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5-8




 自らの過去を開示したリンは、その後「お休み」とだけ呟いて、留置場を後にした。


 そして、明くる朝。


 留置場の硬いベッドで眠れぬ夜を過ごしたクライヴは、少なからず困惑していた。


 クライヴの居る保護室には、朝食が配給されて以降、何の音沙汰もなかった。時計は既に十時を回っている。てっきり朝には一度リンが顔を出すものと思っていたし、そうでなくとも、今日の昼には釈放だと言ったリンの言葉が事実なら、そろそろ何かしらの手続きがあってもおかしくない時間だ。それがどんなに耳を澄ましても、足音一つ聞こえる気配がない。


 最初はそわそわと落ち着かなかったクライヴも次第に待ち草臥れて、遂には二度寝まで決め込んでしまった。


 結局、接触があったのはそれから更に一時間ほど経った頃だ。常より少しだけ間隔の狭い足音が響いたかと思うと、保護室の扉が勢い良く開かれる。すっかり見慣れたスーツ姿が、昨日までよりくたびれているように見えるのは気のせいだろうか。


 漸くお出ましの待ち人に、クライヴはからかうように声をかけた。


「おはよ。随分遅いんだね、寝坊?」


 しかしリンは無言のままだ。険しい顔で押し黙るその様子に、クライヴが訝しげに名前を呼ぶ。


「……リン?」


 視線が合わない。どうかしたのか、まさか昨晩の話をそんなに引きずってやしないだろうなとクライヴが戸惑っていると、不意にリンが一つ、深い深い溜め息を吐いた。肺の中身を全て出し尽くすような長い呼気の後、意を決したように口を開く。


「──悪い報せだ。」





「夜逃げに遭った」

「は?」


 取調室の机に着いて、最初の言葉がそれだった。あまりにも簡潔な一文に、リンの向かいに座ったクライヴは一瞬意味を掴み損ねる。


 呆気に取られるクライヴを置き去りに、リンは構わず先を続けた。その表情は変わらず険の取れないままだ。


「昨日の連中が吐いた事務所な、あの後明け方から張り込んでたんだ。何人かが事務所に出て来た所で踏み込む手筈だった。だが待っても待ってもそれらしい人間がやって来ない。妙だと思って動いた時には、部屋はもぬけの殻だった。人だけじゃない、家具から書類から何もかもだ」


 机の上に置いた拳を、リンがきつく握り締める。その表情にようやく話が冗談でも何でもない事を悟ったクライヴは、思わず椅子を蹴って立ち上がった。


「そんなの、だって昨日の今日だぞ⁉︎ いくら逮捕者が出て警戒してるって言ったって、夜逃げまでに何時間あったっていう──」

「内通者だ」


 クライヴの言葉を遮ったリンの声音は酷く冷たい。


「言ったろ、私は組織の浄化の為に送り込まれたって。今の警察機能は健全じゃない。金か脅しかは知らないが、外的圧力に屈する奴らは少なくないんだ。この伝達速度だと、恐らく直に繋がってる奴がいる。それも、割と身近に居るはずだ」


 硬い声音でそう告げた後、リンは一つ大きく溜息を吐き、握った拳をゆっくりと解いた。


「とは言え、それは言い訳にしかならないな」


 緩く首を振ると、リンは漸くクライヴを見た。まだ動揺しているスモークブルーの瞳を正面から捉えて、最上級の謝罪を告げる。


「現時点では手詰まりだ。──すまない」


 その真摯さに、クライヴは暫く呆気に取られていた。これまで謝られた経験など殆どなかった。界隈ではどんな小さな事象であれ相手に優位など取らせないのが一般的だし、年若いクライヴはそれがどうとでも通されてしまう年齢だ。ましてここまで実直な謝罪など、かつて一度も受けたことがないと断言できる。


「……んだよ、それ」


 呟いて、ようやく認識が追いついてくる。震える声は、間違いなく怒りによるものだ。


 ──この人に、誰が、何をしたって?


