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6-3




 リンの後について、クライヴは倉庫の地下を進んで行く。接敵する度に気絶させたり拘束したり、あるいは言いくるめたりするうちに、クライヴは改めて気付いた事があった。


 洞察力の鬼と呼ぶべき慧眼を持つリン。それとの相乗効果もあってか、彼女はその場に溶け込むのも異様に上手い。


 辺りで屯していた男達に怯むことなく真っ向から対話を仕掛けたリンは、特に怪しまれることも問題を起こすこともなく、あっという間に武器庫の位置を聞き出した。それを物陰から遠巻きにしていたクライヴの受けた印象としては、確かにリンも男達も、立ち居振る舞いにそう大差は無く見える。それはリンの方が、その観察眼で得た相手の挙動を忠実に模して、自らの振る舞いに微調整をかけているからに他ならない。おそらくクライヴ自身が男達と同じ立場に立たされたとしても、怪しむ事なく接してしまっただろう。


 もっとも、柄と素行の悪い不良に紛れる今回についてはそもそも素地の問題ではないかとも思ったが、賢明な少年は黙っておく。


 申し訳程度に立っていた見張りを容易く伸して、リンとクライヴは武器庫と聞かされた部屋に滑り込む。


 蓋ならぬドアを開けてみれば、そこは実際には武器庫などと呼ぶ程大層なものではない。銃火器のケースや予備の空弾倉、手入れ用の道具一式などが乱雑に詰め込まれたような部屋だ。とはいえ腐ってもマフィアの武器庫、拳銃や弾丸は勿論のこと、数は少ないがフラッシュグレネードの類も調達出来た。


「そういえばさ」


 他に使えそうな物を探して単調に並んだ棚を漁っていると、不意にリンが声を上げた。クライヴは背後を振り向くが、リンの視線は武器庫を隈なく巡らされていて、一向に合う気配が無い。仕方なしにうん、とだけ答えて、クライヴは自らも獲物の物色に戻る。


「お前に言われて考えたんだ。何だ、私が生きていられる理由って奴?」

「へぇ」

「碌なもんじゃなかったから安心して良いぞ」

「……えっ終わり⁉︎」


 思わず再度リンを振り返れば、今度は向こうもバツが悪そうにクライヴへと向き直る。


「納得してくれないよなぁ、やっぱり」

「当たり前じゃん……」


 半眼でじとりと睨めば、リンは参ったなと頭を掻いた。そのまま話を促すように睨み続けていると、リンは「分かった、分かったよ」と観念したように両手を挙げる。


 嬉々として語るようなものでもないんだけど、と前置きし、えーあーなんだとたっぷり十秒は言い淀んでから、リンは視線を逸らしつつ口を開いた。


「だからそう、結局大元は……復讐、なんだろうな」


 瞬間、クライヴが思わず口走る。


「え、寒っ。」

「待て待て待てそういうんじゃない、人の話は最後まで聞け」


 正気かと言わんばかりに顔を引きつらせたクライヴに、ある程度反応を予想していたリンは慌てて弁明を試みる。しかし対するクライヴは珍しくつれない態度だ。


「いや良いよ、幸せに生きてやることが世間への復讐だとかいう生温い話は間に合ってるんで」

「そんなお寒い話する訳ないだろうが!」


 本気で引いた顔をするクライヴに思わず声を荒げるリン。呼吸を整えるように大きく息を吐くと、リンは一転、声を抑えて語り出した。


「私はさ。昔から、難しい事が好きだったんだよ。たった一筋の可能性を見出して、死力を尽くしてモノにする。持てる凡ゆる手段を講じて、連中が『出来ない』って放り投げた事を、横から掻っ攫ってやるその瞬間が──そうだな。言葉にするなら多分、『面白い』、とでも言えば良いのか」


 自身でも言葉を探しながらの話しぶりは、常と比べても数段は劣る。それでもクライヴは、今度は言葉を挟む事なくその声に耳を傾けていた。静穏に響く中音から、何かを探し出そうとするかのように。


「とは言え、難事をこなせるからって、今更死にたくなくなる訳でも、自分を肯定出来る訳でもない。ただ、ただただ、私を素知らぬ顔で食い物にして来た連中に、お前等より上手くやってやった、ざまァ見ろって突き付けてやれる。その瞬間だけで、私はここまで生きてきた。まあなんだ、結局私は根が悪人だからな。どんなに自分はさっさと死ぬべきだなんて思っていても、二流の策を振り回して悦に入ってるカモを前に、最善以外を選ぶなんて愚行は出来なかった訳だ」


