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しおりのテーマ

 「え……遠足のしおり……?」


 鼻高々な早瀬の言葉に、俺と諏訪先輩は、思わず顔を見合わせた。

 次いで、手元にある小冊子にもう一度目を落とす。

 コピー用紙にモノクロで印刷された表紙には、なかなか趣のある(・・・・)白いナニかと、太った黒い鳥らしきナニかのイラストが描かれていて、上面には


『チキチキ! クリスマスイブお楽しみ遠足 in 北武園ゆうえんち! ~ドキドキもあるよ♪~』


 という、今回の企画のタイトルらしきものが記されている。

 ……つうか、『チキチキ!』って、微妙にタイトル煽りのセンスが古い……。

 と、


「……ねえ、高坂くん?」

「ん……?」


 早瀬に声をかけられた俺は、しおりから顔を上げ――、


「ん? ンオおっ?」


 目の前10センチほどのところに早瀬の顔があった事に仰天し、悲鳴を裏返した。

 だが、早瀬はそんな事を気にもかけず、その大きな瞳をキラキラと輝かせながら、俺に詰め寄ってきた。


「ねえ! このしおりの表紙、どう? 可愛く描けたと思わない?」

「え……ええ……ええと……」


 俺は、彼女の期待に満ちた眼差しを受けて、しおりの表紙をもう一度見直す。


「ええと……その……あの……ううん……」


 改めて見ると、実に……その、個性的な絵だ(・・・・・・)……うん。

 俺は、彼女の独特なファッションセンスの源流を、この絵に見た気がした。

 ……だけど、それをそのまま彼女に伝える訳にはいかない。そう考えた俺は、何とか上手い言葉を探そうと、脳味噌をフル回転させる。


 ――頑張れ高坂晄(おれ)! 文芸部だろ、お前! ここでそのキャラ設定を活かさないでどうする! 歯の浮くような美辞麗句を捻り出せッ!


 俺は、心の中で自分を叱咤しつつ、恐る恐る口を開く。


「か……可愛いね、うん! まるで……その……構図が面白いみたい……というかなんというか……うん」

「……うん?」


 かーっ! 全然ダメだ、俺! 早瀬が全然ピンときてなくて、リアクションに困ってる! ……元々リアクションに困ってるのは、むしろ俺の方なんだけど……!

 こうなったら……描かれているキャラを褒めて誤魔化そう!


「こ……このライオン、遊園地のマスコットキャラのライ夫くんだよね! す……すぐ分かったよ!」

「あ、分かった? えへへ……良く描けてるでしょ?」

「う――うんうん!」


 正直、たてがみらしきものを生やした、白い謎生物にしか見えなかったので、博打を打つ気分で当てずっぽうで言ったのだが、どうやら合っていたらしい。

 良かった……早瀬の機嫌が、少し直ったみたいだ。

 ここは更に――推して参る!


「そ……それに、この黒いカラスは、あれかな……? ええと……この太りっぷりから考えて、フードコートの辺りに棲んでて、隙あらば客の食べ物を掠め取る――」

「……それ、新マスコットのチクペンちゃん……のつもり、なんだけど……」

「あ――、そ、そうなんだ……。あ……あの、ペンギンの……」


 し、しまったぁぁぁっ! 間違えたぁぁぁ!

 つうか、何だよ、『フードコートに棲んでるカラス』って!

 常識的に考えて、いくら早瀬でも、そんな害鳥を遠足のしおりの表紙に書く訳が無えだろうが、俺ェェッ!

 ……と、迂闊な己を呪いつつ、むくれる早瀬を前に、一生懸命フォローする言葉を探す俺だったが、焦りもあって、気の利いたフレーズが全く思い浮かばない。まるで飢えた鯉のように、ただただ口をパクパクさせるだけだった。