「あいつら、アンタの仲間じゃなかったのかよ。何で……何でアンタが」


 その先は言葉に出来ずに、クライヴは物言いたげに口を開閉する。二の句を継げずにいるクライヴに向け、リンは静かに首を横に振った。


「すまない」

「アンタが謝ることじゃないだろ!」


 バン! とクライヴは掌を、抱いた憤りごと机上に叩き付けた。その手の甲を穴が空きそうなほどに睨みつけ、クライヴは地を這うような声で言う。


「アンタみたいな優秀な連中は、さぞや楽に生きてんだろうなってずっと思ってた。アンタは強いから、悔しいだなんて、思ったこともないんだろうって。なのに何だよこれ、おかしいだろ、こんなの。何でアンタ、こんな理不尽な目に遭ってんだよ。全部全部失くして、それでも立ち上がって、毎日街中歩き回って。ひとり命懸けで戦って、挙句お仲間面した連中に足引っ張られて、俺みたいなのに頭下げてさ。こんなのってないだろ、おかしいじゃんか!」

「……おかしいもんか」


 そう返したリンには、相変わらず表情がない。淡々と、何の感慨もない調子で言葉を返す。


「こんなもんだよ、私の知ってる人生なんて。肝心なところでケチがつく。握らされたダイスにはハナから勝ちの目なんざありゃしない。仲間どころか味方も碌に居ないまま、それでも勝負からは降りられない。全部無くすまで戦うしかない」


 昨夜と同じだ、とクライヴは思う。希望など欠片も残さず失くしている癖に、腹だけは酷く据わった声音。退路と呼べる何もかもをとうに捨ててしまったこの人は、向かう先が地獄だろうと、もう怯みも臆しもしないのだろう。


 きつく歯を食いしばってから、クライヴが声を荒げる。


「だったら!」


 ──どうにかしたいと思った。


 助けるだなんて思い上がった事は考えていない。ただ、勿体ないと思った。あれだけ強くて、それだけの覚悟があって、勝てない訳がないはずなのに。それなのにこんな、土俵にも上がれないまま終わるだなんて理不尽が許されて良いものか。


 勝てると思った。勝って欲しいと思った。


 だから──気付いた時には、口走っていた。


「だったら、俺がアンタにつく」


 静かに告げた声音には、確かな覚悟が滲んでいる。クライヴは机の向こう、リンの側につかつかと歩み寄る。腰を下ろしたままのリンの胸倉を掴んで、衝動のまま強く揺さぶった。


「だから! こんな所であんな奴らに、そんな簡単に負けんなよ! アンタ俺に勝ったんだろ⁈ 強いんだろ⁈ あんな連中、何でもない顔で潰してくれよ!」


 それでも眉一つ動かさないリンに、ぐっと言葉を詰まらせる。しかしクライヴに引く気はなかった。リンの両肩に手を添えて、情けなく歪んでしまった顔をそれでも近づけ、懸命に先を訴えかける。


「頼むよ、負けんなよ。だって、敵わないって思ったんだ。ヒーローみたいだって、格好いいって、思ったんだよ」


 段々と、クライヴの語気が弱まって行く。視線を伏せて俯けば、殆どリンの肩口に額を付けるような形になった。か細い呟きがその口から漏れたのを、二人きりの取調室では聴き逃せるはずもない。


「──アンタがダメなら、俺が勝てる訳ないじゃんか」


 瞬間、リンの眉間の皺が一層深さを増した。再び強く拳を握ると、人知れず唇を噛み締める。


「……悪い」


 小さな呟きに、クライヴが顔を上げる。リンは入れ替わるように視線を逸らしたかと思うと、片手で顔を覆って俯いてしまった。


「事務所がスラム北のマンションって聞いた時に警戒すべきだった。あそこには逃がし屋のリベラトーレもいる。たかだかマンションの一室、一晩で引き払えると予想して然るべきだ」


 覇気の無いリンの悔悟。その一部に、クライヴがぴくりと反応した。眉根を寄せると、訝しげに繰り返す。


「……マンション?」

「ああ、昨日の連中が吐いた住所は──」

「違う」

「あ?」


 咄嗟の事に柄の悪さが出たリンには構わず、クライヴはもう一度繰り返す。


「違う。俺が連れてかれたのはそこじゃない」


 流石に予想外の台詞だったのか、リンが目を見開いた。クライヴの二の腕辺りを掴み返して身を乗り出した。


「何だと? だってお前、知らないって」

「知らないよ。だって連れて行かれた時は、ボスの部屋だか執務室だか、とにかくそこ以外始終目隠しされてたから。でもあそこは絶対マンションなんかじゃない、本陣はきっと別にある。だからこんなに早く逃げられたんだ」


