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平日の、まだ朝を脱して幾許かという時間帯。薄暗い場末のゲームセンターに、クライヴの悲鳴が響いていた。
「待って待って何で脚! 狙うなら頭か胴体!」
二人並んでプレイを始めてまだ数分。しかしリンの操るキャラは既に体力を八割方失っていた。
とは言えリンも実際に銃を扱う身だ。獲物を構える姿勢はしっかりしており、闇雲に撃っているという訳でもなく、システムの判定上でも敵に当たるには当たっている、のだが。
「は? コイツ脚やられてその動きは無理だろ」
つい手癖で制圧用の狙いをつけてしまうらしい。とどめを刺さぬよう敢えて急所を外すのだから、当然HPの減りも鈍い。その隙をついて突貫をかけられ、逆にダメージを受ける。加えて回復というゲームならではの要素が完全に頭から抜けている。実戦経験が完全に裏目に出ていた。
「ゲームだから! パラメータが全てだから! 分かったらHP減らして早く‼︎」
「あ。こっちじゃないか」
「ちょっ、真逆だよバカぁ! マップ見て‼︎」
クライヴの叫びも虚しく、程なくリンがゲームオーバーとなる。敵地に一人残されたクライヴはそれでも随分と奮戦したが、2Pプレイの醍醐味として用意されていたであろう二人揃っていなければほぼ突破不可能な室内戦の布陣の前に、敢えなく膝を付くこととなった。
「ああああもう、アンタド下手クソかよ!」
「仕方ないだろ、巧拙以前にド素人だ」
溜息を吐きつつ、リンは懐から煙草を取り出し火を点ける。吸い込んだ煙をふぅ、と大きく吐き出して、ぼそりと一言。
「……まあでも、大体は分かった。」
咥え煙草のリンは、筐体とコードで繋がったままのコントローラーを西部劇よろしくくるくると器用に回す。ぱしりと音を立ててグリップを手中に収めると、リンは筐体の画面へと向き直った。
「折角だ。もう一戦付き合え」
画面を見据えたままで言い放つ。妙に自信有り気なその様子を、クライヴはとてもではないが信じられない。
「いいけどさぁ……足引っ張らないでよ?」
訝しげな半眼をリンに向けながら、クライヴは次のゲームのコインを入れた。
「ウッソだろおい……」
渋々ながら付き合った二戦目、リンのプレイはまるで別人だった。
素早く侵攻しては急所へのクリティカルあるいはヘッドショットを続け様に叩き出し、一体の敵に三発以上は使うことがない。相変わらず回復の手際は覚束ないが、むしろその必要性自体が格段に減っている。挙げ句の果てにはクライヴより先にゲーム内の合流地点に辿り着き、安全確認を済ませて待っている始末だ。
「さっきのは何だったんだよ……」
「言ったろ、ド素人だって」
呆然と呟くクライヴを尻目に、合流地点に現れた敵兵を容赦の欠片もなく撃ち抜きながらリンが言う。
「そのプレイで素人は無理あるでしょ」
「ゲームは素人だがド頭ブチ抜くのに関しちゃ負ける気がしないな」
「ハッ、物騒かよ」
軽口を叩く間にゲーム序盤を易々とクリアし、今回は二人揃って先程クライヴがリタイアした室内戦エリアの手前まで到達した。
舞台となるのは打ち捨てられたビルだ。指揮官からの情報によれば元はビジネス用らしく、そう広くないフロアに大小様々な部屋が混在しているという。窓は内側から目張りされており、中の様子は窺えない。地上部のみの四階建て、そのどこかに敵の頭目が居るらしかった。
「ボスが何処にいるか分かるか?」
リンの端的な問いに、クライヴが横に首を振る。
「ここはランダム。まあ二階、四階の窓際か、三階の真ん中辺りが多いけど」
さらりと傾向を答えたクライヴに、突然リンが反応した。今まで微動だにしなかった射撃姿勢を崩し、画面から視線を外してクライヴを見る。
「……驚いた。一緒に遊ぶような奴が居たのか」
心底意外そうな視線を受け、クライヴはちらりとリンに視線を投げる。しかしすぐに画面に視線を戻すと、退屈そうな声音で続けた。
「そんなの居たらこうなってると思う? 他人がやってるのを見てただけだよ」
