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6-7



 クライヴの奇襲は考え得る限り最高の形で成功した。フラッシュグレネードで聴覚と視覚を封じた混乱に乗じ、真っ先にアサルトライフル持ちを狙ったクライヴは、奪い取った鈍器(アサルトライフル)で持ち主を昏倒させる。すぐさま腰だめに構えると、ようやく視界の回復し始めたレーニ一行に向け、その弾丸(なかみ)をフルオートでばら撒いた。


『もしデカい銃を拾う事があったら、勿体ぶらずに威嚇と制圧に使うのが良い。扱い慣れてない初心者にとって、あの手の銃の強みは掃射(フルオート)だ。弾丸を切れさせればただのオモチャでしかなくなるしな。景気良くブチ撒けて、怯ませた隙に体勢を整えろ』


 武器庫で告げられた忠告を思い返しながら、躊躇いなく引き金を引き絞る。不運にも良い当たりを引いたのか、端の方の男がよろめいた。目敏くそれに気付いたクライヴは、ほんの少しだけ、その男の足元に攻撃を集中させる。


 目を付けた一人が倒れたのを見届けたとほぼ同時、手元のアサルトライフルがカチンと音を立てて弾切れを告げる。クライヴは獲物を放り投げると、背の高いラックの陰に飛び込んだ。


 持ち前の機動力でラックの合間を駆け抜けながら、今度は手持ちの拳銃で断続的に鉛弾を浴びせていく。


「──あは。あはは、あっはははははははは!」


 その間中不気味な哄笑を響かせ続けていたのは、何もプレッシャーをかける意図だけではない。


 少年は、心の底から笑っていた。


 ──全く、反吐が出るくらいに笑えて来る。

 ──武器と図体と態度がでかいだけのこんな雑魚共に、今まで尻尾を振っていたなんて。


 予測不能なクライヴの動きに完全に翻弄されているレーニ達は、無理に攻め込むまでもなく闇雲に無駄弾を消費してくれる。戦術らしい戦術も立てられていないのは、筒抜けの指示を聞けば明らかだ。そのあまりの狼狽ぶりに、クライヴは心底笑いが止まらなかった。


 それまでのクライヴ自身と比べ、何か変化があった訳ではない。特殊な訓練を受けたわけでもなければ、ドーピングだって勿論していない。今出来ている事があるならば、それだけの力は最初から、とうの昔に獲得していたものだったのだ。


 以前との違いは一つ。「お前なら出来る」と、確信をもって背中を押してくれるたった一言、それだけだ。


 ──馬鹿みたいだ、なんて、単純な。


 今度は嘲笑ではなく自嘲の意味で、はは、と再び笑いが漏れる。


 銃声と怒号、そして少年の高笑いが反響する最中(さなか)、カシャン、と甲高い音が微かに響く。異質な音を耳聡く拾い上げたクライヴが敵陣を窺えば、取り巻きの一人が早くも弾切れのようだ。陣形とは到底呼べない様で並んだレーニ達の一番端で、味方によるカバーリングも無しに弾倉を交換しようとする隙を、クライヴが見逃す道理は無い。


 すかさず男へと駆け寄ると、敵が弾倉を入れ替えた銃を構える前に蹴り飛ばす。大きく体勢を崩した男の上半身を追うように踏み込んで、その頭を銃床で殴りつけた。倒れた男の脚についでとばかり一発、失血で死なない程度の場所を選んで鉛弾を撃ち込んだクライヴは、ヒットアンドアウェイの要領でラックの合間へと身を翻す。


「あはっ、何だよ! こんな事なら早く言ってくれれば良かったのに!」


 無謀にも一人突出して追って来た男に向け、クライヴは回り込んだラック越しに銃弾を浴びせる。積まれた段ボールで威力を削がれた弾丸は、しかし十分な破壊力でもって追っ手へと襲いかかった。


 倒れた追っ手の男を尻目に、少年は心からの快哉を叫ぶ。

 


「俺の方が、強いんじゃないか……!」

 


「狂ってる……」


 嗤い続ける少年に、取り巻きの男の一人がぼそりと呟いた。誰のものともつかないその台詞を拾って、クライヴの哄笑は一段と勢いを増す。


「あっははは! だってそんなの、俺を誰だと思ってんの? だからアンタら、俺をあんな名前で呼んだんだろ? ほら、言ってみろよ!」


 実際、クライヴの脳内は狂乱とは程遠い状態だった。自分の残弾と相手の弾切れは勿論、敵の意図、手癖、こちらの攻撃に対する反応──そういった要素の全てに対して、逐一計算して動いている。持てる最高速度で回転する思考はいっそ何処までもクリアだ。その計算が早すぎて、あるいは能力故の許容範囲が広すぎて、レーニ達には無謀で突拍子も無い答えに飛び付いているように見えるというだけの事だった。


