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6-4



 レーニの有する倉庫は地上四階、地下一階の五階建てで、各階の倉庫は扉や壁により三、四区画ほどに分かれている。唯一の例外である一階は、細々した事務室などに場所を取られ、中央の大区画だけが倉庫になっていた。


 その一階、中央倉庫の最も開けた一角に、見るからに柄の悪そうな若者達が屯している。七、八人の男達は互いに知り合いなのか、場はかなり盛り上がっていた。ラックやキャビネットを各々机や椅子の代わりにして、やれこの間盗みに入った店は、それより先日買った女がと、悪趣味な武勇伝の語らいに花を咲かせている。


 そんな男達の様子を物陰から盗み見る影が二つ。


「お前は少し待ってろ。ここだと思うタイミングで出て来い」


 サングラスを眼鏡へと戻したリンが、クライヴへと大雑把な指示を告げる。


「ちょっと、流石に雑すぎない?」

「何、見ればすぐ分かるさ」


 一つ笑ってフードを目深に被りなおしたリンは、堂々と、しかし一切の声を上げずに男達の下へ乗り込んで行った。


「……あ? 何だお前」


 顔を隠したリンに、男の一人が誰何の声を上げる。対するリンが黙して返した銃声によって、戦端は唐突に開かれた。


 リンが手にするのは倉庫から拝借した小型の短機関銃。最早マシンピストルと称するべきコンパクトさだが、その火力は間違いなく機関銃のそれだ。躊躇いなく引き金を引き切ったリンの容赦の無い掃射に、男達は蜘蛛の子を散らすように物陰に隠れる。ある者は倉庫に並ぶラックの陰に、またある者は机がわりに転がされていた事務用のキャビネットの後ろに。リンは辺りに空薬莢をばら撒きながら、自身も逆側のラックの陰へと身を滑り込ませた。


「くそ、急に何なんだ野郎は……!」

「おいテメェら、銃出せ銃! ぶっ殺してやる‼︎」


 一旦の安全を確保してようやく武器の存在を思い出したのか、男達がちらほらと障害物の陰から銃口を覗かせ始める。しかし反撃しようと考えなしに身体を出した先から、リンの放つ弾丸に容赦なく撃ち抜かれて行く。


 男達が反撃にさえ手間取っている間に、リンと男達との間を駆け抜ける影があった。敵陣まで一気に走り込み、キャビネットをその後ろに潜む男ごと前方転回(ハンドスプリング)で飛び越えたクライヴは、体を捻って男と向き合うように着地すると陰湿な笑みを浮かべる。


「よぉ。遊んでくれる? お兄サン」


 ベルトから素早く抜いたハンドガンは武器庫で調達したもの、左手のナイフは元々リンの持っていたものだ。『お前の腕なら無理に慣れない大火力なんか持たない方が強い』、そう断言したリンの了見を裏切らず、クライヴはハンドガンとナイフだけを頼りに敵陣のど真ん中で暴れ始める。


 腕や脚の腱をナイフで正確に切りつける。銃床で敵を殴りつけ、姿勢の崩れた所に鉛弾を撃ち込む。敵の攻撃をギリギリまで引きつけて、素早く躱して同士討ちを起こさせる。男達の合間を踊るように駆けるクライヴは、あっという間に近場の三人ほどを戦闘不能に仕立て上げた。


「このガキッ!」

 運良くクライヴの戦闘範囲(レンジ)からは少し離れた所に居た男が、銃を構えようとする。その矢先、乾いた音と共に銃が手中から弾き飛ばされた。続け様に腕、肩に衝撃と激痛。顔を歪めた男が銃声の方向を見やれば、物陰から自分を狙う銃口が目に飛び込んで来た。慌ててラックの陰に飛び込む男に向け、リンは容赦なく追撃を加える。


 それはあまりにも一方的な襲撃だった。攻め手と撹乱を同時にこなすクライヴに、一定の距離を保ったまま的確な援護を行うリン。いっそ圧倒的なまでの実力差に、それでも一矢報いようとする猛者も居るには居た、が。


