人はそいつを恋と呼ぶんだぜ
ラブコメ初挑戦です!
お気に入りましたら、是非ともブクマをお願い致します(._.)オジギ
終鈴が鳴り響き、水道の蛇口を捻ったかのように、教室のドアから次々と生徒達が吐き出されていく。
俺もまた、その生徒の濁流の一滴となって、教室から流れ出る。
途中でやや小走りになって、人の間を縫いながら目的の場所へと急いだ。
少しでも、あの子よりも早く――と、俺の心は逸る。
もっとも、隣のクラスの彼女もまた、俺と同じタイミングでホームルームが終わったはずだから、待ち合わせ場所で彼女が待っているという可能性は無い。
本来ならば、呼び出した彼女が先に着いていて、その後に呼び出された立場の俺が、やって来るというのが、正しい順序ってヤツなんだろうけど、彼女が待ち構えているところへ、遅れて飛び込んでいくなんて真似は、根性がヘタレている俺にはとても出来そうに無かった。
……多分、俺を待つ彼女の姿を見た瞬間、足が竦んで動けなくなるか――そのまま回れ右して“敵前逃亡”を図るかのどちらかになるんだろうな。
……うん、情けないのは自覚してる。でも、しょうがないだろ。こちとら、生まれてこの方、女の子に呼び出される経験なんてした事がないんだからさ。
だから、何としても俺が先に待ち合わせ場所に到着して、彼女を待つ――そういう形にしたかった。
と――、
“ピロリン♪”
「――ヒッ!」
突然、胸ポケットの中から軽快な鈴の音とバイブ音が鳴り、俺はビクリと身体を震わせた。
急に素っ頓狂な悲鳴を上げた俺を横目で見ながら、女子生徒達がクスクス笑っているのに気が付き、頬が火照るのを感じながら、俺は歩調をやや緩めつつ、胸ポケットの中からスマホを取り出す。
「……誰だよ、こんな時に……」
微かに苛立ちを覚えながら、電源ボタンを押し、スマホのスリープを解除する。
明るくなったスマホのホーム画面の中央に、『新着メッセージがあります』という、LANEの通知が表示されていた。
俺が通知を指でつつくと、緑色のロゴとともに、LANEアプリが起動する。
「――シュウの奴か」
一覧画面の一番上に載った、『しゅう』のアイコンに、新着メッセージの存在を示す、赤いバッジマークが重なっていた。
俺は、『しゅう』のアイコンをタッチし、トーク画面を開く。その一番下に、最新の――つまり、今通知されたメッセージが表示されていた。
『どうだった?』
簡潔に、それだけ。
「……早えよ」
俺は、思わず苦笑を浮かべると、タッチ入力画面に返信を入力する。
『まだ着いてない』
リターンボタンを押して、メッセージを確定させる。と、その五秒後に、俺のスマホは再び震えた。
俺は、もう一度「早っ!」と呟きながら、液晶画面へと目を落とす。
『そっか』
返信は、それだけ――と、もう一度スマホが鳴り、新しいメッセージが表示される。
『がんばれ』
というメッセージと、力こぶを作った不細工な猫のスタンプだった。
それを見た俺は、歩きながら思わず頬を緩ませる。そういえばあいつは、イケメン顔に似合わず、こういうブサかわいいモノが好きだったな……。
その、間抜けな顔をした猫の顔を見て、不思議とそれまでの緊張がほぐれた。その猫とシュウに、俺は力強く背中を押された気がしたのだ。
俺は素早く、『あざっす』と入力すると、緩めていた歩調を再び早め、彼女との待ち合わせ場所へと急いだ。
◆ ◆ ◆ ◆
彼女が待ち合わせ場所に指定した、屋上へ続くA階段の踊り場には、誰も居なかった。
どうやら、彼女よりも先に待ち合わせ場所に到着するという、俺の目的は達せられたらしい。
「ふ――……」
俺は、踊り場の手すりにもたれ掛かると、早足で歩いてきた為に上がった息を整える。
…………さて、どうしよう。
ヒマだ。
急いで待ち合わせ場所に着いたはいいが、彼女がやって来るまで、俺は何をして時間を潰していたらいいだろうか。
ふと、手元のスマホに目が留まる。
ゲーム? ――いやいや。学校用のスマホという事で、俺は親からゲームのダウンロードを一切許されていない。
だったら、動画でも見るか……。
――いや、それも止した方が良いだろう。俺の閲覧履歴は、ちょっときわどいアニメとゲームのリプレイ動画ばかりだ。
女の子が見たら確実にヒく。
万が一、そんな動画を夢中で観ている最中に彼女が現れてしまったら、言い訳のしようが無い……。
「……止めとこ」
俺はそう呟くと、階段に腰を下ろした。手すりの柵に体重を預け、彼女が来るまでの間、踊り場の天井をボーッと見つめる事にする。
階段の下や窓の外から、生徒達の騒がしい声が微かに届くが、この踊り場は、まるで次元が違うかのように静かだ。……何か、落ち着く。
と、
(……いや、そもそも――)
張っていた気が緩んだからか、俺は唐突に、強い疑問を抱いた。
(そもそもさ……、何で俺はこんな所に呼び出されたんだろ? あの娘――早瀬に……?)
