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6-6



 ボクサーとの戦線から離脱したクライヴは、真っ直ぐにエレベーターを目指していた。


 当初こそ奇襲の体を取っていたが、ボクサーが送り込まれた事からも察せる通り、レーニにもこの騒動は伝わっていることは間違いないだろう。連中が何処に居るかは分からないが、建物の外に逃げられる前に押さえなければならない。


 若干の焦りを抱えつつ、クライヴはエレベーターと階段の備え付けられた区画に駆け込む。以前レーニの執務室に連れて来られた時、エレベーターの自動音声は最上階の四階をアナウンスしていた。今クライヴがいるのは二階で、表示によればエレベーターは現在地下一階に止まっている。


「よりによってか……!」


 上がって来るエレベーターを待つ時間さえ惜しい。やはり階段を使うべきかと勢い身を翻しかけて。


「……ん、あれ?」


 クライヴは、ピタリとその動きを止めた。


 ──そもそも自分は今、乗る為にエレベーターを覗いたのだったか?


 一人になってすぐに、エレベーターを目指さねばならないと思った。だがそれが移動手段としてであったかと自問すれば、漠然とした違和感を覚えた。そうではない、気がする。


 クライヴは足を止め、改めてエレベーターに歩み寄る。動く気配のないエレベーターの表示は、地下一階で止まったままだ。


 ──地下、一階?


 一人立ち尽くしていたクライヴが、ぽつりと疑問を零す。


「……これ、何で地下に」


 上階か一階に止まっているのならまだ分かる。今エレベーターを使う可能性があるのは、レーニと最後に残った数人の部下しかいない。レーニの執務室はおそらく最上階である四階、彼がまだ執務室にいるのなら、それを守ろうとする部下はそちらへと向かうだろう。その部下を引き連れてレーニが戦線離脱を目論むならば、目指すのは出入り口のある地上一階だ。


 だが、現にエレベーターが止まっているのは間違いなく地下一階だった。


 ということは、つまり。


「……そこか」


 思考を超えた直観を読み解いたクライヴは口の端をつり上げ、今度こそ階段へと身を踊らせる。薄暗く螺旋を巻く階段を、跳ぶようにして駆け下りて行った。

 

 



 果たして、地下一階の倉庫にレーニを含む一行の姿はあった。一応は他の捜査員がいる可能性も考えているのか、背の高いラックが並ぶ中を、じわじわと辺りを警戒しながら進んでいる。一団の十メートルほど背後につけたクライヴは、足音を殺し、ラックの陰に身を隠しながらその後を追っていく。


 敵の数はレーニを含めて五人。その中で拳銃以上の長物を携えているのは、アサルトライフルを腰だめに構えるたった一人だけだった。


 短期間で急激に数を増やしたヴォルピーノ・ファミリー。下層部には火器など碌に行き渡っていないのが現状だ。勿論、街の治安維持という視点で言えば、細々とした反社会集団全てが一丁ずつアサルトライフルを所持しているだけでも充分な脅威だろう。だがその各部分を、しかも場馴れした人間が相手取るとなれば、碌に使い慣れてもいないアサルトライフル一丁の効力などタカが知れている。


 残りの連中が構えているのは自動式のハンドガンだが、それにしたって予備の弾倉などそう幾つも持っているものではないだろう。精々二つ、多くても三つ。運が良ければ予備など持たない間抜けの可能性だってある。総合するに、一人四十から六十発を消費させれば勝ちの目も見えてくる筈だ。その途中には勿論、弾倉交換という大きなチャンスも存在する。


 何よりも。


 パニックになった人間は、手近な暴力に頼るものだ。その弾倉に何発の弾が残っているかも知らないままに。ゲームと違って、残弾を表示してくれるほど現実は親切に出来ていない。


「……それじゃ、まずは精々ビビり散らしてもらおうか」


 クライヴはコートのポケットに手を伸ばし、武器庫から拝借してきたフラッシュグレネードを取り出した。ラックの陰から通路へと身を晒しつつ、そのピンを躊躇いなく抜く。悪どい笑みを浮かべた少年は、レーニ達へ向けてグレネードを放り投げた。