「あ、脚、痛え、畜生、痛ぇよぉぉ……!」

「肩、が……クソッ……」


 腕や肩、脚から血を流し、呻き這いずる仲間を見て、血気盛んだった連中も段々と血の気を失くしていく。


「く、クソクソクソっ! 何処が犬だ、こんなんバケモノじゃねぇか! やってられるかよ畜生‼︎」


 遂に耐えきれなくなったのか、応戦していた男の一人が悲鳴のように叫んで逃げ出した。敢えてそれには追撃を加えず見逃してやれば、一人また一人と脱走者に続く。動ける者は皆、瞬く間に戦線を放棄してしまった。


 倉庫の外へと駆け出して行く男達の背中に勝ち誇った笑みを向けたのも一瞬、クライヴは振り返らずに背後のリンの指示を仰ぐ。


「リン、次は⁉︎」

「雑魚を深追いする必要はない、二階まで一気に上がれ! 調子こいて飛び出すなよ!」


 怒鳴りこそしないが鋭い声は、万一敵に聞かれても対処し切れるという自信の表れか。


「ハッ、冗談!」


 鼻で笑って返したクライヴが、階段の登り口へと素早く駆け寄る。敵影が無いことを確認して、足音を立てずに階上へと足を進めた。


 ──ああ、鼓動がうるさい。


 勿論、緊張のせいはある。けれどそれが全てではない。攫われる直前、庁舎の裏でしゃがみ込んだ時と同じ類の、これはきっと高揚感だ。


 ──多分、俺は今。

 ──すごく、たのしいんだ。


 一歩間違えれば命は無い。今は幸運にも掠めただけの弾丸が、たった数十センチずれただけで死神と化す。それが分かっていて尚、こんなにも心が躍るのは、言うまでもなく背後に控えるリンが原因だ。


 戦場に遍く巡らされた視線は、当然のようにクライヴのことも捉えている。次の一手を窺う視線は、出会った時とまるで変わらぬ鋭さだ。それでもあの時と違うのは、それが味方としての配慮に満ちている事。目を逸らさないのは、前衛を見失わないため。次の手を窺うのは、その挙動を邪魔しないため。背中を守る『味方』の存在がこんなにも心強いだなんて知らなかった。


 こんな気持ちで前線に立つのは初めてで──そして、二度とないだろう。


 自分は路地裏のしがない不良で、リンは態度こそ悪いがれっきとした警察官。この共闘は、今回限り。勝っても負けてもたった一度きりだ。


そう分かっているからこそ、クライヴは全力で駆け抜ける。


いずれは至る終わりから、目を逸らそうとするように。

 


 

 

 階を一つ上がってからも、リンとクライヴの優勢は揺らがなかった。下での騒ぎを聞きつけたのか多少警戒している者もいるにはいたが、隊列を組んで待ち構える程ではない。武器を構えて顔を出した所を次々と狙い撃ちにされていく。一階の相手が持ち直したのか地下にいた連中か、階下から追ってきた男達はリンが高低差を使って早々に処理していた。


 クライヴが敵の体勢を崩させ、揺らいだ所をリンの正確な射撃が射抜く。巧みな連携で、目先の敵はあと一人、という所まで追い詰めた矢先の事だ。


 唐突な銃声が、クライヴは勿論、相手取っている男からもかけ離れた場所を二発抉る。


 自分の背後にはリンしか居ない。だが、それにしては逸れ方が妙ではなかったか──疑念を抱いたクライヴは、相手取っていた男をひとまず蹴り飛ばすと、その一瞬の隙で背後を窺う。


 ぐるりと回った視界には、銃を持つ利き手を取られたリンと、それに覆い被さる巨躯──ボクサーの姿があった。


「リン!」


 思わず叫んだクライヴと、その声に反応したボクサーの視線がかち合う。ニヤリと挑発的に笑われた、気がした。


「くっそ、あの野郎……!」


 ──暫く見ないと思ったら、こんな所で顔を出しやがって。


 舌打ちを零したクライヴは、一回転した勢いのまま正面へと向き直る。身を起こして来た男に向け、ナイフで軽くフェイントを入れながら足を掛ける。よろけて体勢を崩した所を目掛けて、そのこめかみに銃床を叩き込んだ。