――早瀬結絵。
それが、俺を呼び出した娘の名だ。
俺のクラスの隣、1年C組の生徒で、学年で一・二を争う美少女だ。彼女に対する男子生徒の人気は凄まじく、遂に先日、非公認ファンクラブが結成されたという、まことしやかな噂が流れるほどだ。
そんな彼女が、よりによって、平凡を絵に描いたような――マンガだったら、確実に量産型モブ役としてしか認識されなさそうな俺に声をかけてきたのは、今日の昼休みの時だった。
早瀬に話しかけられただけで、俺にとっては天地がひっくり返るほどの衝撃だったのに、彼女は「折り入って聞きたい事があるの」と言って、放課後にこの踊り場まで来てほしいと頼んできたのだ。
その話をされた時の俺は、情けない事に、目をぐるぐる回しながら、馬鹿みたいに首を上下に振るだけだった。
そんなテンパった状態のまま、幼馴染にして親友のシュウに相談したら、
「――それって、そういう事だろ? 何を迷ってんだよ! よく言うだろ、『スウェーデン食わぬは男の恥』ってよ! 行ってこい!」
と、背中を押されるようにして、送り出された。――でも、その格言、多分間違ってるぞ、シュウ……。
――つか、そういう事って、本当にそういう事なのか? 俺には、どうしても信じられない。
だって、そうだろ? こんな、平凡が服を着て歩いているような地味な俺に、あんな可愛い子が、そういう感情を抱いてくれるものなのか?
俺なんかより、一年生にして、我が校の硬式野球部のレギュラーを勝ち取ったシュウの方が、ずっと彼女に相応しいと思うんだけど……。アイツ、中身は馬鹿だけど、外見はイケメンだし。
ん? ……もしかし――
「……くん。――高坂くん! 高坂晄くーん! お~い、聞こえますか~?」
「――へ? って、うわああっ!」
突然、背後から肩を叩かれて、現実に引き戻された俺は、その鈴を転がす様な声の主に思い当たって、文字通り仰天した。
慌てて振り返る。
「あ、高坂くん、やっと気付いた。――ゴメンね、待たせちゃったかな?」
目の前に、ついさっきまで脳裏に思い浮かべていた早瀬が立っていて、柔らかな笑みを俺に向けていた。
小柄な娘だ。制服の袖が余り気味で、手が半分隠れてしまっているのが何ともいえず――可愛らしい。
クリッとした、まるで猫のような大きな瞳に、軽く茶色に染めたショートボブが良く合っている。
色白の肌に、ほんのりと赤みの差したほっぺたはいかにも柔らかそうで、思わず触ってみたい衝動に駆られる――触れないけどね。
微笑みを湛えた形の良い唇も、ぷっくりとしていて、思わず――あ、いや、これ以上は……ッ(自主規制)!
