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真冬の夕の夢

 夜の帳に包まれた遊園地。

 ロマンチックにライトアップされた園内に、愉しげなジングルベルの音が漂う。


『あ……あ、あの!』


 俺は、左胸が苦しいほどに跳ね回るのを感じながら、ありったけの勇気を振り絞って、五メートルほど離れたところに立つ小柄な少女の背中に声をかけた。


『ん? なぁに? 高坂くん』


 俺の声に、少女はクルリと振り向いた。少女――早瀬結絵は、いつもと同じ様な柔らかな微笑みを、俺に向けてくれた。

 俺の心臓が、更にその鼓動を早める。


『あ……あの……その……』


 彼女のクリクリした大きな目に真っ直ぐ見つめられた途端、舌が縺れる。

 そんな俺を前に、早瀬は怪訝そうに首を傾げる。


『どうしたの、高坂くん? 何か私に言いたい事があるのかな?』


 ――そりゃ、言いたい事は沢山ある。彼女の誤解を解かなきゃいけないし、その上で、ずっと黙っていて、結果的に彼女を騙していた事を謝らなければならない。

 だが……それよりも一番言いたい事は――、


『あ……あの! じ、実は……俺――』

『うん』

『お……俺……おれれれ……俺! じ――ジツ……ジツは……ッ!』

『……ん?』

『実は……その……き、キミ……黄身の事――じゃなくて、君の……黄身の……気味の……』


 あーっ、ダメだ! なぜか、舌が上手く動かない……!


『……ゴメン。何だか良く分からないから、私もう行くね』


 うわごとのように、意味の無い言葉を繰り返すばかりの俺に、困り笑いを投げかけた早瀬は、俺に背を向けると、スタスタと歩き出した。


『あ……ちが……ちょ、待って――!』


 彼女の背中に届かぬ手を伸ばし、慌てて呼び止めようとする俺だったが、早瀬はもう振り返らない。

 早瀬の姿が、どんどん遠ざかっていく――。


『ま……待って! 早瀬さん! 言うから! 今言うから、ちょっと待って――』


 ◆ ◆ ◆ ◆


「……かくん? おーい」

「むにゃ……?」


 ――そこで、俺は目を覚ました。ムクリと身を起こした俺の半開きの寝惚け眼が映したものは、オレンジ色の西日に照らされた文芸部の壁だった。

 どうやら……、激しい睡魔に襲われた俺は、思ったよりもガッツリと熟睡してしまったらしい。


「ふわぁあ……」


 俺は大きく伸びをしながら、大口を開けて欠伸をする。そして、今し方まで見ていた夢の事を思い返した。


「……つうか、なんつー不吉な夢を見ちまったんだろ……。正夢にならなきゃいいけど――」

「えー、夢? どんな夢を見てたの、高坂くん?」

「いや……まあ、クリスマスイブの――て、……アレ?」


 俺は、ぼんやりとしたまま、夢の内容を説明しようとしたところで、ふと違和感を覚えた。

 ゴシゴシと目を擦り、声のした方に目を向け――思わず目玉が飛び出そうになる。


「は――は、は、早瀬ェェェ……さんんん?」


 ――ついさっき、夜の遊園地で見た可愛らしい顔が、にへらあとした笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでいたからだ。

 彼女は、屈託のない表情を浮かべながら、半分袖で隠れた手を挙げて、ヒラヒラと振りながら言った。


「えへへ……やっと起きたね、高坂くん。ほっぺたをつんつんしても、全然目を覚まさなかったから、ちょっと心配してたんだよ~」

「ふぇっ? ほ……ほっぺたをつ……つんつん……っ!」


 は……早瀬が、早瀬の白魚の様な指が、俺の……俺の頬に触れた――だとっ?

 彼女の言葉に仰天した俺は、大急ぎで両手の指先でほっぺたを触った。……が、頬に早瀬が触った感触は、当然残っていなかった……。

 ……早瀬の指先は、どんな感触だったんだろう? やっぱり、温かかったのかな……?