 倒れた男を尻目に再び背後へと向けば、既にリンは自力で拘束を逃れていた。思わず零しかけた安堵を頭の片隅に追いやりつつ、クライヴは距離を取るリンと追撃しようと迫るボクサーとの間に割って入る。


 小柄な体躯を活かし、リンの陰に隠れるようにしてボクサーの拳を避ける。ボクサーの脇を潜るように懐に入り込み、銃を構える素振りを見せれば、流石に反射神経の良いボクサーはバックステップで大きく距離を取った。


 目論見通り数歩下がったリンに合わせ、クライヴはその左斜め前に位置取った。何かあればすぐに庇える、しかしリンが攻め手に出る時には邪魔にならない絶妙なポジションだ。


 リンもクライヴもお互いに無言。その視界は両者ともボクサーが占めている。しかし、どちらかが動けば合わせられるよう、常に互いへと注意を払っていた。


 そんな気配を感じ取ってか、ボクサーは口の端を歪め、嫌な笑いを浮かべて見せる。


「何だよ! すっかり手懐けられてんじゃねぇか、クソガキ」


 クライヴ単体に視線をやって、小馬鹿にしたように言う。


「番犬を嵌めた時は案外見所あんのかと思ったんだがなぁ。『狂犬』が聞いて呆れるぜ、サツのイヌに成り下がりやがって」

「警察の手駒になったつもりはねぇよ」


 ボクサーの嘲笑を、クライヴの鋭い視線が受けて立つ。


「でも。そのひとに手ぇ出すんなら容赦しない」

「『容赦しない』? ハッ、テメェみたいなド底辺に何が出来るっつーんだよ! 精々ブツでもしゃぶってろよビッチが‼︎」


 言葉尻を捉え、卑猥な手付きと共に嗤うボクサーに、クライヴは一つ舌を鳴らした。


 ここでボクサーに立ちはだかられるのが厄介なのは確かだ。周囲の警戒網を、リンは「一応」と称していた。雑魚はいくら逃しても構わないが、大本命であるレーニを確実に捕らえられるかと言えば微妙な所だろう。


 かと言ってボクサーの膂力は本物だ、一人で抑えられる程の相手でもない。時間稼ぎとしてはあまりにも露骨だが、実際それに乗る以外の選択肢が無かった。


 歯噛みするクライヴは、天井の隅からぶら下がる監視カメラをちらりと見遣る。


 ──少しはまともな采配も出来るんじゃねぇか。


 無機質なレンズ越しにこちらを見ているであろうレーニを睥睨する。舌打ちの音は思いの外大きく響いた。

 



「潮時だな」


 数日前にクライヴが通された、レーニの執務室。パソコンを睨みつけていた部屋の主人は、静かに呟いた。


 周囲には、各々出来る限りの武装をした部下が五人。覗き込んでいたパソコンには、倉庫の数カ所に設置されている監視カメラの映像が、画質の荒いコマ落としになって映し出されている。そのうちの一つに、ボクサーと対峙するリンとクライヴの姿もあった。


「野犬どもはボクサーに二人掛かりになってる。隙があるとすりゃあ今だ。全員武器を持って付いて来い」

「逃げるんですか、なら車を回させて」


 気を回した部下の提案を遮って、レーニは声を荒げる。


「馬鹿言え、あの番犬が乗り込んで来てるんだぞ! 辺りを包囲でもされてたらその時点で詰みだろうが!」

「す、すいません! じゃあ、どう……?」

「……地下に隠し部屋がある。数日分の水と食料、下水道に繋がる通路もだ」


 使いたくはなかったがな、と渋い顔をするレーニ。そんなものは初耳だと目を丸くする取り巻きに向けて、レーニは宣言する。


「今からそこに潜伏する。数十時間か数日か、包囲網が緩んだ所で通路から外に脱出するぞ」


 屈辱ではある。しかし背に腹はかえられない。一番恐ろしいのは、ヴォルピーノに見放される事だ。ここで退避すれば、たった二人に根城を落とされたという汚辱と引き換えではあるが、組織の全壊だけは免れられる。


 わなわなと震える拳を握り締める。僅かばかりの部下を引き連れて、レーニは苦渋の表情で執務室を後にした。




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