――まあ、一言で言えば、ドチャクソ可愛い。
そんな彼女の顔が間近にあるのを意識した瞬間、俺の心臓はバクバクと音を立て始める。血の巡りが一気に早まって、自分の視界が白く飛びかけているのが分かった。
俺は、遠ざかりつつある己の意識を必死で繋ぎ止めながら、縺れる舌を懸命に動かす。
「い……いや、ぜ、ぜん――全然、待ってな――ない……です、ハイ……」
何故か語尾が敬語になっているのに気付いて、顔面が熱くなるのを感じた。
早瀬もそれに気付いたのだろう。手を口に当てて、クスクスと笑った。
「嫌だなぁ。同級生なんだから、敬語なんて止めようよ」
「あ……は、はい。そう……そうですね――じゃ、じゃなくて! そう……だね……?」
「何で、最後が疑問形なの~?」
彼女は、「おかし~」と、またひとしきり笑った。
そんな彼女のリアクションに、俺は少しカチンときた。――そして、かなりガッカリした。
どうやら、目の前の早瀬の様子だと、用件ってヤツは、俺が秘かに期待していた、“告白系”のアレではないらしい……。
そう察した瞬間、俺の体内を駆け巡っていた熱い血潮が、スーッと音を立てて一気に冷めるのを感じた。
俺は、フーッと、大きく息を吐くと、
「――で、昼休みに言ってた“聞きたい事”って、一体何なんで――何なの?」
少しぶっきらぼうな口ぶりで、彼女に訊く。
「……俺も、部活があったりで、ヒマじゃ無いから。聞きたい事があるんだったら、サッサと聞いてくれないかな」
「あ……ごめん」
俺の言葉に、早瀬は顔を真顔に戻して、ペコリと頭を下げた。
……しまった。いくら何でもキツく言い過ぎた。
俺は、オタオタとしながら、彼女に何か声を掛けようとするが――もう、緊張やら狼狽やら焦燥やらがごっちゃになってるせいで、うまく声が出てくれない。
「あ――そ、その……そういう――そういうつもりで……あの、ご、ゴメ――」
「高坂くんと、野球部の工藤くんって、仲が良いよね」
「へ……あ――、え……?」
唐突に早瀬の口から紡がれた工藤秀の名に、俺は虚を衝かれ、言葉を詰まらせた。
……何で、ここでアイツの名前が出てくるんだ?
「いっつも一緒にいるし、家も近いって聞いたけど……」
「あ……ああ、そ、そうだね。アイツとは幼稚園の頃からの腐れ縁で、まあ――友達だね……うん」
――ああ、そういう事か。
彼女の言葉に戸惑いつつ答えながら、俺は察した。
(……彼女が気になってたのは、俺なんかじゃなくて、シュウの方だったのか――)
なるほど、全て繋がった。早瀬は、告白する前に、シュウの幼馴染で、昔からアイツとつるんでた俺からシュウの情報を聞き出しておきたかったんだ。
(――謎は全て解けた! …………はあ~あ……)
俺の心は、身の程知らずな期待を持ってしまっていた情けなさと、親友に春が訪れようとしている事に対する祝福の気持ちと、ほんの少しの安堵感とがシェイクされて、まるでムースのようにグチャグチャになっていた。
一方、目の前の美少女は、そんな俺の複雑な心中など知るべくもなく、「そうなんだね……」と頷いている。
そして、その大きな瞳をキラキラと輝かせながら、俺に詰め寄ってきた。
「――で、ここからが高坂くんに聞きたい事なんだけど……」
(――来た)
俺は、接近した早瀬の髪から漂ってくる、微かなシャンプーの香りに胸の鼓動を早めつつ、来たるべき瞬間に備えて覚悟した。
――“初恋”が、“失恋”へと変わる事を、だ。
昼休みに早瀬に声をかけられて今までの、正味たったの三時間足らず。
だが、そんな短い間にも関わらず、俺は確実に彼女に特別な想いを抱いていた。
それは、生まれて初めて意識した感情だったが、間違いなく自信を持って言える。
――これは“恋”だと。
……だが、その想いは、早くも無惨に砕け散ろうとしている――。
まあ、当然だろうな。俺みたいなモブキャラが、早瀬みたいな子に恋い焦がれたのが、そもそも身の程知らずだったんだ。
井戸の底に這い蹲る蛙が、夜空に輝くお月様に手を伸ばしても、届くはずが無いだろう? ――そういう事だ、うん。
……よし、覚悟完了。
――と、俺は手際よく、心の耐衝撃体勢を整える。……だが彼女は、俺が一分の隙無く張り巡らしたはずの、心の防御壁を易々と打ち破る痛恨の一撃を繰り出してきた……!
早瀬は、目をキラキラと輝かせながら、俺に向かってこう言ったのだ。
「ねえ……高坂くんと工藤くんって、どっちが“受け”で、どっちが“攻め”なの?」
――と。
(イラスト・神野ナツメ様)
ラストのイラストは、神野ナツメ様より頂きました、この作品のヒロイン・早瀬結絵です!