「この、狂犬がぁッ‼︎」


 クライヴの煽りに応じるように、最後の取り巻きが声を上げる。だがその反応はクライヴの目には、「自分は我を失いました、どうぞ切り込んで来て下さい」という合図にしか映らない。


 男の銃の射線を避けつつ、弧を描くように回り込む。男の向こう側に位置するレーニは勿論、近距離から乱射する男の弾も、クライヴの速度を捉えきれない。外しようがない程の目前にまで肉薄した瞬間に、男の拳銃は残酷にもカシャンと高い音を立てて内部機構を露出した。


「あはっ、残念」


 男の眼前で剣呑に目を細めたクライヴが、その股間を蹴り上げる。


「ふぐぅッ⁉︎」


 奇声を上げて前屈みになった男の首筋目掛けて、クライヴは銃床を振り下ろした。あっさりと意識を手放した男を軽く蹴飛ばして、クライヴは最後に一人残ったレーニへと向き直る。


「さあ、後はアンタだけだぜ。そういや最初から俺をご指名だったっけ? お望み通り相手してやるよ」


 待たせたな、とここに来て艶めいた笑みを見せる少年に、レーニは愕然と立ち竦む。レーニの手にする自動式は、既に弾切れを示すオープンスライドのまま沈黙していた。


「あ、ああ……」


 掠れた声を上げて、レーニはわなわなと震えていた。忙しなく目を泳がせて、無意識にか一歩後ずさる。


 やがて焦点が一つ所に定まったかと思うと、レーニは唐突にぐるりと身を翻した。飛び道具を有するクライヴに無防備にも背中を見せて、全速力で走り出す。


「逃がすか!」


 クライヴは晒された背中に追撃を加えるよりも、その背を追う方を選択した。この初速、この位置関係、建物の中なら逸れる脇道もない。これなら確実に追い付ける、否、追い付いて見せる。


 しかし。


 意気込んで追跡すること僅か数十歩、階段に駆け込んだレーニは踊り場でピタリと静止した──その横顔を、明らかな恐怖に引きつらせて。


 不審なレーニの行動につられて足を止めたクライヴの耳にも、その音は確かに届いた。


 ──ごつり、ごつり。


 常とは違うアーミーブーツを鳴らしながら、階上から降りて来る影がある。紫煙を纏わせたその姿を目にして、レーニが怯えた声音で呟いた。


「ば……番犬……」


 地上へと続く階段の中段、その手に愛銃を携えて、咥え煙草のリンが悠然と降りて来る。目の前に飛び出て来たレーニを見とめると、一瞬眉を跳ねさせてから、その口元がゆっくりと弧を描く。


「ハジメマシテ、諸悪の根源。じゃあ死ね」


 皮肉げな笑みと共に、端的な挨拶を一つ。無造作に銃を構えると呆気なく引き金を引いた。


「ヒィッ‼︎」


 情けなく悲鳴を上げて頭を庇うレーニの足元で、嫌な音を立てて踊り場が爆ぜる。ついでのように足首を浅く抉られて、痛みというよりその衝撃に、レーニは倒れるように身を縮こまらせた。


 対するリンは残りの段を飛び降りるようにして一気に距離を詰めると、至近距離で銃口を突きつけて、不遜な態度で言い放つ。


「なんて、流石にそこまでの事は言わないさ。素直に投降するなら最低限の人権だけは保証してやる。悪党相手に寛大だろう? さあ、分かったら」


 レーニの額にゼロ距離で銃口を押し付けて、リンは剣呑に笑って見せる。


「跪け。勿論、両手を挙げてな」


 ごり、と額にかかる圧に、レーニの唇からは言葉にならない声しか漏れ出して来なかった。


 そろりそろりと両手を上げながら、レーニがふとリンから目を逸らす。向けられる視線に気付いたクライヴが目を合わせれば、そこに確かな意図が宿った。


 覚えのある目だ。これまでの人生でも散々、嫌になる程見てきた。都合の悪い時だけこちらを同属のように扱い、縋って来る瞳。


 助けを求めるような視線を、クライヴは鼻で笑い飛ばす。


 ──誰がお前等になんて使われてやるものか。

 ──二度と、そう、二度と御免だ。


 膝をつくレーニに中指を突き立て、クライヴは勝ち誇った顔で言い放った。


「俺らの勝ちだ。──ざまぁみろ。」



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