 確信した調子で断言するクライヴ。だがリンは油断なく問い返す。


「何でそう思う」

「何でって……だってそうでしょ、他に無いよ」

「……うん?」


 珍しく的外れな返答を寄越したクライヴに、リンは首を傾げる。その表情を確認して、ふざけている訳でも冗談でもない事を見て取ると、改めて問い直した。


「いや、それは分かったから。何でお前が行ったのがマンションじゃないって断言出来る? その根拠は何だ」

「根拠……? って、言われても」

「お前はそこをマンションじゃないと思ったんだろう? その理由は何処にある? もう一度思い出してみろ、何でそう思った?」


 促されて、クライヴは拉致された時の記憶を思い返す。目隠しはしっかりしていて、隙間から何か見えた訳ではなかった。足音がやけに響く中、案内役に腕を引かれて──


「そう、目隠しされて、腕を引かれて、だけど一度もぶつからなかった。奴らがなんて言ったか知らないけど、あの辺りにそんな立派なマンション無いでしょ?」


 スラムに乱立する低所得者向けの賃貸は、狭くて不潔な区画の中にどれだけ人間を詰め込めるかを競うように建っている。そんな建物の中を目隠しをしたまま通されれば、必ずどこかしらはぶつける筈だ。そもそも誘導役の男はクライヴの真横に並んでいた。いくらクライヴが小柄とは言え、人が二人並んで通れる廊下を持つ物件は、あのエリアには存在しない。


「それに建物内を随分歩いた。フェイクを考えても直線距離が長すぎる、あれは三十メートルはあったよ。あとそうだ、潮の香り。室内なのにやたらと匂った、あそこはスラムの手前なんかじゃなくてもっと沿岸にあるはずだ」


 次々と飛び出す『根拠』に呆然とするリンに向け、クライヴは真剣な面持ちで要求する。


「ねえリン、地図はある?」

「……待ってろ」


 低く呟くと、リンは勢い良く踵を返してドアへと向かう。鍵こそ閉めたが見張りを立てる事もせずに部屋を飛び出した。


 その背を視界の端で見送って、クライヴは記憶を整理する。


 目を瞑って思い返すのは、四日前の朝から昼時。クライヴを拉致した時の連中の挙動を、目隠しされた車内で聞いた音を、建物内を歩いた歩幅を、執務室の匂いを、一つ一つ丁寧に掘り起こしていく。


 ──大丈夫。

 ──まだ、覚えている。


 それからどれだけ経っただろうか、慌ただしい足音と共にリンが取調室へと戻って来た。腕には数本の紙筒を抱え、提げた大きな紙袋いっぱいに乱雑に資料が詰め込まれている。それらをドサドサと机の上にぶちまけると、リンはまず紙筒を──正確には、筒状に巻かれた大判の図面を広げた。


「これがこの街の地図、スラム周りの拡大図がこっち。で、これが」


 リンが示した先は、山と積まれたA4用紙の束だ。

「沿岸地域の大きめの建物の情報だ。外寸、立地、向いてる方角、ものによっては間取りも分かる。精度はまちまちだが建物(モノ)自体はほぼ全部網羅しているはずだ。それ以上の詳しい情報は今同僚に集めさせてる、もう少し待て」


「……なるほどね。見せて」


 クライヴは資料を一束手に取って、ぱらぱらと眺める。と、一分と経たずに「違う」と呟いて脇に伏せた。次の資料を手に取って、今度はものの数秒で伏せ置く。早いペースで取っては伏せてを繰り返すクライヴに、流石のリンも慌ててストップをかける。


