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クライヴが市警本部から走り去った、僅か数分後。暫くその場に立ち尽くしていたリンもまた、重い足取りで家路についていた。
退勤にはあまりに早い時間だが、そもそも今日は本来出勤日ではない。クライヴと手を組んでからこちら、休日を返上しての連勤であったため、実務にひと段落ついた瞬間に半ば無理矢理休みを取らされたのだ。それでもたった数日行動を共にしただけの少年の行く末が気がかりで、わざわざ釈放の頃合いを狙って様子を見に来た、というのが事の真相だった。
もっとも、今となってはリン自身、その決断を酷く後悔していた。
最初に肩入れしたのは自分の方だ。だから与えられるだけの全てを与えて、その上できちんと送り出したつもりだ。その筈なのに、クライヴが最後に見せた、綺麗すぎる微笑が脳裏にこびり付いて離れない。ふと足を止めて振り返りたくなる衝動に、もう何度も駆られている。その度に、リンは自らに言い聞かせていた。
──履き違えるな。それは偽善だ。
──これ以上出来ることも、与えられるものも無い。今更のこのこと追い掛けたとして、何をしようと言うのか。
──だって、自分だって何にも持っていない。ましてやあの子が本当に必要としているものこそ、長らく持ち合わせていない癖に。
リンは確信していた。あの少年に必要なものは、温かい家庭と愛情だ。だがそれを与えられるような人種には、少年の孤独は理解出来まい。ならば、彼を救えるものは達観しかないのだ。
愛情だとか信頼だとか、尊いものは確かに人生を彩ってくれるだろう。だがそんなものが無かったとしても人間は生きられるし、生きていても良いはずなのだと、自分に伝えられる最大限で伝えたつもりだ。そうすれば少なくとも、彼も立ってはいられる筈なのだから。
今の自分と、同じように。
──本当は、最初から気付いていた。あの少年が似ているのは親友じゃない。あの眼は、今日も無事に目覚めてしまったという絶望と共に、あの頃毎朝鏡で見た──
びくり、と唐突にリンが肩を跳ねさせる。その胸ポケットでは携帯端末が身震いしながら小さく音を立てていた。
「フライアーズ。……ああアオヤマか。どうし──何?」
アオヤマからの報告に、リンが声を上げる。疑問よりも驚きが勝っていた相槌は、眉間の皺の深まりと共に、徐々に剣呑さを増していく。
数分と経たずに電話を切った頃には、リンには完全に理解出来てしまっていた。
あの子がこれからどうなって──どうすれば、救われるのか。
ぐしゃりと髪を搔き上げて、一生ものの逡巡を一瞬に押し込める。何せとにかく時間が無い。
「……ああくそ、あのバカ!」
口汚く悪態を吐くと、リンは踵を返して走り出した。




