かよっぽど深い理由があるのか……?
「だって、遠足なんだもん……。早起きして、早めにみんなで集まった方が、遠足っぽくて楽しいじゃん……」
……いや、そんなに深い理由じゃ無かった。
と、早瀬がハッとした様子で、俺の顔を凝視しながら言った。
「じゃ、じゃあ、高坂くんは? 高坂くんはどう思う?」
ええ……ここで俺に振られるの……? ぶっちゃけ、俺はどっちでもいいんだけど……。
「「……」」
そして、同じタイミングで、シュウと諏訪先輩も顔を巡らし、俺の方をじっと凝視してくる……。
……来たな、プレッシャーッ!
「ああ……まあ……そうだねえ……」
とんだキラーパスを送られてしまった俺は、早瀬の縋るような視線を一身に浴びてドギマギしつつ、視線を宙に漂わせる。
さて……ここは、どう答えれば正解なのだろうか……?
「そ……そうだ!」
その時、俺の脳細胞に、青白い閃きの光が走った!
「た……確かあそこ、入園門の前にでっかい売店があったじゃん! ライ夫くんのグッズとか、クッキーとか売ってるとこ」
「ああ……確かにあったわね」
俺の言葉に、諏訪先輩が小さく頷いた。
「――開園するまでの間、そこで時間を潰すっていうのはどうです? 確か、売店は9時から開いてたはず……。だから、集合も9時にすれば――」
「あ! それいい!」
俺の発言に、早瀬が目を輝かせる。
そして、シュウと諏訪先輩に向かって、声を弾ませながら訴えかける。
「そうしよ、香澄先輩? 工藤くんも、それくらいならいいでしょ?」
「……ええ、私は別に構わないわ」
「ええ~……、オレはもっと遅い方が――へ?」
頷く諏訪先輩とは対照的に、不満顔をするシュウだったが、諏訪先輩に横腹を小突かれ、キョトンとした表情を浮かべ――
「……ああ、そっか……そうだった」
そう呟くと、小さな溜息といっしょに、首を縦に振った。
「……分かった。9時集合でいいよ、うん」
「よしっ、じゃあそれで! ありがとう、工藤くん! 賛成してくれて」
「……ああ」
無邪気に笑う早瀬に、複雑な表情で頷くシュウ。
そして、カバンを肩にかけると立ち上がった。
「……じゃあ、オレはもう帰るよ。ちょっと……頭を使いすぎて、ものすげえ疲れたんで」
「あ……そっか。昨日、徹夜してたんだよね……みんな」
シュウの言葉に、早瀬は慌てた様子で頷いた。
「じゃあ、今日はこれで解散って事で! じゃあ明後日、楽しもうね!」
「……うぃーす……」
早瀬の声に、シュウはどこか乾いた笑みを浮かべて、僅かにふらつきながら部屋から出ていく。
その後に続くように、諏訪先輩も立ち上がって言った。
「……じゃあ、今日は私も帰るわ。実は眠気で……結構ギリギリだったの」
「あ、はい! すみません、付き合わせちゃって……」
「ううん、大丈夫。じゃ、また明後日……」
そう早瀬に告げると、諏訪先輩は俺の方に顔を向けた。
「……高坂くん。明日は色々と準備があるだろうから、部活はお休みにしましょう」
「え? あ……はい、分かりました。――あ、そういえば……」
俺は頷きかけるが、ふとある事に気付いて、声を上げた。
「あの……『Sラン勇者』の更新は――?」
今朝、最終話まで書き上げた『Sラン勇者と幼子魔王』だが、のべらぶにアップしているのは、まだ全話では無い。一日一話ずつ更新でずっとやってきていて、あと三話分をストックとして残している。
その更新をいつ行うのか、まだそれを詰めていなかった事に気付いたのだ。
「ああ、あれね」
諏訪先輩は、まるで他人事のような感じで言うと、いつもと変わらぬ調子で答える。
「今日更新の分は、さっきアップしたわ。残り二話は……更新予約してあるわ。明日の16時と……」
先輩は、そこで一旦言葉を切ると、少し考える素振りを見せてから、再び口を開く。
「最終話は……そうね、24日の――18時に予約し直しておく事にするわ」