 そう言って、リンは小さく肩を竦める。いよいよもって場の雰囲気に耐えかねたのか、懐からソフトケースの煙草を取り出した。しかし咥える寸前、ここが火薬だらけの武器置場であることを思い出したらしい。一つ舌打ちをして煙草をしまった。


 仕切り直すように嘆息、あるいは深呼吸を一つして、リンは先を続ける。


「だから、もし私が『生きてる』ように見えたんだったら、今の状況をそれなりに面白がってるからなんだろう。四方は敵だらけ、タスクは山積み、倒す相手は雲の上──良いじゃないか、上等だ。暇さえあれば死にたがる負け犬を働かせようと思ったら最高の環境だよ。何せ死にたいなんて思う間も無く、息の出来る瞬間だけがひたすら積み上がっていく。……ま、それを世間じゃ修羅場って呼ぶんだけどな」


 やれやれと言わんばかりに肩を竦めて、リンは何処か吹っ切れたような顔でクライヴの方へと視線を投げる。


「な? 碌なもんじゃないだろ」


 しかし。


 視界の先、こちらを見詰める少年の浮かべる表情は、リンの予想からは大きくかけ離れていた。ぽかんと口を半開きにしている癖に、その視線は微塵も揺らがない。惚けた、と言うには余りに熱のこもった瞳に、思わずリンの方がたじろぐ。


「──いいなぁ。」


 ぽつりと漏らした声は、心からの羨望だった。


 流石にこの反応には驚いたのか、リンは暫し目を丸くしていた。一拍おいて変わった先の表情は、訝しげな渋面だ。


「お前、話聞いてたか?」

「失礼な、ちゃんと内容については『コイツ頭おかしいんじゃねーの』って思ったよ」

「おい」

「けどさ」


 まだ物言いたげなリンを遮って、クライヴは言う。


「アンタが自分のして来たこと、自分の人生ってやつを、そんな風に語れるのがさ。羨ましいって思ったんだ。俺にはそんな風に語れることなんて無いから」

「……無いってことはないだろ? お前だってそこそこ勇名を馳せてるだろうが」


 腑に落ちないという顔のリンに、そうじゃない、と首を横に振る。


「確かにハーギンの事務所も潰したし、何度も危ない橋渡って、警察にも捕まらずにいるけどさ。そうじゃないんだ。俺はそれを、アンタみたいには語れない。だってあんなの死にたくなかっただけだ、そこに何の思い入れもない。俺には何にも残ってないんだよ」


 そう自嘲の笑みを浮かべながらも、クライヴは自分が今までに覚えたことの無い感情を抱いている事に気付いていた。


 誰かを羨ましいと思った事は、これまでにも何度もあった。真っ当な教育を受けたというだけで仕事にありついている男、連れ立って楽しげに世間話に花を咲かせる女、何の取り柄もないくせに無条件の庇護を受けている子供。当たり前のものを当たり前の顔で享受している人間が、羨ましくて仕方がなかった。だがそれは大抵の場合すぐに妬ましさに変わったし、その反感から絶対にああはなりたくないと思っていた。


 けれど今、自分の生き方を語るリンを見て。初めて、他人になりたいと思ったのだ。


 羨ましい、だから、自分もそんな風になりたいと──心の底から。


 それを憧れと呼ぶことを、少年はまだ知らない。ただ熱に浮かされたような心地のままで、クライヴはリンに問う。


「ねぇリン。俺もアンタみたいに生きられるかな。アンタみたいに、生きても良いかな」

「ダメだ」

「えっ」


 ぴしゃりと言い放たれた否定語に、まさかここへ来て切り捨てられるとは思っていなかったクライヴはぎくりと身を竦ませた。戸惑う少年に向け、リンは無遠慮に人差し指を突き付ける。


「私みたいになんて言うなら、もうその物腰がなってない。生きても良いかなんてそんなの、他人に聞いてどうするんだよ」


 不遜に言い放つと、リンは表情を和らげる。少年の薄い肩を叩きながら、「そう気負うこたないさ」と先を続けた。


「相応の能力に安っぽい理由があれば、死にたくたって死に損なうんだ。お前くらいに力があって、生きたいだなんて最上級の理由を掲げられるなら、何処でだって生きていける」

「そう、かな」


 戸惑いがちに尋ねたクライヴに、リンは力強く頷いて見せた。


「そうだよ。お前は自分で思ってる以上に──いや、お前の場合は多分逆だな」


 言いかけた台詞を仕切り直し、リンは悪戯っぽく声を潜めてクライヴに告げる。


「よく見てみろよ。お前の周りの連中は、お前が思ってるより大した事ないぜ? 少年」




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