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はあ、と盛大な溜息を落としながら、リンはクライヴの手を引いて歩く。
「確かに失言したのは私だけどな。いい加減機嫌直せよ」
そう言う声には珍しく張りがない。先程機嫌を損ねて以来黙りこくって目を逸らしたままのクライヴに、流石のリンも辟易しているようだ。
しかしクライヴにしてみれば、さっきの発言は軽々には許せない侵犯だった。リンにナイフを向けた時よりかは幾らかマシかといった調子で、苛つきを隠そうともせずに答える。
「俺の機嫌は関係ないだろ。仕事はちゃんとしてる」
「そうあからさまな態度されたらやり辛いだろうが」
「それはアンタの都合だ。で、何処行くの」
ぶっきらぼうに問われたリンは、何故か腕時計を確認した。
「九時は……過ぎたな。なら次はゲーセンだ。ほらあるだろ、そこの──」
「はぁ?」
リンの台詞を遮って、クライヴが声を裏返す。そこに込められているのは驚きではなく憤慨だ。
「いい加減にしろよ、そんなにご機嫌取りがしたい訳⁉︎」
ヒステリックに叫ばれた問いに、リンは答えない。代わりにそれまでゆっくりと進めていた足を止め、クライヴの手を握り続けていた自身の左手から力を抜いた。クライヴがそれを訝るより早く、リンはクライヴの手首を掴み直して思い切り引く。
「いっ──」
予想外かつ力任せの行為に、クライヴがふらついた。手首に走った痛みにほんの一瞬目を瞑る。次の瞬間クライヴの眼前には、至近距離まで迫ったリンの整った顔があった。
「お前こそ自意識過剰も大概にしろ。」
容赦の無さそうな真顔で凄まれて、思わずクライヴはたじろぐ。クライヴが交戦時一歩手前の調子なら、こちらはあの時より遥かに棘のある態度だった──否、彼女の言葉には殺意も害意も一切含まれてはいない。それでも何故か、あるいは故にこそ、有無を言わせない迫力がそこにはあった。
自分でも自覚の無いままに畏縮するクライヴに、リンは再び溜息を一つ。クライヴの手首を握る左手に込めた力を抜き、比較的和らげた声音で自らの意図を伝える。
「ここから最寄りのゲーセンは開店時間が他より早い。だからそこそこ居るんだよ、一応家庭があって学校に籍のある、それでも居場所の無いタイプの不良共がな。その手の奴等は本来堅気だし畑違いだが、ヴォルピーノの連中はそういうグレーゾーンにまで容赦無く手を出してるだろ。そのツテを狙う」
そうして改めてクライヴの手を握り直すと、今度は緩やかに、導くようにクライヴの手を引いた。
「分かったらむくれてないでキリキリ歩け。仕事はちゃんとするんだろ」
「……分かったよ。」
舌打ちを零したクライヴは、一見素直に歩き出した。
しかし外見こそ落ち着いたものの、その胸中では納得まではしていない。
──所詮一時手を組んだだけのアンタに、俺の何が分かる。
──そっちがなあなあにするなら、二度と譲歩なんてしてやるもんか。
そう心に決めると、すっかり進行方向に向き直ったリンをじとりと睨み付けた。
結論から言えば、クライヴの密かで幼稚な決意は、ゲームセンターに入るなり五ドル札を両替機に突っ込んだリンを前にあっけなく崩れ去った。
「……アンタ、こういうのやるの?」
迷いなく両替機を目指したリンに思わず訊ねるクライヴ。しかしリンは間髪入れずに首を振った。
「いや、やった事は無い。偶に巡視に来るくらいだ。お前は?」
「まあ、凄く余裕がある時にならやらなくもないけど」
そうか、と頷くと、リンは両替したばかりのコインをクライヴに差し出す。
「やる」
「は?」
もう何度目かの「は?」を返したクライヴに、リンが両替の意図を詳らかにし始める。
「今回は店に協力を仰いだおおっぴらな捜査じゃない。タダで居座るつもりはないが、別に興味も無いんでな。募金箱なんて殊勝なもんも無いし、お前が使った方が有意義だろ」
正直クライヴにしてみれば、施しを受けるようで気に入らないし、それでも貰うというのならば現金のまま欲しい所だ。
「……あっそ。じゃ、遠慮なく」
その上でなおコインを受け取ったのは、ストリートチルドレンとしての性だった。貰えるものは貰っておく。ヴォルピーノに目を付けられてからこちら、仕事は碌に取れず、こういう遊びをする余裕も無かったから、これはこれで良いだろう。
自らを言い包めたクライヴは、筐体の隙間に出来た狭い通路を苦もなく移動する。それに続きながら、リンは周囲を確認した。どちらを向いても視界に一人か二人は他の客が入ってくる。予想通り、若年層を中心にそれなりの客の入りだった。
一方迷いなく歩みを進めていたクライヴは、ある筐体の前で立ち止まると、これまた躊躇いなくコインを入れる。一拍遅れて追いついたリンが、ゲームの種類を確認して意外そうな声を上げた。
「シミュレーション? てっきりクレーンゲームの類かと思った。景品売ったりしないのか?」
やや偏見混じりのリンの問いに、クライヴは肩を竦めた。
「そんな面倒な事しないよ。一回試した事はあるけど、売るより取る方が金かかるし、俺みたいなのだとプレミア付くまで待ってる余裕も置いとく場所も無いの。やっても精々駄菓子のやつくらいかな、あれなら非常食に出来る。まあ、あくまで遊びのついでだけどね」
「成る程……シビアな生き方してるな、お前」
複雑そうなリンの言葉に応じる前に、ゲーム画面がステージ選択を迫って来る。IDコードによるログイン式のため、クライヴは以前の続きのステージを選んだ。筐体からコントローラー──本物よりもデザインがかってゴツい銃を取る。
流れてくるオープニングムービーが、特殊部隊としてゲリラを制圧するというゲームの本旨を告げる。敵の攻撃を掻い潜りながらボスの撃破を目指す、システムとしては比較的単純なゲームだ。
ゲーム開始と同時に、クライヴは遮蔽物を利用しながらするするとマップを進んで行く。無駄の無いルート取りで主戦場へと辿り着き接敵すると、迫り来る端役のゲリラ兵達の頭蓋を、クライヴは的確に撃ち抜いていった。その処理の速度と正確さは、ゲームが進んで敵の押し寄せる間隔が狭まっても変わらない。体力回復のアイテムもあるようだが、使うまでもないらしかった。
「ほう。巧いもんだな」
「伊達に本物使ってないよね」
呟くようなリンの言葉に、一撃必殺のヘッドショットを叩き出しながらクライヴが応じる。
「ま、本物は一発幾らってかかるし、遊ぶなら断然こっち」
「なるほどねぇ」
興味があるのか無いのかといったトーンでリンが相槌を打つ。その弱々しい声では、続く言葉は敵兵の掃討に忙しいクライヴには届かなかった。
「しかしこれは、嫌でも思い出すな……」
遠い目をして零したリンには目もくれず、クライヴはあっという間に二ステージをほぼ被弾なしでクリアした。小さくガッツポーズをして隣を見れば、ぼんやりと画面を眺めるリンの姿。何処となく黄昏たようなその視線に、クライヴはつい誘いの言葉をかけてしまう。
「アンタもやってみる? 二人プレイとかあるけど」
その発想は無かったのか、リンは驚いたようにクライヴを見る。
「……ふむ」
一つ頷くと、リンは無造作にコントローラーを取り、クライヴの横に並び立った。