長い路地裏暮らしの中で、同年代と接した事は殆どなかった。似たような境遇の子供もいないではない筈なのだが、クライヴに寄って来るのは大人ばかり、その大半が碌でもない。そういう碌でなしに媚びを売る事を早くに覚えてしまったから、余計に「子供」が近付いて来ないのだろうと、クライヴ自身ぼんやり推測していた。
「遊び」とはかけ離れた生活の中、クライヴがゲームセンターという場に通じているのは、その環境の特殊さ故にだ。何せ雨風と寒暖の凌げる場所で何もせず突っ立っていても、傍目からは順番待ちに見て貰える。偶に居るギークのやたら高度なゲームプレイを日がな一日眺めていれば、持て余すほどの暇も簡単に潰せた。きちんと利用料をペイするリンのような優良客とは違うのだ。
そんな事情を掻い摘んで告げれば、少しの間を置いてリンが苦笑する。
「……知識がメタだなぁ、別に良いが。つまり、見当は付くが実際何処に居るかまでは分からないって事か」
面倒だな、と射撃姿勢に戻ったリンは、それ以上何も指摘しない。分かっていて目を逸らしたのは明白だった。それで良い、とクライヴは思う。息苦しい同情も、その場限りの干渉も鬱陶しいだけだ。どうせ、何の責任も負ってはくれないのだから。
「敵が居たのが窓際だった場合、ラペリングで逃げられる事もあるから。時間かけないでよ」
「うわ、怠いなその仕様」
何事も無かったかのように返したクライヴに、リンも調子を合わせて来る。先刻の二の轍を踏まないのは流石と言うべきだ。その筈なのに何故か胸の内にわだかまる閉塞感には目を瞑り、クライヴはキャラクターを操作する。
ビル周りの斥候を一通り片付けたところで、リンからクライヴに指示があった。
「お前はさっきの所からだ。二部屋は進んで様子を見てろ」
反射的に「指図するなよ」と言いかけて、寸前で言葉を飲み込むクライヴ。リンの指示は、今まで遠巻きに眺めてきたプレイヤー達の定石と一致していた。
素直に指示通りの配置に付いたクライヴを確認すると、リン自身もポジションに付く。リンの操るキャラを示すマップ上の点は、ビルの壁面に添いながら左手奥へと進んで行った。クライヴが待機している壁の左側面北寄りにある窓に目を付けたらしい。こちらも定石通りの流れだ。
「準備は?」
「いつでも」
確認を交わした一拍後、二人揃って目の前の目張りに大穴を開ける。クライヴが突入した部屋には折悪しく敵が二人ほど現れたが、その辺りは想定内、危なげなく対処する。足を進めた次の部屋は無人で、廊下もその突き当たりまでに人影は無い。マップによれば、この廊下がリンの現在地から角の向こうの階段へと続いているようだ。
向こうも一通り確認が終わったのか、タイミング良くリンが問いかけてきた。
「そっちはどうした、進めそうか?」
「オッケー、良いよ」
クライヴの合図に応じて通路を進んで来たリンは、廊下の突き当たりの角、そのかなり手前で立ち止まった。廊下の端をうろつき、カメラの視界をフル活用して角の向こうを覗こうとするリンに、クライヴがしれっと助言する。
「そこはいないよ、次は階段。降りた所に居なければ踊り場だ」
断言するクライヴに一瞥をくれて、リンは便利なもんだな、とひとりごちる。
「仲間の位置も分かるし声も出せる、おまけに多少弾食らっても体力残ってりゃ動けると来た」
やれやれ、と咥え煙草の隙間から溜息をつくリンの複雑そうな表情は、クライヴの意識の外だった。
一階、二階の敵を順調に殲滅し、ボスの一団は三階のフロア中程で見つけた。一見すればドアの前に斥候が二人立っているだけだったが、そこはゲーム、ボス発見の特殊演出でそれだと知れる。降下出来る窓が少ない分、偶数階の端よりは運が良かった。
どうする? と問われるより早く、クライヴが宣言する。
「俺が行く」
「あっおい、待て」
リンの制止は一瞬遅かった。クライヴは廊下の陰から飛び出すと、あっという間に見張りの二人を戦闘不能にする。ドアの前を空けると端的にリンを促した。
「リン、ショットガン」
「は? 無いぞそんなの」
「はぁ⁉︎ そんな訳──」
ないだろ、と言いかけて気付く。堂に入ったプレイで失念していたが、隣にいるのはあくまで初心者プレイヤーだ。ソロの3ステージ目をクリアして得られるショットガンを、リンが装備している訳がない。