 何にも覚えてないや……哀しい。


「あ……ごめん、勝手にほっぺた触っちゃって。……やっぱり、嫌だったよね……?」

「あ! い……いえ! とんでもございませんっ! むしろ、ありがとうございまぁすッ!」


 ハッとした顔で、俺に謝る早瀬に向かって、俺は深々と頭を下げた。感動のあまり、「クソありがとうございました!」と、彼女の足下に平伏したい衝動を辛うじて堪える。

 早瀬は、そんな俺を見て、クスクスと笑い出す。


「高坂くん、変なの! 何でそこで『ありがとうございます』なのぉ?」

「しょうがないわ。高坂くんも、()()()()()()だからね」


 楽しそうに笑う早瀬とは対照的に、凍りつきそうに冷たい目線を俺に向けてきたのは、マグカップを手にした諏訪先輩だった。


「はい、どうぞ。鼻の下が伸び切っただらしない顔をしてるから、コーヒーでも飲んで、少しはシャキッとしなさい」


 先輩は、俺の前にマグカップを置くと、吐き捨てるように言った。

 俺はすっかり恐縮して、オズオズとマグカップに手を伸ばしながら、ぎこちなく諏訪先輩に頭を下げる。


「あ……すみません。ありがとうございます、諏訪先輩……」

「……」


 諏訪先輩は、俺のお礼も聞こえていないように、プイッと背を向けてしまった。

 俺は、気まずさを感じつつ、マグカップに口をつけて、一口啜る。


「……て、に、苦ッ!」


 ……マグカップの中身は、闇のように真っ暗で、地獄のように苦い、濃い事この上ないブラックコーヒーだった。


「あ……あの、す、諏訪先輩……これ、ぶ、ブラックコーヒーなんすけど――」

「――それが? 眠気覚ましなんだから、ブラックの方が良いでしょ?」

「あ……はい……」

「苦いんだったら、自分でミルクと砂糖を入れなさい。そのくらい出来るでしょ?」

「あ……はい……すみませんでした……」


 な……何だろう? そこはかとなく、諏訪先輩の態度に、鋭いトゲを感じる……。


「……」

「ねえ、高坂くん!」

「は――はいっ?」


 素っ気ない態度の諏訪先輩に、重ねて声をかけようか迷いつつ、そっとマグカップを机に置いた俺に、早瀬が急に声をかけてきた。ドキリと胸を高鳴らせた俺は、早瀬の顔を直視できず、微妙に目を逸らしながら応える。


「な……何でしょう、早瀬さ――」

「ねえ。今、工藤くんが補習の再試験を受けてるって本当なの?」

「あ……あれ? し、知らなかったっけ、早瀬さん――?」

「知らないよっ!」


 てっきり、とっくに知っていると思ってた俺の問い返しに、早瀬は頬を膨らませた。


「高坂くん、LANEでも何も言ってなかったじゃん! さっき、香澄先輩から聞いて、初めて知ったよぉ!」

「あ……そ、そうだったっけ? ご……ごめん」


 早瀬の剣幕にタジタジとなりながら、取り敢えず謝る俺。

 一方の早瀬は相変わらず、頬袋にドングリを詰め込んだリスのようにむくれながら、プンプンとお怒りだ。……まあ、その怒り顔も可愛いので、怒られている俺がほっこりとした気分になっているのはナイショだ。


「もう! もっと前に知ってたら、私も工藤くんの勉強の応援したのに!」

「え……、そ、そう?」


 早瀬の言葉に、俺は驚いた。


「ひょ……ひょっとして、早瀬さんって、数学Aとか英語とか得意だった系の人……?」

「あ、ううん! 全然!」

「あ……そうなんだ。――じゃあ、応援って……?」

「……えーとね……みんなの横で『頑張れ―!』って励ます感じの……」

「あ、そのままの意味の“応援”なんだね……」


 早瀬の答えに、俺は頬を引き攣らせつつ頷く。――頷くしかない。

 と、突然早瀬がポンと手を叩いた。


「ま、それは置いといて! 今日は、みんなにこれを渡しに来たの!」


 そう言うと、早瀬は可愛らしいマスコット人形 (一見、マイナーなゆるキャラのように見えるが、実は某BLゲーの劇中に出てくるラスボスキャラ)がぶら下がったカバンを開け、ホチキス留めされた紙束を二部取り出し、俺と諏訪先輩に差し出した。


「はい、どうぞ! 時間が無かったから、ちょっと仕上げが雑になっちゃったけど……」

「へ? ……こ、これ――?」


 俺は、渡された10ページほどの冊子の表紙に視線を落とすと、思わず目を白黒させた。

 早瀬は、ニヤリと歯を見せて笑うと、胸を張って高らかに言った。


「そう! お出かけの行事には欠かせない、『遠足のしおり』だよー!」

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