「お、おい待て。お前何を基準に取捨選択してんだよ」

「何って?」

「何って……例えばこれ」


 リンはたった今脇に置かれた資料を手に取る。


「どうしてこれを除けた?」

「どうしてって……」


 クライヴは再び首を傾げるが、やがてはたと気づいて声を上げた。


「……あ、そっか。地下が無いんだ」

「は? 地下に行ったのか?」

「行ってはないけど。そんなの床の音で分かるよ」


 しれっと告げられた台詞に、一瞬だけ言葉を失うリン。確かに建物の構造によっては、一階の床の音から地下の存在を察する事も不可能ではないだろう。実際、スラムの辺りは造りの甘い建物も少なくない。ただ驚異的なのは、その情報が意図的には得られていないという点だ。自分の足音を聴き、その質を分析して、この建物には地下があると判断する。その一連の処理全てが意識の表舞台に上がらずバックヤードだけで行われ、かつ四日経った現在も保持されている事に、リンは少なからず驚いていた。


「これは?」


 試しにもう何点か資料を示してやれば、早くも要領を得たのかすらすらと根拠が返ってくる。


「こっちはエレベーターが入り口から近すぎるし、こっちは向きがダメだ、俺が連れてかれた昼の時間帯だと奥の部屋まで日が差さないだろ。全部違うよ」

「…………どんな頭してるんだよ、お前」


 リンはぼそりと、心からの感嘆とともに呟く。しかしその台詞を直截的な意味で取ったクライヴは、ムッと唇を尖らせた。


「悪かったね」

「馬鹿、褒めてんだよ。呆れ返るほどにな」


 リンは苦笑を一つ漏らすと、クライヴの肩を軽く叩く。


「良いぜ、今はお前に賭けるしかないのも確かだ。納得行くまでやってみろ、お前の答えを聞いてやる」


 出来るな? と顔を覗き込まれたクライヴは、暫し驚いたように硬直していた。


 今までクライヴを使ってきた連中は、当然のように汚れ仕事を押し付けてきて、その成果を当たり前のように受け取るだけだった。こんな風に背を押されて、成果を待ち望まれる事など一度だってありはしなかった。


 それは少年が生まれて初めてかけられた、期待らしい期待だった。


「──分かった」


 力強く頷くと、クライヴは資料の山に向き直る。


 紙束を手に取っては眺めて、手に取っては眺めて。時折行きつ戻りつしながら、しかしクライヴは確実に除外の山を大きくして行く。ハイペースで行われる取捨選択により、候補は瞬く間に二択にまで絞り込まれた。


「こっちだ。」


 クライヴはその内片方を、迷いなく指差す。


「ほう。その根拠は?」


 再度のリンの問いに、今度は首を横に振るクライヴ。


「無いよ。でも事実だ」


 そう言って、クライヴはリンを見つめた。その瞳に一抹の不安を灯して、しかし揺らぐ事なく視線を向ける。


 根拠が無い、というのは正確ではなかった。考えても考えても、この理由だけはどうしても言葉にならなかったのだ。けれど確かにこちらだという手応えは、これまでと同じ強度で感じている。


「俺を信じろとは言わない。でも、俺の能力を一番認めてくれたのはアンタだ」


 じっと見据えるクライヴの瞳を、リンは真っ向から受け止めた。試すような視線を交錯させて、両者暫しの膠着。


 やがて、肩を竦めたリンが徐ろに溜息を吐いた。


「……何が『狂犬』だ、むしろ知恵ある獣の類じゃないか」


 静かに独りごちた言葉の意味を捉えかね、眉間に皺を寄せたクライヴ。その困惑顔へ向け、びし、とリンは人差し指を突き付ける。


「私の読みが正しければ、お前は所謂天才だ。こんな所で腐らせとくなんて惜しいくらいのな」

「天、才……? 俺が?」


 今まで一度も浴びた事の無い、一種究極の賛辞とも言うべき言葉に、クライヴが困惑した様子で自らを指し示す。増してリンのような真っ当で信用に値する人間から、自分の才を褒められた事など初めてだ。その賞賛が自分に向けられた実感を持てずにいるクライヴに、リンは駄目押しのようにニッと笑って頷いて見せる。


「ああ。努力と訓練次第だが、少なくとも……そうだな。私に出来る事は全て出来ると思って良い」


 それは、天才などという漠然とした褒め言葉よりは余程魅力的に少年へと響いた。共同戦線を張ってからこちら、打算と自嘲の笑みしか見せてこなかったクライヴが、分かりやすく顔を輝かせる。