 ドン、と響いた重い衝撃音は、リンが一人残っていた二階の窓までもビリビリと揺らした。


「──お。派手に始めたもんだな、本当に堪え性の無い」


 大体の戦況を確信して、リンは一人苦笑する。


 クライヴがレーニ一行を捕捉するまでの、実に数分。その僅かな間に、二階の倉庫は惨憺たる有様と化していた。室内いっぱいに充満しているのは、硝煙と血の匂いだ。


「それじゃあ、こっちもぼちぼち切り上げるか」


 気怠げな声で、リンが呟く。一呼吸すると、咥えた煙草が辺りに新たな香りを漂わせた。


「つまる所さ。お前がやってるのは何処まで行ってもボクシングなんだよ」


 ふぅ、と紫煙と共に嘆息するリンは、当然のように無傷でボクサーを見下ろしている。所々衣服に付いた血飛沫は、その全てがボクサーからの返り血だ。


「ここはリングじゃない、戦場だ。ジャッジもタイムも存在しないなりのやり方ってもんがある。おまけに土壇場で銃器に頼ろうとしやがって、それで勝てるならプロなんて要らないだろうが」


 なぁ、と問うた先は、既に同じ目線の高さには無い。


「ク、ソ……この、バケモンが……!」


 リンが落とした視線の先、血塗れの床に倒れ伏したボクサーは最早満身創痍だった。脚には肉を削ぐような銃創が何箇所も刻まれ、ズボンを赤黒く染め上げている。左腕が碌に動いていないのは、鎖骨を折られて肩が動かないせいだ。とどめとばかりについ先刻、押さえ込みから右肩も脱臼させられたボクサーは、転がされた床から未だ起き上がれずにいた。


 這い蹲ったまま恨みがましく見上げて来るボクサーに、血の気が多いな、と肩を竦めて、リンは紫煙をくゆらせ続ける。


「大変なんだ、お前みたいに武器を必要としない奴を完全に無力化するってのは。精々その道を選んだ、あるいは捨てた自分を恨めよ」


 半ば独り言のような台詞をいかにも面倒臭げな声で唱えて、リンはボクサーへと歩み寄る。碌に動けずにいるボクサーの右手を左足で軽く踏み付けにすると、その親指の付け根をめがけ、解剖学的な正確さでもって容赦なく踵を振り下ろした。


 ごきり、と嫌な音がボクサーの体内に響く。


「がああああああああァァァァァァァァ‼︎」


 ボクサーの絶叫に、リンは小さく顔をしかめる。そこに同情の色は欠片ほども存在しない。ただその音量の不快さに反射的に眉を顰めただけの、ごく無感動な渋面だった。


「手、指、指が、あああぁぁぁ!」


 親指と人差し指の間があらぬ角度に拡がった右手を押さえ、ゴロゴロと転げ回るボクサーを、リンは暫し冷めた目で見下ろしていた。やがて動く気力も尽きたのか、痛みに呻くだけになったボクサーの首筋を狙って、リンは鋭いローキックを放つ。漸く静かになったボクサーを見下ろすと、やれやれと嘆息した。


 ──結果的に、あいつを余所へやったのは正解だったな。


 妙な所で自己評価の低いクライヴは、自分の動きが悪いせいでリンが攻めあぐねていると思ったようだが、その実リンの本心は他にあった。


 警察として社会一般に通用する『模範解答』だけで伸すには手がかかり過ぎるボクサー。だが、合格ラインを「死なせないこと」にまで下げるのなら、リンにとってはさして手こずる程の相手ではなかった。ただしそのやり口を大っぴらに出来るかと言えば勿論否だ。特に、クライヴの前では。


 クライヴは元々反社会的な世界で生きてきた少年で、近いうちにリンの下を離れる存在だ。折角精神的な更正の兆しを見せているのに、この一戦を見て「ここまではセーフだ」などと思われては堪らない。クライヴだけを敢えて先行させたのには、そういう意味も多分に含まれていた。


 ──まあ、一人でも充分だと判断したのは確かだが。


 思考がこの場を離れた少年へと向いたところで、リンは煙草を携帯灰皿へと押し付ける。手元の愛銃からまだ数発が残る弾倉を引き抜き、ポーチから出した予備のものと入れ替えた。ついでに眼鏡も取り出すと、服の裾で雑に血を拭って掛け直す。


「さて、加勢に行くか。もっとも、必要ないだろうけどな」


 小さく独りごちると、リンは遠く銃声が響く階下へ向かって行った。



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