 と、


「……行き先は北武園遊園地なのね……」


 騒ぐ俺たちを余所に、しおりをパラパラとめくっていた諏訪先輩が、ぼそりと呟いた。

 これ幸いと、俺はその呟きに乗っかって、早瀬の件を誤魔化す事とする。


「あ……あれ……? 言ってませんでしたっけ? 行き先――」

「聞いてないわね」


 恐る恐る尋ねる俺をジト目で睨みながら、諏訪先輩は小さく頷く。

 やべえ……。

 てっきり、先輩には『行き先は北武園遊園地』だと、既に伝えてるもんだと思い込んでた。

 しかも、この先輩の様子……。明らかに、激しくご機嫌が斜めっていらっしゃる……。

 どうやら、地雷をひとつやり過ごせたと思ったら、こちらにも特大の地雷が埋まっていたらしい……。


 “北武園遊園地”は、県境にある貯水池・多羅湖(たらこ)からほど近い位置にある遊園地で、ここからはせいぜい、電車で30分くらいしかかからない。

 この辺りの子供たちなら、学校遠足なり、家族レジャーなりで、必ず一度は訪れた事がある、身近な場所だ。

 あそこなら、クリスマスイブでも、そんなに混まないだろうし、何より財布に優しいからという理由で、俺と早瀬は、行き先に北武園遊園地を選んだのだが……。


「あれ……? 高坂くん、香澄先輩に伝えてなかったの? この前のLANEで、高坂くんが『先輩にも伝えておきます』って言ってたから、てっきり、もう話が通ってるんだと思ってたんだけど……」

「あ……いや……その……」


 あの……早瀬さん。全く悪意は無いのだろうけど、その一言は俺に効くんです……。


 目を向けずとも、横に座る諏訪先輩の視線が、より冷たさを増して、俺に浴びせかけられているのが分かる。その冷気視線を浴びた俺の半身は、既に冷凍マグロのように凍りつきつつある。

 俺は、凝固した首をぎこちなく動かして、諏訪先輩の方を向くと、深々と頭を下げる。


「す……すみません、先輩……! ちょっと、ここ数日色々あって、う……ウッカリしちゃってました。ご……ごめんなさい!」

「あ……香澄先輩、私もごめんなさい。高坂くんに任せっぱなしにしてしまって。私からも伝えておけば良かったです……」


 俺に続いて、諏訪先輩に謝った早瀬は、俺にもペコリと頭を下げた。


「高坂くんもごめんね……。工藤くんの事で大変だったのに、先輩への連絡を丸投げしちゃって……」

「ファッ? い、いやいやいやいや! な……何で早瀬さんが謝るの?」


 突然、早瀬に頭を下げられた俺は、動転しながらブンブンと首を横に振った。


「は……早瀬さんは全然悪くないよ! 引き受けておいて、忘れた俺が悪いんだから――」

「そうね。早瀬さんが謝る事なんて無いわ。全~部、ウッカリして、伝えるべき事を伝えなかった高坂くんの頭が悪かったんだから、ね」

「ぐ……グムムー……」


 諏訪先輩の辛辣な言葉にも、俺はぐうの音も出ずに、顔をしわくちゃに顰めつつ頷くしか無い。


「て……。あ、ひょっとして、香澄先輩は北武園遊園地じゃイヤですか……? だったら、今から別の場所に代えて、しおりを作り直しますけど――」


 と、早瀬がオドオドとした顔で諏訪先輩に尋ねたが、先輩は僅かに眼鏡の奥の目を大きくさせると、小さく首を横に振った。


「あ……ううん。それは別に構わないわ。――逆に、この辺りで一日飽きずに過ごせるような場所って、あそこ以外無いでしょうしね……」


 ――先輩の言う通りである。この辺りは、田舎とまでは言わないが、都会とも言い難い中途半端な位置にある。渋谷や池袋・新宿などに出るには、電車を乗り継いで1時間以上かかるし、日本最大のレジャー施設である某鼠王国に至っては、更にその向こう側だ。

 第一、出かける日はクリスマスイブである。

 カップルとかカップルとかカップルとかで、その辺りの人出は凄まじいであろう事は想像に難くない。

 そんなリア充と陽キャが溢れ返る中で、早瀬に告白するなんて――想像するだけで、俺には無理っ!

 俺は、諏訪先輩が同意してくれた事に、心の底からホッとした。


「あー、良かったぁ! 一週間かけて作ったこのしおりと計画が無駄にならなくて……」


 一方の早瀬も、安堵の微笑みをその顔に浮かべる。

 そして、手に持っていたしおりを開くと、朗らかな声で宣うのだった。


「じゃあ、これからみんなでしおりの読み合わせをしまーす。1ページ目を開いて下さーい! ……あ、ちなみに、バナナはおやつに含まれませーんっ♪」

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