クライヴ自身はといえば、基本的にハンドガンやアサルトライフルを使うスタイルため、持ち替え枠を含めてもショットガンは装備していなかった。
もたついているうちに、内側からドアが開かれる。同時に敵からの弾丸の雨。
「あ、クソッ!」
咄嗟にドア付近の壁の陰に隠れたものの、そのまま釘付けにされてしまった。ドアを挟んで反対側の壁の陰には、同じく屈んで身を隠すリンの姿がある。
システム上銃弾で壁は抜けないし、手榴弾を使えば敵連中も巻き添えを食う位置だ、壁は破壊されないと見ていいだろう。しかし、この位置取りでは狙える範囲もかなり限られている。開いたドアを挟んで暫し撃ち合うが、お互いに牽制にしかならない。
三十秒ほど無駄弾を消費しあったところで、リンが引き金から指を離した。クライヴに向けて、しかし視線は寄越さずに、ぼそりと呟く。
「そのまま抑えてろ」
言うが早いか、前線に背を向けて廊下の奥へと駆け出す。ちょっと、と一声止める間もなかった。
勿論場を離れたのはキャラクターだけの話で、隣を向けば難なく本人に確認を取る事が出来る。しかし当のクライヴは、別の問題に直面していた。
──弾がもう無い。
弾丸は、ゲーム開始時に装備していた各々の銃に対してかなり潤沢に配給される。それが尽きる事は普通滅多に無いのだが、気付けば撃ち合いで相当持っていかれていたらしい。奪うなり拾うなり、何処かから弾丸を調達する必要がある。
しかしここで手を緩めれば、良くてボスの逃走によるゲームオーバー、悪ければ向こうの突貫から蜂の巣にされてのデッドエンドだ。
──クソッ、何する気か知らないけど早くしろよ!
内心でクライヴが焦り始めた、その時だった。
爆発音が響き、視界が一瞬赤く染まる。被弾エフェクトではなく炎の赤だ。同時に部屋の中からの発砲が止まる。警戒しつつ、クライヴはドアの陰から中を覗き込む。
室内の中央部、天井に大穴が空いていた。恐らく四階のこの部屋の真上で手榴弾を爆発させたのだろう。降り注いだ瓦礫に巻き込まれて、敵の何人かには死亡のフラグが付いていた。
未だ靄がかかっている視界の中で、クライヴは辛うじて、天井の穴から階下に降り立って来た人物を視認する。それがリン──の操るキャラ──である事は、想像に難くなかった。
眼前に突然降ってきた敵に、生き残っていたボスの取り巻きが一斉に弾丸を浴びせる。この至近距離では弾が外れる方が珍しい。HPバーがみるみるうちに減るのにも構わず、リンは銃口をボスへと向けた。
──ヘッドショット。
果たして、ゲームクリアのファンファーレが鳴り響いた。指揮官からのキャラへの賞賛の言葉に、ゲリラのボスがそれなりの処断を受ける事を告げるショートムービーが続く。
しかし、次にゲーム結果画面に示されたスコアに、クライヴは思わず息を呑んだ。
『You Win‼︎ 1P:Score 185722 2P:LOST』
「間一髪ってとこか。流石にこれは現実じゃ無理だな」
暢気な声音に思わず隣を見れば、リンはコントローラーを置き、随分短くなった煙草を咥え直していた。スコア画面を眺める顔は、可もなく不可もなくといった所だろうか。少なくとも、自分のキャラの末路に不満はなさそうだ。
「……間一髪も何も、死んでるじゃんアンタ」
不服さを隠さないクライヴの指摘に、リンは心外そうに言う。
「何だ、喜べよ。ステージクリアだぞ」
正直な所、たかがゲームでそこまでシビアな真似をされても困る。少なくともクライヴとしては、遊びの世界でまで身内の犠牲の上に勝つような試合運びは好きではなかった。増して、捨て身の特攻をかけるまでリンのHPはほぼ残っていたのだから、尚の事胸中は複雑だ。
「……いい所だけ持ってきやがって。礼は言わないからな」
その複雑さを上手く言語に乗せられずに、クライヴは取り敢えず憎まれ口を叩いておく。
「好きにしろ」
吸いさしの煙草を指に挟んで肩を竦めるリン。腑に落ちないと不貞腐れるクライヴも、溜息と共にコントローラーを置いた。試合の中身はともかく、勝ちは勝ちだ。戦果は素直に喜んで良いだろう。
ゲームを終えて、そこはかとなく緩んだ雰囲気の中──
その爆弾は、唐突に落とされたのだった。
「あれ、リンリン?」