「それ、ホント? 俺も──」


 しかしクライヴが言い終わらぬ内に、控えめなノックの音が室内に響いた。


「失礼します。リンさん、これ、頼まれていた資料……」


 ドアの向こうから現れた警官の顔には見覚えがある。確か、最初にクライヴを尋問していた内の片方だ。まだ若い、結局最後までオロオロしていただけの刑事。その入室の口上に被せるように、リンが真顔で親指を立て(サムズアップす)る。


「最高のタイミングだアオヤマ。それを寄越してとっとと帰れ」

「ちょっ、扱いがあんまりじゃないですか⁉︎ 折角こんなに調べて来たのに!」


 紙の束を両手に抱え、アオヤマと呼ばれた刑事が悲鳴のような声を上げる。しかしリンは一切動じずそれをあしらう。


「何言ってんだ、貴重な暫定シロを余計な魔の手から守ってやってるんだろうが」


 シッシッと手を振るリン。雑ではあるがいやに親しげな様子を見て、アオヤマが言葉を返す前にとクライヴが割り込んだ。


「ねぇ、リン。この人は……?」


 顔を寄せて小さく問うた疑問には、誰何の意だけではなく、この若手刑事が味方がどうかという確認も含まれている。それをきちんと理解して、リンは一つ頷いた。


「ああ。コイツはアオヤマ、所属は違うが同期だよ。最初の配属が同じでな、そこからずっとこき使ってるから基本的にシロで間違いない。あくまで暫定だけどな」


 揶揄うように付け足された一言に、アオヤマはムキになって言い返す。


「なんてこと言うんですか! 俺はずっとシロですよ、それだけは誓って言えます!」


 その瞬間、リンの顔色が変わったことをクライヴは見逃さない。しかしアオヤマにまでそれを察されるより前に、リンは眉間の皺を呆れにすり替える。


「分かったからさっさと戻れよ。いるんだか知らないお前の彼女に恨まれるのは万に一つでもごめんだぞ、実在するのか知らないが」

「いますよ! 何でみんなそうやって人の彼女を妄想みたいに!」


 じゃれる大人達を見ながら、クライヴは密かに顔をしかめた。


 ──暫定シロ。

 ──それでも、だからこそ。『仲間』には出来ないのか、この人は。


 リンがそこまで言うのであれば、彼の素行に疑う余地は無いのだろう。職務に忠実で、正義感があって、人並みに大事な人がいて、日々を誠実に過ごしている。けれど、そんな根っからの善人であればこそ、リンは表立って『味方』にする事は出来ないのだ。この人の好さそうな青年が、例えば恋人を人質にされ裏切りの汚名を被ることも、潔白を守って惨い姿で『発見』されることも、リンは望んではいないだろうから。


 ──だけど、だったら。

 ──このひとは、本当に。これまでずっと、たった、ひとりで。


「さて、少年」


 改まって呼び掛けられて、クライヴははっと我に返った。いつの間にやらアオヤマを口八丁で追い返したリンは、彼の持って来た資料を示しながら言う。


「今アオヤマの奴が持ってきた資料には、建物のオーナーなんかの情報も含まれてる。場合によっちゃあビンゴが出るが──答え合わせをする勇気はあるか?」


 ニヤリと挑発的に笑うリン。対するクライヴは、緊張こそすれ怯みはしない。粛然とした面持ちで頷いて見せる。


「……望む所だ」

「良いだろう。いい面構えだ」


 頷き返したリンは、アオヤマが持って来た資料から、クライヴが最後に選んだ倉庫のファイルを抜き出す。挟まれていた資料は複数枚、その全てをズラリと机の上に並べると、クライヴと共に覗き込む。


 結論として、アオヤマはデータの収集に関しては非常に優秀だったと言えよう。件の倉庫のオーナーとして登録されている男──その息子の名前が前科者として市警のデータベースに載っているというところまで、きっちりと調べ上げられていた。


 捜査線上に浮かび上がった男の名はコジモ・レーニ。三年前の公務執行妨害の容疑と共に登録されていた写真データには、確かにクライヴが目にしたあの男の顔が写っていた。




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